和装少女は刀を振るう ~偶然助けたクラスメイトは有名配信者だったらしい~
樹城新
第一章
第1話 誰も居ない向こう側(修正)
――ダンジョン39層――
薄暗いその場所。
「はぁ……!」
振るわれた刀はわずかな光を反射し、一瞬の輝きを見せる。吹き上げる血。それが降りかかる前にまた別の獲物のもとへ瞬時に向かう。獲物――モンスターたちの姿は少ない。辺りを満たすのは異常なほど大量の光の粒子。
新たに生まれた骸は地面へと転がり、光の粒子に変わっていく。ほんの数秒で消え行く粒子が異常なまでに多く存在している。つまり、粒子が消える前に新たな粒子が生み出されているということ。
「シッ……!」
刀が振るわれるたびに骸は地面へと転がり、光の粒子は数を増やす。
上がりゆく速度。刀を振るう者――黒を基調とした着物を身にまとう少女。彼女の灰色の髪が素早い動きによって大きく靡いている。
『『『ピィィ!!』』』
モンスターたちが鳴き声を上げたと同時に生者はその場から飛びのく。元居た場所は何かがぶつかったらしく軽く地面が抉れていた。
鳴き声が聞こえてきた方向。不可視の攻撃の発生場所に目を向ける。
そして。
『ピッ!?』
「……逃がさない…………」
そう呟くと同時に地面を蹴り、空へと舞いあがった。
驚いたような鳴き声を上げる鷲に似た姿を持つモンスター。今まで切ってきたものたちとは少し違う。レアモンスター。それらの首を瞬時に切り飛ばした。
「ふぅ……」
地面に降り立つ。刀を鞘に戻す。緊張をほぐすように肩から力を抜く。しかし、すぐに力を籠めなおした。彼女の視線の先には巨大な扉の姿がある。
「行きましょうか……」
そう言うと、目の前にあった巨大な扉を押した。
扉の先。巨大な部屋の中心に巨大な何かの影がある。
『ピィィィィ!!』
それは部屋中に響き渡るほどの鳴き声を上げた。漆黒の鳥。やはり鷲と似た特徴を持っている。
39層のボスモンスターは巨大な体を見せつけるように大きく羽ばたき、空へと飛んだ。空中で停止したかと思うと、ゆっくりと近づいてくる少女を見下ろしている。その視線には敵意はなく。ただ純粋に獲物を狙う目。
『ピィィ…………ィ?』
逃がさない。それだけしか考えず、何の策もなく突っ込んできた巨鳥の首が切られるのは必然。
少女が左腰に差している刀の柄に触れ、すぐに放した。巨鳥が見えた動作はそれだけ。その一瞬で首は切られ、体は力を失い地面へと落ちた。
何が起きたのか分からぬまま、その一生に幕を閉る。
何とも呆気ないボスとの戦闘。少女には動揺の色がない。ボスとの戦いがこうなることは織り込み済みだったらしい。狐のお面の下。誰にも見えないそこで少女はつまらなそうな表情を浮かべていた。
「今日はもう終わりですね」
胸元からスマホを取り出しつつ、背後に飛んでいたドローンへ向けて淡々と話す。ドローンについているカメラの先。居るかもしれない誰かに向かって言葉を紡いでいた。
少女の今日の目標は39層の完全攻略。それが終わった以上長々と配信を続けても意味がない。
何故なら。
「それでは配信を終わります。ありがとうございました」
その先には誰も居ないのだから。
39層はダンジョンで下層に分類される危険地帯。そんな場所で誰ともパーティーを組むことなく活動している少女。彼女の存在は特殊であると同時に嘘だと思えてしまう程、常識外れだった。
「視聴者数6、ね……」
ダンジョンの壁に凭れ掛かりながら、少女――九条真那は手元にあるスマホで自分の動画を確認していた。
動画の配信を初めてかれこれ一ヶ月。多少なりとも何らかの動きがあってもよさそうな頃合いだ。しかし、そんな気配は全くなく。始めた当初と視聴者数にそれほど変化はない。むしろ、少なくなっているほどだった。
理由は分かっている。
コメント
・合成乙
今日の配信に送られた唯一のコメント。馬鹿にしていることは誰の目にも明らか。似たようなコメントは他の配信にも送られたことがある。
きっかけは最初の配信で送られてきたコメント。
これは合成だ。そういうどこにでもありそうな普通のコメントだった。しかし、それをきっかけに同じようなコメントがいくつか送られたことで、真那の配信は合成だと断定されることとなった。
何を持って合成だと判断したのかをやたら長ったらしいコメントで細かく説明したものもあった。画像が荒いから。音声が荒いから。極めつけは現実的ではないから。
そして、気が付いた頃には時既に遅し。15人程居た同時接続者は0人になっていた。
「まったく……」
画像や音声が荒いのは機材が原因。別に安くても問題ないかと深く考えずに適当に買ったため、このような事態に陥ってしまったのだった。
そしてもう一つの現実的ではない。これに関しては最初の配信を行った場所が下層であったためだ。古参の配信者が下層の配信をするなら問題はなかった。しかし、初めて配信する人が下層を攻略する。余りに現実離れしていた。
「ほんと、嫌になる!」
胸元に付けていた小型のマイクをむしり取って、目の前に飛んでいたドローンに向け投げつける。
感情に呼応してマイクが火に包まれる。無意識に発動された付与魔術。威力を増した投擲がドローンへ向け直進していく。直撃と同時にドンという音を立てドローンは火球へと姿を変えた。
内部の魔石の魔力も使い、巨大な炎をとなったそれはすぐに魔力を使い果たした。降り注ぐ灰を鬱陶しげに払いのける。ドローンが飛んでいたはずの場所へ向ける真那の視線は冷え切っていた。
「はぁ……。そろそろ帰ったほうが良いか」
スマホで時間を確認すると現在は3時。これからレベル上げに向かうのは難しい。帰路に着くのが賢明だろう。
「ん……」
スマホを懐に入れて、身体を伸ばす。機材も壊しちゃったしもう配信止めちゃおっかな? ダンジョンの攻略に集中した方が良いのかな? などと考えていると、正体不明の感覚が真那を襲った。不快な感覚に軽く身を震わせる。
そして、その瞬間。ダンジョンが揺れた。戦闘をせずに静かにしていなければ気付けなかったであろう程のわずかな振動。真那はその正体にはすぐに察しが付いた。
「これは……ダンジョンのイレギュラー…………?」
ダンジョンの天井を眺めながら、ポツリと呟く。
ダンジョンのイレギュラー。言葉の通り、ダンジョン内で発生する異常事態だ。ダンジョンの崩落やモンスターの大量発生など起こる現象は多岐に渡る。今回起きたのは。
「強いモンスターが生まれた感じかな?」
本来その層に現れるはずのない。強力なモンスターの発生。具体的には上層で中層のモンスターが。中層で下層のモンスターが発生するということである。過去にも同じような事態がいくつか発生しており、数多くの犠牲者が出ている。
本来はすぐにダンジョンから出て避難するべきだ。
「15層ね。取り敢えず行ってみるか」
そんな常識は知らんと言わんばかりに真那はすごく軽い気持ちでイレギュラーが発生している階層へと足を運ぶことに決めた。近くに誰かいればすぐに引き留めただろうが、残念だから周囲には人の姿が全くない。
危険地帯へ向かうとは思えぬほど、軽やかな足取りで目的地へ向かっていく。
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