第13話 『拳法』
ギルドでNo.1の冒険者パーティに見習いとして加入することになった俺は、最強の冒険者として教育される。
著者:ピラフドリア
第13話
『拳法』
俺はチンヨウに頭を下げた。
「俺達を見逃してください」
レジーヌは大怪我、エイコイも泡を吹いている。いや、二人が万全の状態だったとしても、この人物とは戦ってはいけない。
「逃がしてほしい……か」
チンヨウは穴の空いた建物の壁に寄りかかると、ポケットから手を出して腕を組んだ。
「私を狙ってきたのに、そう都合よく帰してもらえると思うか?」
チンヨウの言葉に反応するように、俺達を囲む山賊達は武器を構えて臨戦体制になった。
いつでも合図があれば、俺達を攻撃できる状態だ。
エイコイと協力して戦っていた状況と違い、今はエイコイが役に立たないし、流れも山賊達が持っている。襲われれば、負けるのは俺達だ。
チンヨウの言っている通り、地震を狙ってきた相手をこのまま帰すわけにはいかないだろう。逃すよりも、ここで始末してしまった方が手っ取り早い。
もうダメだ。そう思っていたが、
「ま、帰すけどな」
そう言ってチンヨウはガハハと大口を開けて笑った。
俺はポカーンと口を開けて顔を上げる。そんな表情の俺を見て、チンヨウはニヤリとした。
「どうした。びっくりしたか? 私が君達を始末するとでも思ったか!! そんな勿体無いことはしない、しない!!」
山賊達も武器を下ろし、俺達から一歩退いて距離を取る。
チンヨウは一歩前に出て壁から離れる。
「勇敢な人間には成長してほしいからな。君達は実力不足とはいえ、よくここまで頑張ったというところだ。これからの成長が楽しみだよ」
これで逃げられる。後はドミニクと合流して、村に戻ってセルゲイにレジーヌの傷を見せてもらえれば……。
しかし、
「……だが、一つ。逃すための条件がある。それは……」
チンヨウは腕組みを解除すると、人差し指を立てて、倒れているレジーヌを指差した。
「その子を置いていきな」
「レジーヌ……を!?」
チンヨウはレジーヌを置いていくように提案してくる。
「なんで、俺達を逃がしてくれるんじゃ!?」
「確かに君達は逃がす。しかし、その子は私に向かってきた、一度向かってきた者は徹底して潰すのが私の主義だ」
チンヨウはまたズボンのポケットに両手を入れる。そして上半身を前のめりにして俺のことを睨みつけてきた。
「それとも何か、私の主義に文句があるのかな」
そして威嚇するように気迫で俺を脅す。その威圧感で俺は鳥肌が立ち、全身に寒気を感じる。さらには恐怖から足が震えて、全身の力が抜けて両手をついて這いつくばった。
圧倒的強者。絶対に勝てない敵。本能が叫んでいた、ここから早く逃げろと……。
だが、俺は震える身体に鞭を打つ。両手を地面に叩きつけ、無理にでも震えを抑える。そして両足にビンタをして、不安定ながらも立ち上がった。
「やっぱり、逃がしてくださいってのは無しにしてください。……俺は仲間を置いてはいけません」
「そうか、残念だ……時には逃げることも大切だというのにな」
チンヨウは両手をポケットから出す。そして両手を広げて、ハグを求めるようなポーズになる。
「向かってくるなら叩き潰そう。このチンヨウが直々にな」
チンヨウがそう発言すると、山賊達は一歩離れて距離を取る。戦闘には参加せず、チンヨウと俺達の戦いを観戦するということだろう。
それだけチンヨウが信頼されているのか、それともチンヨウが手出しをすることを嫌い、山賊を脅しているのか。
だが、他の山賊が手を出さないとはいえ、戦力差は大きい。それに……。
「エイコイ、起きろ! エイコイ!!」
俺はロープで繋がれているエイコイを起こそうと、身体を揺らしてみせる。
勝てない相手だとしても、こっちにはロープで縛られているというハンデがある。せめてそのハンデを少なくするためにも、エイコイを起こさなければ。
「エイコイぃ!!!!」
「……ん、なんだ相棒?」
大きく揺らしてやっとエイコイは目覚める。チンヨウの気迫で気絶していたエイコイをどうにか目覚めさせることに成功した。
チンヨウはエイコイを起こすまで待ってくれているし、説明時間もくれるようで俺は事態をエイコイに説明する。
すると、俺の背中でエイコイが暴れ出した。
「なんだと!! 仲間を置いてくけるかァ!! よし相棒、僕達でチンヨウをぶっ飛ばすぞ!!」
そう言って意気込むエイコイ。さっきまで気絶していたことを忘れているのだろうか……。
「お前……あいつとの実力差分かってるのか……?」
「え?」
エイコイは俺の背中の上で体を仰け反らして見上げるようにチンヨウのことを見る。
そういえば、エイコイは俺の背中が繋がっているため、俺の正面にチンヨウがいるということは、エイコイには見えていないということだ。
そしてチンヨウのことを目視したエイコイは、顔を青くして固まった。
「よし、レジーヌのことは諦めよう」
「おい!!」
チンヨウを見ただけで実力の差を感じ取ったエイコイは、もう弱きになる。
そうなる気持ちは俺もわからなくはないが……。
しかし、
俺は身体を揺らす。俺が揺れるとエイコイも揺れるため、弱気な発言を続けていたエイコイは言葉を止めた。
「エイコイ、本気で逃げる気かよ!! レジーヌは仲間だろ!!」
「それはそうだけど……そうなんだけど……」
迷っている様子のエイコイ。しかし、倒れているレジーヌを一目見て、覚悟を決めた。
「やってやる!! やってやんよぉぉっ!!」
「よし、それでこそ相棒だ!!」
俺とエイコイの意見が合致する。
目標はチンヨウの捕縛。そしてレジーヌを連れて逃げること……。
失敗すれば、ここにいる三人は全滅だ。
「今まで通りで良いんだよね、相棒!」
エイコイは俺の背中に乗っかると、足で上げて落ちている剣を持ち上げた。
山賊との戦闘中に一度交代したが、俺は足で剣を持ち上げることができなかった。エイコイは結構器用なのかもしれない。
エイコイが武器を持ち、俺はチンヨウに背を向ける。
俺が足となり、エイコイが手となる。これが俺達の戦い方だ……!!
武器を構えた俺達の姿を見て、チンヨウは頭にハテナを浮かべた。
「てか、なんでお前達、繋がってるんだ……?」
「「…………」」
そこで倒れているレジーヌにロープで繋がれたまま、置いていかれたとはいえない……。てか、熱くなって勢いで、仲間を置いていけないとか言ってしまったが、そういえば、コイツのせいで今繋がれているんだった……。
やっぱり見捨てて逃げようか……。
しかし、もう手遅れ、チンヨウはやれやれと両手をポケットに入れる。そして
「すまないな、君達がどんな状況だろうと関係ないか……。私は向かってくるものを潰すのみ……しかし、流石にこのままでは君達が可哀想だ」
おっと、これはロープを解いてくれる流れだろうか。
「私は両手を使わないであげよう」
なんでだよ!! もっと俺達の状況を気にしろよ!!
両手を使わないどころか、こっちは繋がれてるんだよ、どう見たってこっちの方をなんとかしたほうが可哀想じゃないでしょ!!
俺は異議を申し立てようとするが、エイコイは
「チンヨウ、僕達を舐めてもらっちゃ困るよ。あなたに全力を出させてみせます」
あれ、コイツ、実力差分かってない?
さっきまでチンヨウの迫力で気を失っていたのに、そのことをもう忘れてる?
だが、やる気を出してくれたなら、それで良い。
「エイコイ、行けるか?」
「いつでも大丈夫だ!!」
「よし、行くぞ!!」
相手は油断している。通常なら勝てない相手でも、この不自然な状態からの攻撃は読めないはずだ。
他の山賊のように驚いているところを攻撃する。
俺はエイコイを正面にして、後方へと走り始める。正面が見えないが、先ほどチンヨウがいる場所は確認している。そこへ真っ直ぐ下がれば良い。
そうすれば、エイコイが剣を振ってチンヨウを倒してくれる。
俺は全力で後方へと進んだ。進んで進んで進んでいく、そして、
「あれ?」
視界の端にチンヨウの姿が見えた。すると、何かにぶつかり、俺は後ろへ下がれなくなった。
俺は何にぶつかったのか、確認をするとそこには建物の壁があった。そしてエイコイは俺が下がったことで、壁に激突して顔を真っ赤にして白目を剥いていた。
「エイコォォォォォイ!!!! よくもエイコイを!!」
俺はいつの間にか、俺の正面にいたチンヨウを睨みつける。しかし、そんな俺にチンヨウは困った様子で、
「いや、君達が向かってくるから避けたら、壁にぶつかったんじゃん」
そうか、避けられたのか!!
チンヨウが避けたため、攻撃が当たらず、エイコイは壁に激突してしまったのか。
避けられてすぐにエイコイも俺に伝えようとしたのだろうが、チンヨウは壁のすぐ近くにいたため、間に合わなかったのだろう。
「避けるなんて卑怯だぞ!!」
「いや、卑怯じゃないだろ……」
「確かに!!」
俺の言葉にチンヨウは呆れて顔を覆う。
「やはり子どもは子供か……ま、向かってきたならもう遅いがな」
チンヨウはため息を吐きながらも、片足を上げる。ほぼ垂直を上った足は、頭にまで届くほど曲がっている。
どれだけ柔軟な身体をしているのか。
直角に上った片足。その足を俺達に向けて、振り下ろしてきた。
俺は白目をむいているエイコイを背負い、飛び込むようにジャンプしてどうにか蹴りを避けた。
俺達に当たらなかったが、チンヨウのかかとが爆発したかのように地面が抉れる。
避けられていなかったら、どうなっていたか……。ぺっちゃんこになって潰されていたか、それとも蹴りで肉や骨を裂かれて、真っ二つに切断されていたか。
どちらにしろ、当たれば一撃で絶命していたであろう攻撃。それをあっさりとやってみせた。
「ヤバい……」
俺は避けるために飛び込んで前のめりに倒れていたが、すぐに立ち上がってチンヨウから逃げるように走り出した。
転びそうになりながらも必死に距離を取ろうと逃げる。俺達のことを監視していた山賊達は、俺が近づいてくると彼らも散り散りになって俺から離れていく。
いや、正確には俺から離れようとしているのではない。俺を追う、ある男から離れようとしていた。
「おっと、逃がさないよ。君はもう私のフィールド内だ」
チンヨウの声が聞こえる。しかも前方からだ。
走るのに必死だった俺が顔を上げると、いつの間にか俺よりも早く移動して、回り込んでいたチンヨウが目の前にいた。
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