第11話 魔道




「ファイヤーアロー、ファイヤーアロー、ファイヤーアロー」


 朱莉はやって来るモンスターたちに向かって魔術を打ち続けている。モンスター一体に対して5、6発の魔術を当てなければ倒すことができない。少しの時間が空けば、真那から貰ったポーションで魔力を回復する。


 そして、またモンスターに向けて魔術を使用する。そんな作業をこなし続けていた。息をつく暇すらなく、額には汗を滲ませていた。


「そろそろかな?」


 朱莉の背後で待機している真那はポツリと呟いた。


 その瞬間。


「ファイヤーアロー」


 以前よりも少し威力の強い火矢が放たれる。魔術が直撃したモンスターは今までのダメージの蓄積もあり、倒れる。


 朱莉はその光景を見て目を見開いた。放つ時の感覚の変化や威力の目に見えての増加。何が何だか分からず、茫然としている。右手を杖から放して、開いたり閉じたりと自分の感覚がおかしくないのかと確かめていた。


『グギャ』


 そんな朱莉をゴブリンたちが放っておくはずがなく、ゆっくりと距離を詰めて来る。気が付き、構え直すことはできないと悟った真那は狐のお面を外した。隠蔽が解かれたことで、本能的にゴブリンたちが逃げていく。


 その姿を確認すると、真那はいまだに茫然としている朱莉に近づいて肩を叩いた。


「あっ、九条さん」

「篠原さん、いったん休憩にしようか?」

「はい、わかりました」


 朱莉はこくりと頷いた。




 水を飲み、のどを潤していた朱莉は真那へ疑問に思っていたことを聞いてみた。


「えっと、九条さん。さっきのって何なんですか? 威力急に上がって、何というかいつものレベルが上がった時の感覚とは違う何かがあったんですけど」


 どうやって言い表せばいいのか分からず、言葉を選びながら疑問を口にした。味わったことのない初めての感覚に戸惑いが残っている。少し、落ち着かない様子だった。


「スキルを獲得したんだよ。ステータス画面を見れば、分かると思う」

「は、はい」


 スキルを獲得した。朱莉はなるほどとは思いつつも、実感が湧かなかった。スキルが一つしかなく、その一つだけで何とかやって来た朱莉にとって納得ができて尚、本当かなと疑ってしまう程のことだった。


 真那に言われるがままにステータス画面を開く。そして、スキル一覧を確認する。


「あっ」


 見慣れたスキル【魔術】の下に新たなスキル【魔道】の名があった。


「魔道……?」


 思わずその名を口にする。恐らくこのスキルが違和感と魔術威力の増加の原因のはずだ。しかし、鑑定スキルを持っていない朱莉ではスキルの詳細を見ることはできず、本当にそれが原因であるかは確かめられない。


 スマホを取り出し、スキルの詳細を調べようとしたところで真那が口を開いた。


「魔道は魔術の威力を向上させるスキル。Fランクなら大体1.5倍ぐらいになってるかな?」

「じゃあ、威力が急に上がったのはやっぱり魔道が原因ですか?」

「そういうこと」


 魔道の詳細を知っていた真那が朱莉に伝える。


 朱莉も流石に察しはついたものの、念のために原因を再度確認すると真那が頷いた。真那の方から視線を外し、じっとスキル欄を見つめる。まだ空いているスキルスロットを眺めつつ、指でそっとなぞった。


 嬉しさが込み上げる一方でいまだスキルが二つしかないことが悔しかった。朱莉は少し前に調べて初めて知った。11層に到達している人たちは基本的にスキルを最低三つは所持していることを。


「……もっと頑張らないと…………」

「…………」


 ポツリとこぼした朱莉の呟き。それを耳にした真那は目だけを動かして朱莉へと視線を向けた。


 どこか影のある雰囲気。学校での明るい姿とは違う。その姿を見て、真那はパチリと何かが嵌るような感覚を覚えた。そして。


 あぁ、そう言えば篠原さんって中学生時代に虐められたな。


 そんなことを思い出す。今の今まで気が付いていなかった。実際、今と昔とでは朱莉の髪型や雰囲気が違い過ぎる。パッと見では同一人物だとは思えない。


 当時の朱莉はいつもビクビクしていて、普通に会話もできなかった。真那が手を差し出したこともあったが、取ることなく慌てて逃げ出されてしまった。あの後に色々あっていじめは解決はされたが、捻じ曲げられた性格はそう簡単に戻らない。


 篠原さんは今でも変わるために足掻いてるんだな。


 ぼんやりとそう考えていると。


「九条さんも魔術って使うんですか?」


 朱莉の声で現実へと戻って来る。少し長く考え事し過ぎたかなと頭の片隅で考えつつ、朱莉の疑問に対する答えを口に出す。


「あぁ、うん。一応ね。でも、付与魔術しか使えないから放出系のものはできないよ」

「付与魔術?」


 聞いたことのない言葉に首を傾げる。


「武器に魔術を付与するスキル。武器を使って戦う人は意外と重宝するよ。篠原さんは魔術メインで武器を使わないみたいだし、あまり関係ないと思うけど」

「武器……。使ったら手から飛んで行って駄目だったんですよね……」


 真那の話を聞いた朱莉は遠い目をしつつ、そんなことを漏らす。


「……流石に包丁は大丈夫だよね……?」


 ほんの少しだけ不安になった真那は朱莉に思わず聞いてしまった。流石に包丁が使えないなどと言うことはないと分かっていたのに。


「包丁まで飛んで行ってたらわたしどうなるんですか?」

「だよね」


 朱莉はぐるんと勢いよく首を振り、顔を向ける。若干ホラーじみた行動に真那は肩をびくりと震わせてしまった。朱莉の瞳から輝きが消え去っていることも恐ろしさに拍車をかけている。


 触れないほうが良かったなと思う真那だった。

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