第4話 カナリアの秘密
それからしばらくは、退屈な日が続いた。
食事を始めとした生活の世話をカナリアが買って出てくれていたというのもある。
しかし、一番の理由は運動ができなかったからだ。今の体に慣れたかった俺にとっては割と苦痛な日々だった。
最初の頃は歩く練習で一日が終わっていたくらいである。少しずつ勝手が分かり、筋トレもできるようになってきた頃には5日ほどが過ぎていた。
「そろそろ、いいか」
もう体は十分に動く。むしろ筋力は以前より格段に強くなっているのを感じる。
さすがは魔物の四肢と言ったところか。これなら外に出ても大丈夫だろう。
今日はカナリアと食料調達に行くとするか。
台所に足を向け、カナリアに声を掛ける。
「カナリア、ちょっといいか?」
洗い物をしているカナリアが一旦手を止めてくれた。
「はい。なんでしょう」
「食料調達の仕事をしたいんだ。一緒に行ってくれるか?」
「マスターの命令でしたね。構いません。食器の片づけが終わったら行きましょう」
カナリアのその言葉を聞いて、ハッと我に返る。
なんで俺は、自分からガレオに言われた仕事をしようとしてるんだ?
頭が混乱する。
そう言えば、この5日間俺は普通にここで過ごすことを受け入れていた。
逃げ出せないとは言われたが、逃げることを試そうともしなかった。
まるで思考の一部が書き換えられたかのような違和感。
この首輪、思考と行動を制限するとガレオは言っていた。もしや俺の意思すらも弄るような効果があったりするのか?
俺は早速カナリアに尋ねてみる。
「カナリア。俺はガレオの命令に従うつもりはない。なのに、なぜか指示通り動こうとしてしまった。それはこの首輪のせいなのか?」
カナリアは少し間をおいてから答えた。
「気づかれたのですね。そうです。その首輪にはマスターの命令に従属するよう思考を歪める作用が込められています」
なんてことだ。
「完全に洗脳すると自立行動ができなくなるので、強制力はさほど強くありません。ですが、その暗示が定着すればマスターに従うことへの疑問は消え去ることでしょう」
脱走する意思すら奪う首輪。こんなのどうすればいいんだ……。
「質問にお答えしたのは、知ったところで抗う術がないからです。あなたはマスターに従いたくないとおっしゃいましたね。けれどそれは不可能なのです。その首輪をつけている限りここから逃げることはできません」
カナリアは容赦なくそう言い放った。
俺は焦って彼女の肩を掴んだ。
「カナリア、頼む。俺はここでずっと暮らすわけにはいかないんだ。助けてくれ」
ガレオに話が通じない以上、この場で頼れるのはカナリアしかいない。
たとえ彼女がガレオの召使いだとしても、俺は頼み込まずにはいられなかった。
「それは無理です。私はマスターの命令に背くことはできません」
カナリアの透き通った瞳がこちらをじっと見つめている。
ふと彼女の首元に目をやるが、そこに首輪はない。
俺は藁にも縋る気持ちでさらに説得の言葉を捻りだす。
「なぜだ。キミは首輪をつけてないじゃないか。あいつに従う理由なんてないはずだ」
「従う理由はあります。マスターは私の創造主ですから」
創造主?意味が分からなかった。
「なにを言ってるんだ?君は人間じゃないか」
「いいえ。私は人間ではありません」
そう言ってカナリアは衣服の胸元を開けた。
突然のことに驚く俺を尻目に、彼女は胸の真ん中に手を当てる。
そこには水晶のような石が埋め込まれていた。
「これは私の動力源です。『ゴーレム』である私はこれがなければただの人形にすぎません。マスターは私に命をくださいました。ゆえに、私はマスターに尽くさねばならないのです」
俺は衝撃を受けつつも、改めて目の前の少女をよく見る。
しかし、どこからどう見ても人間にしか見えない。
ゴーレムは魔導士たちが魔法によって作り出す人形ではあるが、ここまで人間に近いものが存在し得るとは聞いたこともなかった。
俺が呆気に取られていると、カナリアは衣服を直してこちらを向いた。
「なので、あなたに協力はできません。早々に自由を求めるのは諦めて、すべてを受け入れることをお勧めします」
そう言って、カナリアは皿洗いを再開した。
俺はふらふらと広間に戻り、そこにあった椅子に腰かけて頭を抱えた。
カナリアが人ではなかったというのもまだ受け止め切れていない。
だが、それ以上に脱走の難しさが俺の頭を悩ませていた。
隷属の首輪による制約は強力だ。しかも、脱出に手を貸してくれる者もいない。
このままでは、せっかく拾った命をここで全て使うことになってしまう。
それだけはなんとしても避けなければ。
それに、ここに来てもう5日たっている。
あまりぐずぐずしていたらメアリを待たせることになってしまう。
急いでここを抜け出さなければならない。
とりあえず、食料調達をしながらカナリアから情報を引き出す。
その後なんとかして脱出方法を考えるしかない。
俺は立ち上がって、武器を取りに寝室に向かった。
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