第3話 疑問は解消されぬまま



 異様なほど静かなダンジョン内。モンスターは一匹もおらず、真那の足音がよく響いていた。


 真那がモンスターの気配を探る。しかし、気配を察知できる範囲に捕らえてもすぐにどこかへ行ってしまう。まるで逃げるかのように姿を現さぬように。気配を出さぬようにしているようだった。


「やっぱりモンスターが逃げてる。やっぱりお面がないとこの辺りではまともに戦えないか」


 狐のお面。身バレ防止のために配信する時は容姿を誤魔化す。顔を隠し、髪色を黒色から灰色に変えるための道具だ。


 しかし、一番の用途は別にある。それは実力の隠蔽である。本来潜る層よりもはるか上に居てもモンスターがちゃんとやって来るのはその隠蔽のおかげでなのだ。普通に潜れば今のようにモンスターが逃げていってしまう。


 真那は配信をするために下層に久々に訪れたことで初めてそのことに気が付いた。自力で隠蔽スキルを取ろうかとは考えたが、すぐにできることではない。そのため、知り合いに依頼をして特注でお面を作って貰ったという訳である。


「ホント、喜んだらいいのか悲しんだらいいのか」


 助けた相手を運ぶという場面では役に立つ。だが、そんな事態になることは滅多にない。正直に言えばあまり役に立たない。強くなったのはいいけど、弊害が出てしまっている点に関してはなんだかなぁと思っている真那だった。


「んんっ……」


 転移部屋がすぐそばまで迫った頃。お姫様抱っこで抱えている朱莉が身動ぎした。口元からかすかに声が漏れる。覚醒するのも時間の問題。


 起きてから転移部屋に行けばいいかと考え、真那は歩みを止める。朱莉が目を開けるのを待つことにしたのだった。


 暫くすると朱莉がそっと目を開いた。視線はまだ定まっていない。


「目が覚めた?」

「えっ…………?」


 真那が優しく囁く。


 朱莉の視線が真那の顔へ向く。キョトンとした表情で固まっている。近くにある真那の顔。心地よい囁くような声。色々なことが重なったため頭の回転が追い付いていないらしく今の状況を飲み込めていない様子。


「体は大丈夫? 傷はもう治っているはずだけど」

「く、九条さん!? へ、は、いや。お姫様抱っこ!? なんで!?」


 再度投げかけられた真那からの問い。そこに来てようやく自分の置かれている状況に気が付いたのか。顔を真っ赤に染め、叫んだ。


 真那によってお姫様抱っこされている。それは分かったが、なぜこうなっているのかは全く分からない。頭から湯気を上げながら、目をぐるぐると回している。


「その感じならもう大丈夫みたいね。下ろしてもいい?」

「ひゃい!」


 何やら混乱している様子ではあるものの、体に特に異常は残っておらず問題なく動くことができると分かった真那は朱莉に下ろしてもいいかの確認を取った。朱莉は変な返事で返した。


 羞恥心で更に顔を赤く染めながら、そっと地面に足を着く。


「えっと、九条さん。助けてくれてありがとうございました」

「気にしないで。偶然通りかかっただけだから」


 視線を真那に合わせないようにしながら、気持ちを落ち着けた朱莉はあらためて感謝の言葉を口にした。本来なら、自分はこの場に居なかった。物言わぬ骸と成り果てていただろう。そんなことを考えていると背中に冷たい汗が流れた。


 朱莉は沸き上がって来た恐怖心を押し隠すように話題を変える。


「く、九条さんってすごく強いんですね。下層のモンスターを倒しっちゃうなんて」

「えっ? あー…………」


 何とも話しにくい話題に変えたなと思った真那。恐怖心を悟られないように誤魔化したことは気が付いているため、とやかく言うつもりはない。しかし、もっと別の話題にして欲しかったなと思った。


 誤魔化すべきか? 真那は一瞬そんなことを考えた。


 朱莉はクラス内でやたら持ち上げられている。一見普通の会話をしているが、裏では悪意が渦巻いている。そう感じた真那は会話を聞かないに気を付けていた。だから、何故そこまで朱莉の周りに人が集まっているのかまでは知らなかった。


 高校生という年齢で中層に進出できるほどの実力を持った有望なダンジョン探索者だったから。そう考えれば、納得がいった。そんな彼女よりももっと強いことがバレれば自分もその悪意の渦に囚われてしまう。配信中ならそこまで問題はない。


 しかし、雰囲気で何を考えているのかすぐに分かる真那にとって、それが普通の日常で起きるとなると苦痛でしかない。


「あのモンスターは下に逃げていっちゃっただけでわたしは何もしてないよ」

「そうなんですか?」

「うん」


 向けられたのは全く疑っていないのがよく分かる純粋な目。真那は少々罪悪感が湧いた。だが、ここで視線を逸らせば嘘だとバレかねない。だから、いつも通りの表情を浮かべ続ける。違和感を感じさせぬように。


「そうだったんですか。でも、わたしを安全な場所まで運んでくれたのは九条さんです。本当にありがとうございました」

「どういたしまして」


 朱莉は深々と頭を下げる。柔らかく微笑みながら、真那は返事を返す。


 改めて朱莉は本当にいい子なんだなと思った真那。そして、もう少し強くなって他者の悪意に敏感になったら、本当のことを教えてもいいかもしれないとも思った。


「ところで、篠原さん?」

「はい」


 ふと、真那は気になっていたことがあったのを思い出す。


「襲われた時、何かしていたよね? あれ何していたの?」

「あ」


 気配を探っている時に襲われている人が何かをしているのに気が付いた。それが何なのかまでは分からなかったが。


 そして、到着した時に見えた墜落して壊れているように見えたドローン。パッと見でもわかるほどの超高性能品。真那が使っていたものが本当に同じドローンという区分に入るのかと思ってしまうほどだ。あんなものを使って何をしていたのだろうかと少し気になってしまった。


「す、すみません! わたし急いで帰ります!」

「え、えぇ……」

「九条さん、さようなら!」

「さようなら……」


 結局何かは教えてくれなかったなぁと朱莉の背中を眺めながら思う真那だった。

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