第12話 『チンヨウ』

ギルドでNo.1の冒険者パーティに見習いとして加入することになった俺は、最強の冒険者として教育される。




著者:ピラフドリア




第12話

『チンヨウ』





 ユウとエイコイを牢屋に置き去りにしたレジーヌは山賊の拠点を探索して情報を集めていた。




「チンヨウのいる部屋はここよね」




 そして返送をしてついにチンヨウのいるという部屋へ辿り着いた。

 赤い扉の前に立つと、




「……侵入者……だな。入ってこい」




 部屋の中から男の人の声が聞こえてくる。レジーヌが来たことに気づいたのだろう。しかも侵入者だということまで気づかれている。

 バレているのなら変貌していても意味がないと、レジーヌはその場で上に羽織っていた上着を脱ぎ捨てた。変装をするときに着替える必要があるかもと、影の世界に入り込んだが、いざ着替えを始めてみると上着を着るだけで変装ができたため、中にはいつもの服を着ていた。




 服を脱ぎ捨てたレジーヌは扉を開く。そして中へ入ると、その部屋は中華系の装飾の施された部屋。部屋を埋め尽くすように高価そうな絵や壺などが飾られている。




「よく来たな、侵入者君」




 そして部屋の中央に置かれたベッド。そこに座る男の姿。

 ナスのような顔に髭のように伸びた鼻毛。




「あなたがチンヨウね」




「いかにも私がコウ・チンヨウだ。お嬢さん、君の名前を教えてもらっても良いかね」




 チンヨウはベッドに座ったまま、腰を曲げて身体の向きをレジーヌに向ける。




「私はレジーヌ・カートンよ」




「レジーヌ君か。君はなんのようで私に遭いに来たのかね?」




 尋ねるチンヨウに答えるように、無言でレジーヌは腰につけた剣を握る。そしていつでも剣を抜ける姿勢になった。




「そうか、私を捕まえに……。しかし、残念だ」




 チンヨウは大きくため息を吐くと、ベッドに寝転がった。敵が目の前にいるのに無防備に寝るチンヨウの姿に、レジーヌは唖然として立ち尽くした。




「レジーヌ君。私は君の行動に失望しているよ……。君は私と対面した時点で、戦意を失うべきだった。しかし、君には私の実力を理解できるほどの力がないようだ」




「実力……私を舐めないことね。あなたは今一人なのよ、それに武器も持っていない。私が切り込めば、あなたは降参することになるのよ」




 レジーヌが口を開き、チンヨウは天井に目線を向けた状態のまま、大きくため息を吐き捨てた。




「弱者とは悲しいものだな……実力の差もわからない。そうして何人の勇敢な人間が私の前でちっていったか……」




 寝た状態で動く気配のないチンヨウ。動かないのなら、そのまま拘束してしまおう。そう考えたレジーヌは剣から手を離し、ベルトにつけていたロープを取り出した。

 レジーヌはチンヨウを捕まえるため、チンヨウの眠るベッドへ歩き出す。




「未来ある勇敢なものをこの手で葬るのは辛かったよ。私と実力の差がありすぎるために、無謀にも向かってくる」




 レジーヌは近づく中もチンヨウは独り言を喋り続ける。




「特に彼は印象深い。師匠思いの優しい騎士だった。しかし、私に剣を向けたのが行けなかったな……」




 チンヨウの眠るベッドの横についたレジーヌは、チンヨウと目を合わせないようにしながらロープを広げた。そしてチンヨウへロープを近づけようとした時。




「はぁ、レジーヌ君。君に一つ教えよう、君が拘束している私は、すでに臨戦体制だということを……」




 次の瞬間、レジーヌの身体が宙に浮く。そして空中を浮遊して、後ろへ2メートルほど吹っ飛び、壁に激突した。




 何が起きたのか、レジーヌは理解できずに壁に背をつけた状態で思考が一瞬止まる。

 口に何か液体が溢れ出し、その液体を堰き止めることができず、口からは触れ出した。




「ブッハァッ…………ケホケホ………………これは、血…………」




 口の中から血が溢れ出し、それを認識してからやっと激痛に気づいた。

 腹に感じる痛み。その痛みを確認するように自身の腹を見ると、大きくへっこみくぼみができていた。




 骨は何本も折れ、内臓もズタズタになっているだろう。穴が空きそうなほどへっこんだ腹を見て、レジーヌはやっと何が起きたのか、理解した。




「やっと攻撃されていることに気づいたか……。君が部屋に入ってすでに236回。私は君をいつでも倒すことができた」




 チンヨウはまだ寝っ転がった状態だ。しかし、レジーヌを攻撃したのはチンヨウだ。

 近づきロープを広げた時、チンヨウがレジーヌに攻撃を仕掛けた。その攻撃をレジーヌは感じ取ることができず、気が付いたのは攻撃を受けてから数秒後。




 ここまでの実力差があったのか……。




 レジーヌは痛みを感じながらも、壁に手をついて立ち上がる。それでも足が震える。壁から離れればすぐに倒れてしまうだろう。そんな状態であっても立ち上がったレジーヌの姿に、チンヨウは拍手をする。




「立ち上がるか。君は想定以上に見所がありそうだ」




 そして拍手をしながらチンヨウは身体を起き上がらせる。




「私はね。勇敢な者は好きだ。だが、私に刃向かう者は嫌いだ。君はどちらでもある。私の好きであり、嫌いでもある」




 ベッドに座ったチンヨウはベッドの横に置いてある靴に足を入れる。そして靴紐をキチッと閉めると立ち上がった。




「だからこうしよう。君は嫌いだ」




 立ち上がったチンヨウはズボンの両ポケットに手を入れた状態でレジーヌを睨みつける。チンヨウからレジーヌの距離は5メートルほど、部屋の中央から端までの距離があるが、レジーヌはチンヨウに睨まれると身体が石になったかのように固まった。




 率直にその時の感覚を表すのならば、"終わり"だ。闘志が削がれ、逃走すら不可能であると感じたレジーヌは生の終了を自覚した。




 チンヨウの迫力。それだけでレジーヌは闘争心を無くしてしまった。ダメージだけでなく、精神的にも立っていられなくなったレジーヌはズルズルと崩れ落ちていき、床に尻をつける。

 そして正面に立つ男の顔を震える顔で見つめた。




「気迫だけで戦意喪失か……。さっきまでの勢いはどうしたんだか」




 チンヨウはポケットに両手を入れたまま、ゆっくりとレジーヌへと歩み寄る。胸を張り、肩を大きく振りながらレジーヌの前に立つ。




 チンヨウが目の前まで来たことで、レジーヌでも分かるほど、チンヨウの実力が伝わってくる。

 その気迫だけで視覚が歪み、耳鳴りがする。




「どうした、もうたてないのか? なら私が立たせてあげよう」




 チンヨウは片手をポケットから出すと、レジーヌの顔を鷲掴みにする。そして全身の力が抜けて立ち上がることができずにいたレジーヌのことを持ち上げた。




 レジーヌの身体が宙に浮くと、レジーヌの身体から何かが垂れてくる。




「……はぁ、私の部屋が汚れるじゃないか」




 レジーヌから垂れてくる生暖かい液体にチンヨウはため息を吐く。そして呆れた顔でレジーヌの目を見た。

 レジーヌの瞳にはすでに光はなく、目を合わせても意思を感じない。




「つまらんな……」




 チンヨウはレジーヌを持った腕を大きく振りかざす。そして部屋の反対側の壁に向かってレジーヌを投げ飛ばした。












「相棒!! マズイよ!! 敵が増えてくる!!」




 俺の背中に乗り掛かり、エイコイが泣き言を口にする。




「ならそろそろ倒せよ!!」




 出だしはよかった。俺とエイコイの合体技は予想外な攻撃であり、山賊達を混乱させて次々と倒せていた。

 しかし、増援が来た頃には山賊も俺達の姿に慣れはじめて、エイコイの剣も当たらなくなっていた。




「「どうしよぉぉぉっ!!」」




 俺とエイコイが叫ぶと時を同じくして、集落の一番奥にある建物から爆発するような音が聞こえてきた。

 そしてその爆発音は徐々に近づいてくる。




 一軒一軒、建物を破壊して近づいてきたそれは、最後の建物に大きな穴を開けて、俺達の前にやってきた。




「レジーヌ!?」




 壁を突き抜けて飛んできたのは気絶しているレジーヌ。俺とエイコイはロープで繋がれたまま、レジーヌの元に駆け寄るが、傷だらけで身体はボロボロだ。

 何が起きたのか、穴の空いた建物の方を見ると、何軒もの家に同じような穴が空き、トンネルのようになっていた。




 そしてそのトンネルを通り、一人の男がやってくる。




 直感的にさっきまでの爆発音は、彼がレジーヌを投げ飛ばして建物にトンネルを作った時の音だとすぐに分かった。




「チンヨウ……」




 男の顔を見たエイコイはその名前を口にする。




 男の顔は見せてもらった手配書と瓜二つ。チンヨウ、その人であった。




「まだ侵入者がいたのか……。しかし、ロープで拘束されているとは面白い奴らだな」




 俺とエイコイの姿を見て、チンヨウは盛大に笑う。そんなチンヨウの姿に俺とエイコイは立ち上がると、鋭い眼差しで睨みつけた。




「なんだ君達……仲間を傷つけられて怒ってるのか? ……しかし、まぁ、向かってくる者は潰すのが私の主義なんだ。許してくれよ」




 建物を通り抜けたチンヨウはポケットに手を入れながら山賊達の間を歩いてくる。山賊達はチンヨウが登場すると、怯えたように静かになり、道を開ける。




 チンヨウは山賊の仲間のはずなのに、山賊達はチンヨウが現れると身体を震わせて怯えている。

 本来ならボスの登場で盛り上がりそうなのだが、一気にその場は静かになり、どんよりとした空気が流れる。




「君達も勇敢な者のようだね。君達も私に向かってくるのかね……」




 チンヨウはポケットに手を入れたまま、俺とエイコイを睨みつける。すると、その睨みで強風が起きたかのような感覚に襲われる。

 強い風がチンヨウから起こり、俺達を近づかせないように吹き飛ばそうとする。




 その風を感じているのは俺達だけではなく、山賊も同様のようだ。一部の山賊は風など吹いていないのに、そのイメージだけで後ろへ吹き飛び、建物の壁に激突して貼り付けになる。




「気合いには耐えるか。そこの子のように気持ちだけは強いようだ」




 背中でエイコイは泡を吹いて白目をむいているが、そういうことにしておこう。




 レジーヌのダメージはかなり大きそうだ。早くセルゲイに見せに行かないと危険かもしれない。

 しかし、この状況、俺達は無事に逃げ切れるか……。




「君達も私を狙ってきたようだね。でも、君はもう気づいているんだろう、私には勝てないと」




 チンヨウは俺達を見下ろすように顎をあげる。




 チンヨウの言っている通り、レジーヌがやられた時点で勝てないと分かっていた。さらに先程の気合いで逃げ切れるかも怪しいと理解できた。




 この人の実力はウィンク達と互角だ。セルゲイとドラゴンの戦闘を見ていたからこそ、彼らの実力が異常なのは分かっていた。

 そしてこのチンヨウは彼らと同等の力を持つ。




 俺達が勝てるような相手ではなかったのだ。




 俺は膝をつき、しゃがむようにして姿勢を低くする。そしてその体制で頭を下げた。




「俺達を見逃してください」











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