第3話 怪しい錬金術師
「キミ、調子はどうだい?」
カナリアが用意してくれた食事を平らげて、休憩しているところにそいつはふらりと現れた。
薄汚れた白衣を
俺は立ち上がって質問に応じる。
「カナリアのお陰で調子はいいですよ。はじめまして。俺はラルフ。冒険者です。あなたは?」
「おお、失敬。ワタシはガレオ。しがない錬金術師だよ。よろしく」
軽く握手を交わして、ガレオは近くの椅子にどっかりと腰を落とした。
ガレオはそのまま俺を品定めするように眺め始める。
「ふむ。確かに健康体と言って差し支えなさそうだ。ところで、ラルフ君。キミは今何歳なのかな?」
なぜかガレオの方から俺に質問が飛んできた。
「はぁ。18歳ですが、それがなにか?」
「そうかそうか。若々しくて結構。これなら多少プランを拡張することもできそうだな」
反射的に答えてしまったが、ガレオは満足そうに頷くなりなにやら独り言をブツブツ呟きだした。こちらに話を振る素振りは一切ない。
黙っていたらずっと喋っていそうな勢いだ。
「あの。俺もあなたに聞きたいことがあるんですが……」
俺がガレオの呟きに割って入ると彼は大げさな身振りで額に指を当てた。
「おっと、これまた失敬。施術後の被験者のデータは極力集めておきたくてね。ワタシの悪い癖だ。他にも聞きたいことはあるが、それは後回しにしよう」
ガレオはそう言って足を組みなおし、俺が座っていた椅子を指さす。
「まあ、座って座って。で、なにから話そうか。いや、まずはラルフ君の疑問に答えた方が良いだろうね。質問があれば言ってみたまえよ」
ガレオの妙に尊大な態度が少し鼻につくが、それはこの際置いておこう。
俺も椅子に座りなおして、質問を整理する。まず、最初に聞くべきなのは。
「この腕と足について。なにをしたのか聞きたい」
「見たままだよ。人狼とリザードマンの四肢をキミの体にくっつけたのさ」
そう事も無げに言い切った。確かに四肢が変化しているのだからなんとなく想像できたことではある。認めるしかないとはいえ、とても信じられない現実に眩暈がしそうだ。
どうやったか聞いたところで、おそらく理解が追い付かないだろう。となれば次に聞いておきたいのは理由だ。
「なぜそんなことをしたんです?」
「ここに運び込まれた時、すでにキミの四肢は千切れてしまっていたからだ。それ以外の損傷も酷かった。普通のやり方では手の施しようがない状況でね。だから普通じゃない手段を使ったのさ。スライムの体組織を利用して強引に肉体を再生したりもしている。結果、キミの負傷はキレイに治ったというわけだ」
またしても信じられないワードのオンパレード。
理解できることがあるとすればそれは一つしかない。致命傷を受けたはずの体に傷1つ見当たらないのが、この男のおかげということくらいだ。
命を救われたのは一先ず感謝すべきだろう。しかし、それでも俺にはどうしても言いたいことがあった。
「俺を生かしてくれたことには礼を言う。だが、この異形の手足はどうしてくれるんだ。元には戻せないのか?」
「これはワタシが確立した技術の1つでね。『キメラ化』と言う。魔物の肉体と融合し、キミは全く別の生命体になったんだ。1度そうなったら元に戻すことはできない。命を繋ぎとめるためとはいえ断りなく改造したのは謝る。すまなかったね」
ガレオは特に申し訳ないとは思ってなさそうな感じで謝罪を口にした。
四肢を失った状態から蘇生してくれた以上、文句を言えた義理ではない。だが、それにしたって理不尽すぎる。
勝手な肉体改造という許しがたい暴挙に怒りが溢れそうになる。しかし、ここはグッと堪えた。今は情報を得ることが先だ。
とりあえず経緯は理解できた。
ならばもう1つ、気になっていたことを聞かねばならない。
「それはもういいです。では、目が覚めた時からつけられていたこの首輪はなんですか?」
そう聞いたところで、ガレオの口元が少し歪んだ気がした。
「ああ、その首輪。それはねぇ、キミの命の対価さ」
「は?」
「具体的には『隷属の首輪』という。身に着けた者の自由を縛る魔道具だよ」
「なんでそんなものを……」
「もちろん。キミにここで一生働いてもらうためさ」
俺は耳を疑った。
「なんだって?」
「キミはほぼ死んだも同然の深手を負っていた。ワタシ以外では治せなかっただろう。そこで相応の治療費をいただこうというわけだ」
痛いところを突かれて言葉に詰まるが、それなら別の形で代金を支払えばいい。
「助けてくれたのは感謝してる。もちろん金額を提示してくれるなら、ちゃんと金も払う。だから、ここでの労働は拒否させてもらいたい」
「残念だがワタシは金に興味はないんだ。だからこそキミにはワタシの研究に協力してもらうことにした。これはもう決まったことなんだよ」
取り付く島もない一方的な説明をされて、どんどん頭に血が上っていく。
「待ってくれ。そんなの横暴だ。受け入れられるわけないだろう!」
俺は思わずガレオに掴みかかろうとした。
「そうは言ってもね。すでにキミの意思ではどうすることもできないのさ」
落ち着いた調子で喋るガレオに、俺は触れられずにいた。
「なんだこれ。体が、動かない……」
椅子から跳ね上がったところで全身が硬直し、一歩も前に進めない。
まるで俺の意思を体が拒否しているかのようだ。
「その首輪をつけた者には、思考や行動に制約が課される。キミはワタシに暴力を行使する事はできない」
冷淡に告げるガレオの言葉でこちらの語気が強くなる。
「ふざけるな!こんなもので人の自由を奪おうなんてどうかしてるぞ。俺は街に戻る」
ガレオは溜息交じりに続ける。
「悪いが制約は1つだけじゃないんだ。行動範囲も制限されるから、街に戻ることはできないよ」
なんだよそれは。冗談じゃない。
「くそっ、こんな首輪っ!!」
右手で首輪を引きちぎろうとするが、掴んだところでふっと力が入らなくなった。
「もちろん、首輪の破壊も禁止行為だ。そろそろ聞き分けてくれないかね」
ガレオは気だるげに肘掛を指でトントンと小突いている。
俺はガレオの目を真っすぐ睨みつけた。
「こんな馬鹿げた話、認められるわけないだろう」
ガレオはやれやれと首を横に振った。
「ふぅ。まあ、あらかた話したことだし今日の所はここまでにしようか」
サッと椅子から立ち上がって、ガレオはそのまま立ち去ろうとする。
「時間はいくらでもある。まずはここでの生活に慣れてもらわないとね。分からないことがあれば、カナリアに聞いてくれたまえ」
「待て。まだ話は終わってないぞ」
俺の言葉にガレオは軽く振り返る。
「今はこれ以上話すことはないよ」
冷え切った目でこちらを見つめるガレオと視線がぶつかる。
俺は飛び掛かってでも止めようと足に力を込めようとした。
それでも俺の足は全く言うことを聞かない。
ガレオはなにか思い立ったように人差し指を立てた。
「いや、1つ指示しておこうか。いつでも構わないから、カナリアと一緒に食料調達に行ってくれ。ここでの最初の仕事はそれだ」
拒否の言葉が喉元まで出かかったが、俺はなにも言い返せない。
そうこうしている内に、ガレオは部屋を出て行った。
「ちくしょう。なんてこった」
俺はただ茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。
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