第6話 計画
「えっと、真那? どうしたの?」
穂花の目の前には不気味に微笑む真那。体を強張らせながら、恐る恐るといった様子で真那に声を掛ける。
真那はダンジョンから帰ってきてすぐにリビングへやって来た。いつもは服を着替えてからリビングにやって来るのに今日は何故か着替えておらず、着物姿のままである。そして、いつもと違うは少し雰囲気を漂わせていた。
ぞくりとした感覚が穂花を襲いリビングで寛いでいた穂花は少し恐怖心を抱いてしまった。以前にも一度だけこんな雰囲気を漂わせていたことはあった。確かそれは。
「ねぇ、穂花」
「はい!」
あ、これ逆らえないやつだ。穂花は思った。
ゆっくりとした足取りで近づいてくる真那。その瞳は光を反射しておらず、どこまでも暗い。悩み過ぎて若干病んでしまったんだなと思う穂花。以前も同じようなことがあったため、止めようとしても止まらない。
目的を達成するまで正気に戻ることもない。だから、穂花は静観することにした。別に悪いことが起きるわけでもないしいいかと。ただ、これで迫られる朱莉がどうなるかは気になった。
「協力してくれるよね?」
「もちろんです……」
篠原さん、堕ちないように頑張って。そう心の中で呟く穂花だった。
そして、翌日。
正気に戻っているかなと思い、それとなく穂花が真那に確認してみる。しかし、やはり変わっていなかった。多少はマシになったため、病んでいる感じはないものの、頭は使えなくなってしまっている。要するに今の真那はただのアホである。昨日思いついたことを実行するのが精一杯だろう。
なんだかなぁと思いながら、真那の頭を優しく撫でた。
真那は何故よしよしされたのか分からず、首を傾げていたが。
そんなやり取りから少し時間が経ち、現在は休み時間。穂花は真那にお願いされた通りの行動に出た。誰も居ない時間を見計らって、朱莉に近づく。
「篠原さん、図書委員会の関係で相談したいことがあるから今日の放課後に図書館へ来てもらえるかな?」
「えっ? は、はい、分かりました」
あとは普通に声を掛けるだけ。
真那にお願いされた通り、朱莉を図書館に誘う。ただアホになった真那では変なことにもならないしと安心して行動に出られた。とは言え、前日の懸念とは別の方向性で朱莉が堕ちないかとは少々心配になった。
「お願いね。それじゃあ、また」
「は、はい。分かりました」
用件を伝えたら、そそくさと穂花が自分の席に戻っていく。特に何かを疑う様子もなく、朱莉は了承した。今までにも幾度か穂花は図書委員会の相談で朱莉を呼び出しているので、疑われるはずもない。
――放課後――
静かに扉を開き、朱莉が図書館の中に入って来る。そして、そこで待機していた真那に気が付き声を掛けて来る。
「あ、九条さん」
「篠原さん、久しぶり。ちゃんと来てくれたんだ」
朱莉は真那の口ぶりに少し違和感を感じた。見渡してみると自分を呼び出したはずの穂花の姿はない。どうして、真那が居て穂花がいないのか。その疑問を口にする。
「えっと、わたしは宮澤さんに呼ばれたんじゃあ……」
「わたしが穂花に篠原さんを呼び出すよう頼んだの」
「じゃあ、わたしに用事があるのは」
「そう、わたし」
真那も穂花と同じく図書委員会だ。今までそう言った案件で会うことがなかっただけ。今日、ここに呼びだされたことにも納得がいく。
「話は奥の部屋でするから行きましょ」
「はい」
真那に連れられて朱莉が奥の部屋へと向かう。
「ごめんね、篠原さん。わざわざ呼び出しちゃって」
「い、いえ。それで相談って」
朱莉を先に部屋に入れて、自分は後から入る。後ろ手に扉を閉じ、音も出さないよう静かに鍵をかけた。
「く、九条さん!?」
朱莉が真那の方に振り向いた瞬間、急いで近づき壁に押し付ける。驚きの声を上げて、その場から移動しようとするが、両肩が抑えられていて動けない。
「ねぇ、篠原さん」
「は、はい……!」
ねっとりとした湿度の高い声音。右手を肩から放し、頬を這わせる。なんか色っぽい雰囲気を漂わせている真那に頬を赤く染めてしまう。返事をする声が若干上ずっていた。
「ごめんね。図書委員会の相談っていう嘘。本当は昨日ことで少し話がしたかったの」
「そ、そうなんですか……」
顔が直視できない! そう心の中で叫んでいると、頬に添えられていた手が離れた。それ幸いと顔を逸らす。それでも、視線はチラリチラリと真那の方へと時々向けている。
「わたしは自分の正体をバラされたくない。でも、隠したところで篠原さんにはメリットは一つもない。むしろ話した方がメリットが生まれる可能性が高い」
顔を伏せているため、朱莉からは真那の表情を窺い知ることはできない。だが、辺りを漂う異様な空気が普段の穏やかな表情を浮かべていないことを如実に物語っていた。
「わたし何も言いません。だから!」
「篠原さんの性格は知っているからそんなことをしないのは分かっている。でも、口約束はやっぱり不安なの」
「それは……」
それを言われてしまえば何も言い返せなかった。正直、真那の言葉には朱莉も同意してしまうからだ。
口約束というのはあまり信用できないものだとは朱莉も理解している。そんなことでは正直いつ裏切られるか分かったものではないことも。でも、それ以外にはどうしようもないのも事実。
紙で残す形での約束だって、一方的に破棄されてしまうことだってある。明確な力関係がそこにあればそんな非道なことが起きることも身をもって知っている。
「だから……」
「ひゅわ……!」
真那の顔がゆっくりと近づいてくる。朱莉は顔をより赤く染めながら、ギュッと目を閉じた。耳元に口を寄せ、そっと囁く。
「取引しましょう? 篠原さん」
真那は不気味な笑みを浮かべた。
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