言語ヲタと異世界言語ヲタ

スライムさん

第1話 メソッドK's

 唐突だけど、私、太田コトハは異世界に転生した。なんでそうなったかは覚えていない。気が付いたら、見慣れない場所にいた。私が住んでいたのは、大都会東京で、毎日学校へ通っていたはずなのだが、今、私が居るのは…言わば「ザ・中世ヨーロッパ」だ。いかにも和製ファンタジーに出てきそうな部屋のベッドに私は横たわっていた。窓からは、いかにもな畑が見えており、遠くにはそれっぽいお城が見える。これらの情報から、私は異世界転生したと判断した。恐らく、転生して倒れているところを、心優しい人が助けてくれて、ここに寝せてくれたのだろう。ありがとう、心優しい誰か。

 そんなことを考えていたら、ドアが空いて、女の子が入って来た。歳は…私と同じくらいだろうか?長い黒髪が特徴的だ。かわいい。

「コンニチワアナタガワタシオタスケテクレタノ? ワタシノナマエワオオタコトハアナタノナマエワ? ココワドコ? ナンテナマエノクニナノ? ドウイウセカイナノ?」

 女の子は目を点にして固まってしまっている。しまった。矢継ぎ早に話してしまった。コミュ障だ。言語の本を読んでても、コミュニケーションは駄目なやつだ……

 気を取り直しして、もう一度。

「アナタガワタシオタスケテクレタノ?」

「……」

 依然として女の子は固まっている……どーすりゃいいんだ……

 お互いに硬直。一生このままかと思った静寂を終わりにしたのは、彼女の方だった。

「シナケンアラケンソナエトキミ?」

 …ん? 今、何て言った? ケンケンミ? あ、あぁ、そうよね。日本語が通じるとは限らないよね。そりゃ異世界ですもの。……どーすんのこれ。

 謎が全て解けたところで、何も解決せず、困っていると、女の子は何か閃いたような表情をして、急いで部屋の外に出て……すぐに戻って来た。手にはインクと羽ペンと……あれは羊皮紙! 初めて見た! 初めて見るものに興奮していると、彼女は紙に何かを書き始めた。

 一しきり書き終えると、彼女は羊皮紙に書かれた「それ」を私に見せてきた。満面の笑みと共に。

「エナニソレ……」

 そこに書かれたものは、何か秩序のあるものではなく、名状し難い何かで、あえて言うならスチールウールだった。それで「え、何それ…」という言葉が漏れ出てしまった。

「エナニソレエナニソレエナニソレ…」

 私から漏れ出た言葉を彼女は数回繰り返した。そしてペンを胸の辺りに持ち指でペンを指して

「エナニソレ?」

 と、そう言った。……これ、本で読んだことあったわ。

 言語の研究者が、言葉の通じない人達の言語を学ぶために、最初に「それは何?」を引き出すために使った技だ……急に異世界に来て混乱してたから、すぐに気付かなかったけれど、知ってたわ……あちゃー、変な形で覚えられちゃたな……まぁ良いか。とりあえず、コミュニケーションがとれそうだ。

「ソレワペンヨ……ペン……ペン」

「ペン」

 やった! 通じたっぽい! 彼女も若干嬉しそう。

 続けて彼女は部屋にあった椅子を指して

「エナニソレ?」

「イス……イス」

「イス」

 大分通じてるね、これ。

 そうだ! 良いこと思い付いた!彼女が机に置いたスチールウールの羊皮紙を手にとり、満面の笑みで彼女に見せた。一瞬、彼女は驚いたようだったが、すぐにこちらの意図を理解したようで、ゆっくり、はっきりと

「ニリセメ?」

 と言った。やった! それが貴方の言葉で「それは何?」なのね! 金田一メソッドには、金田一メソッド返しだ! これでこっちも彼女の言葉を理解できるようになるわ!

 ニヤニヤしながら私もペンを指指して、

ニリセメそれは何?」

 と聞いた。彼女は、

「イロシテレン」

 と答えた。あら、ちょっと長い。まぁ、そういうこともあるか。

 そうだ! 一番大切なことを忘れてた!私達、まだお互いの名前を知らない。自己紹介しなきゃ。私は自分を指指して

「コトハ コトハ」

 そう言った。彼女は少し困った顔をして

「コトワ」

 と返した。んー、ちょっと違う。もう一度、1音節ずつ区切って

「コ ト ハ」

「コ ト ワ」

 あー、彼女の言語にはハの音が無いのね、きっと。仕方ない。今日から私は、コトワよ、コトワ。分かったら返事をしなさい、コトワ!

 後は彼女の名前ね。普通ならこんな聞き方は良くないかもしれないけれど、緊急事態だし、良いでしょう。私は、彼女を指差して

ニリセメそれは何?」

 と聞いた。彼女は納得した様子で、はっきりと「ヤンミヨン」と言った。貴方、ヤンミヨンって言うのね!

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