Memory

広茂実理

第1章 星の下で廻る運命の輪

第1話

 澄み渡った青空に浮かぶ、白い雲。風に揺れ薫る草木。

 眩しくも暖かな光を送る太陽に加護を受けた国、ソレイユ。

 街中では、人々の活気溢れる賑やかな声が飛び交うこの平和な地で、今日も恒例になった大声が、ソレイユ城を揺らしていた。

「ひいめえさあまあああああああああああああああ!」

 比喩ではなく本当に揺れているように感じられるのは、決して私の気のせいではないだろう。

 毎日そんなに怒鳴って、疲れないのかな?

 本当、真面目なのだから。ま、そこが彼女の良いところでもあるよね。

「でもその内、顔に皺がいっぱい刻まれちゃうかも。綺麗な金髪が、白髪になっちゃうよ」

「でしたら、お逃げにならないでくださいませ」

「げ!」

「げ、とは何ですか。げ、とは」

 退屈な勉強などやっていられるかと、こっそり部屋を抜け出して。城内の庭園で散歩していた私の背後に仁王立ちしているのは、モンスター。

 ――ではなく、その形相をした、神官ミロワールだ。

 先程の大声の持ち主である。

「あ、あらミラ、ごきげんよう」

 ほほほと、神官を愛称で呼びながら誤魔化そうとしてみるも、目の前で盛大に溜息を吐かれた。

 他に誰もいないからって、あからさまな態度を……。

 まあ、仲が良い証拠だよ、ね?

「どなたのせいで私の機嫌が損なわれているのか、わかっておられますよね? 姫様」

「う……」

 相変わらず刺のある……ま、私が悪いのだけれど。

 まったく、美人なのにそんな顔をして、もったいない。

 目の前で腰に手を当てている神官を、ちらと窺い見る。

 一神官である彼女が、こうして私の世話を焼くのには理由があるのだ。

 今は高く一つに結ばれているロングの金髪に、赤い瞳。同じ十六歳。背格好もほぼ同じ。

 髪を下ろせばあら不思議。双子顔負けの瓜二つな容姿から、ミロワールはこの私、現国王の一人娘、シャイン・ソレイユの影武者に選ばれた人間だ。

 まあ、私が他の人の言うことなんて一切聞かないから……なんて理由の方が大きいとも言える。

 私にとって彼女は、神官とか影武者とか、そんな間柄である前に、同じ年頃の友達だ。

 六年前――十歳の時に紹介されてから、私たちはずっと一緒。

 最初は無口で必要なこと以外は話さなかった彼女も、今では誰よりも私に意見する。

 お母様にだって言われないようなお小言がたくさん飛んでくるけれど、遠慮のない態度が私には嬉しくて。

 だから、こうして逃げ出したり悪戯したりしてしまうのかもしれなかった。

「では、戻って歴史のお勉強を」

「えー?」

「何がえー? ですか。子どもですか」

「まだ成人前だもん。子どもだもん」

 言いながら唇を尖らせてやると、じとっと半眼で睨めつけられた。

 あの顔は呆れている。馬鹿なことを、とでも思っているのかもしれない。

「だとしてもです。貴方は来年、隣国の王子のお妃になられるのですよ。知識や教養の乏しいままに嫁がれて、恥をかかれたいのですか?」

「うう……」

 まったく、結婚の日取りが決まってからは、ずっとこうだ。

 子どもの頃から決まっていた婚約者だけど、いざこうして話が進むと、何だか憂鬱になる。

 決して王子が嫌だということではない。むしろ嬉しい。嬉しいのだけれど……。

「さあ、参りましょう。姫様は、二度と戦争の起こらない世界にされたいのでしょう?」

「――っ、うん!」

 ミラの言葉に、気持ちが引き締まるのを感じる。

 真剣に頷くと、気付いたミラの口元が小さく孤を描いた。

「であれば、しっかりと学んでくださいませ。未だ、かの国とは停戦中であるということを、その胸に刻まれて」

 ふとすると忘れてしまいそうになるけれど、十一年前に起こった戦争は、終わってなんていないのだ。

 停戦になっただけ。

 いつどうなるかなんて、わからない。

「わかってる」

 もう二度と、誰かの悲しむ顔は見たくない。

 私に何かができるのであれば、そのために王女であるのならば。

 私は、私にできることをしたい。

 理不尽に蹂躙されていい命など、あってはならないから。

 だから、私は国民を守りたい。親しき人と笑っていられる未来を作るために。

 私は、シャイン・ソレイユ。この太陽と剣の国の、王女なのだから。


 しかし、この時の私はまだ知らない。

 既に脅威は、すぐそこまで迫ってきているということを――

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