第27話

 礼拝堂や食堂、物置から天井裏まで教会中を蟻の子一匹逃さぬように捜索したが、敵と思しき存在は影も形も無かった。


「やはりいませんか。……やりたくは無いですが、仕方ありません」


 実は二か所だけ調べていないところがある。


 イレイナとハヴェットの部屋だ。


 個人の私室を勝手に家探しするのは如何なものかとは思うのだが、森でのことを思えば、早々に敵の正体を暴かなければ関係の無い者をまた巻き込んでしまうかもしれない。


 意を決した自分は、まずイレイナ部屋へと行く。


「失礼します」


 聞こえるはずは無いのだが、つい口に出てしまう。


 部屋の中は小ざっぱりしている、というよりは家具も物も最低限しかない。


 イレイナが眠っているベッドに洋服ダンス、小さな机には聖書や辞書といった本が数冊と書きかけの手紙に小さな手鏡があるくらいだ。


 念のために隠れらそうなベッドの下と洋服ダンスの中も調べたが、敵はおろか怪しい物すら無かった。


 そもそも、共に命の危機に合ったイレイナを全く疑っていなかったので、妥当な結果であろうと思った自分は眠るイレイナに無断で入ったことを一言詫びると部屋を後にした。


 この先、悪魔が覗きに行くことがあっても自分は咎めることは出来ないかもしれない。


 いや、そもそも自分は悪魔と違って任務の為に仕方なくやっているのであって、彼女のように私利私欲では無いのだからそこまで気にする必要は無いだろう。


 そんな今考えるべきでは無いことを考えているのに気付いた自分は、両手で頬を叩いて集中力を取り戻す。


 イレイナの部屋の隣、ハヴェットの部屋の前に来たところで自分は少し尻込みしてしまう。


 もし、自分の考えが正しかったらと思ってしまったからだ。


「さて、私の推測が外れているといいのですが」


 無駄足で済むことを祈りつつも、いつでも戦えるように身構えながら自分はハヴェットの部屋へと入る。


 イレイナの部屋と大差ない部屋の中を一通り見て回ったが、こちらも何も無く、少しでもハヴェットを疑った自分が恥ずかしくなっただけであった。


「……やはり自分の思い過ごしでしたか」


 魂が綺麗なのも、森に男物の靴の足跡があったのもあくまで別々の状況証拠であり、それらを勝手に結び付けてしまった自分がどうかしていたのだ。


 敵の捜索は一からになってしまったが、どこか清々しい気分になった自分が部屋を後にしようとした時、ふと扉の近くに置かれている小さなゴミ箱が目に付いた。


 何となく気になり、中を覗くと中には泥だらけの襤褸切れが捨てられているのを見つけてしまった。


「いえ、そんな、まかさ。そ、そうです、村の中もぬかるんでいましたし、きっとそれを拭いたに違いありません」


 誰かが聞いている訳でもないのに、何故か口から言い訳のような言葉が止まらない。


 その時である、背後からガタリと音がした。


 何事かと振り向くと、ハヴェットがベッドから上半身を起き上がらせてこちらを見ていた。


「あ、貴方、私が見えているのですか」


 自分の問いにハヴェットは答えず、ベッドから立ち上がるとこちらに向かってくる。


「見えているのですね。何故貴方はイレイナを巻き込んでまでイノシベアを嗾けたのです! 彼女が無関係なのは貴方が一番分かっているでしょうに!」


 続けて問うが、ハヴェットは答えず歩みを止めない。


「聞いているのですかハヴェット。我が名はイージス、主の使いである天使です。我が問いに答えるのですハヴェット!」


 羽を広げて精一杯の威厳を示すもハヴェットは答えるどころか一切反応しない。


 歩き続けるハヴェットが目の前まで到達した。


 何を考えているのか分からないハヴェットに薄気味悪さを感じながらも、動揺を見せたりしないよう一歩も引かずに毅然とした態度を取る。


 だが、止まって何かしらのアクションを取るだろうという予想と反してハヴェットは足を止めずに自分をすり抜け、そのまま部屋から出て行ってしまった。


 訳が分からずハヴェットの後を追うと、彼はトイレへと入っていった。


「た、ただの思い過ごしでしたか」


 過剰に反応してしまっただけで、ハヴェットは自分に気付いて起きたのではなく、ただ単にもよおしたから起きただけのようだ。


 色々と恥ずかしくなってきた自分は、すごすごとキュエルと悪魔が待つ部屋へと戻ることにした。


「アハハハハ、ダッサ、めっちゃダッサいじゃんアンタ」


 部屋に戻った自分が事の顛末を話すと、悪魔は空中で器用に笑い転げる。


 恐らくこうなるであろうことは始めから分かっていたので本当は話したくは無かったのだが、共同で任務をしなければならないのだから情報共有はせざるを得ない。


 しかし、ここまで笑われると、はらわたが煮えくり返る思いだ。


 それでも、自分の勘違いが発端なのだからこの恥辱を自分は甘んじて受け入れるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る