第30話
信仰心、人間にとってそれは簡単に言えば神の存在を信じ、崇める心のことだ。
だが、この信仰心は天界においては万能の資源になり得るものなのだ。
「魔界にとっての欲望みたいなもんってのは知ってっけどさ、何でそれをアイツが集めるワケ? 集めたところで天界から飛び出したアイツには得が無いじゃん」
悪魔の言う通り、天界を出奔した彼にとっては信仰心を集めたところで自らの力にならないのだから得などないだろう。
しかし、自分本位の悪魔と違って相手は天使だ。
天使は全員、自分たちは天界の、引いては主の為に存在すると教わり、信じてやまない。
そんな天使の一人である彼が信仰心を集める理由など一つしかない。
「彼は多分自分の為になどとは考えていません。主の為に集めようとしているのでしょう」
「よくお分かりですね。その通りです」
自らの目的が見抜かれたのにも関わらず、天使は余裕の笑みを浮かべる。
「ちょいちょい、レディ同士の会話に入ってくるとか空気読めない真似しないでくんない」
話に割り込んできた天使に悪魔は文句を言うが、彼は軽蔑の眼差しを向けながら虫でも払うように手を動かす。
「小五月蠅い悪魔ですね。貴女には話しかけていないのですから黙っていなさい」
悪魔が不快そうな顔でこちらを見て来る。
「アイツマジうっざいんだけど」
ハヴェットの方を指さしながらキャンキャン悪魔が吼える。
天使の悪魔への態度など、皆大体あんなものだろうに。
それを言えば余計にうるさくなりそうなので言わないが。
「同胞よ、貴女も私の計画に協力しませんか?」
「計画とは何です。何を仕出かす気ですか」
「仕出かすとは失敬な。私はただ、主の為に信仰心を集め天界に力を付けさせたいと思っているだけです」
天界に力を付ける。
そんなことをする目的は一つしかない。
「また戦争を始める気ですか」
「その通りです。先の大戦では悪魔を殲滅し、魔界を亡ぼすに至らないどころか引き分けと言う、主に何と詫びれば良いか分からない情けない結果に終わりました」
天界と魔界、相反する住人が住む世界は一度、互いの存亡をかけて大きな戦争をしたことがある。
どちらが先に戦端を開いたのかと問われれば分からないとしか言えない。
元々、二つの世界の間には争いが絶えなかった。
だが、いつも小競り合い程度であり、本格的な戦争にまでは至ることは無かった。
互いに分かっていたからだ。
戦争になればどちらが勝ったとしても、勝者もただでは済まないことを。
しかしそれでも、遂には戦争は起こってしまった。
戦いは熾烈を極めた。
自分も戦いには参戦して、数え切れないほどの悪魔を屠り、魂の輪廻の中へと返した。
だが、戦いは一方的なものでは無く、当然同胞たちも数多無念の内に魂の輪廻の中へと返っていった。
そんな中、戦争は天界魔界だけに留まらず、人間界にも及んだ。
人知の及ばぬ力を持って行われた戦争とはいえ、長く続けば兵力も兵站も不足するのは人間の戦争と変わらない。
そこで天界は人間界からより信仰心を集めることで不足分を補おうとした。
天界から派遣された天使たちによって各地で奇跡が起こされ、神託を与えることで幾人の聖人や勇士が産まれた。
こんなことが起きれば当然、神の信奉者は増え信仰心は右肩上がりに増えて行った。
しかし、魔界がこれを見過ごすはずが無かった。
魔界側は天界のこの策を妨害する為に悪魔を派遣し、次々と人々を欲望に溺れさせ信仰心を失わせていった。
天界にとっての信仰心と同じように、魔界にとっては人間が抱く欲望が資源のような物なので、魔界側にとってはこの作戦は一石二鳥だとも言える。
こうして天界と魔界の戦いは人間界へと場所を移し、天界に認められた聖人が在籍する教団と神託与えられた名君や勇士が収める国々対悪魔によって堕落した聖人が興した邪教と欲に駆られた愚劣な王や政治家によって支配された国々との代理戦争の様相を呈し始めた。
世界各地で戦争は勃発したが、他の大陸や島々に比べて人口が際立って多いアトゥーラ大陸が最も激しい戦場となった。
そう、これが大陸全土の人口の六割が失われた大戦、後に狂気大戦と呼ばれた戦争が起きた原因なのだ。
戦火は際限なく広り、それに呼応するように三つの世界は滅びの未来へと向けて進んでいった。
だが、三つの世界は滅びなかった。
余りにも疲弊し過ぎたことに危機感を覚えた天界のトップである神と魔界を統べる魔王の間に休戦協定が結ばれたからだ。
その際結ばれた休戦協定の中にこんな一文が含まれている。
両世界とも、今後人間界への一切の関りを禁ずる。
こうして三つの世界へ平和が訪れた。
休戦後は、天界、魔界ともに荒れ果てた自らの世界を立て直す作業に追われ、協定もあってか小競り合いすら無くなってしまった。
だが、どちらの世界にもこの状況を快く思わない者たいがいた。
戦うことに楽しみを見出した者、敵への憎悪を募らせ戦争の再開を望む者、理由はそれぞれではあるが、自分の世界に居ては現状を変えられないと判断した者たちがタイミングを合わせたかのように一斉に各々世界を出奔し、人間界へと向かった。
彼らが人間界へと向かった理由もまたそれぞれではあるのだが、一つだけ共通しているものがある。
休戦協定のせいで、人間界は魔界も天界も手が出せないという、出奔した者にとってはあまりにも都合が良すぎる世界だという理由が。
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