第13話

「んじゃ、そろそろ行こっか」


 身支度を終えたあーしは、昨日おマヌケ天使が荷造りした鞄を背負うと二日間世話になった宿に別れを告げた。


 悪魔的にナイスな雰囲気の裏通りから出ると、今日も帝都は快晴で朝日が照らす朝露に濡れた建物が眩しいくらいに輝いていた。


 薄暗い裏通りに慣れた目には余りに眩しく、反射的にあーしは手で庇を作る。


 ついでに耳も塞ぎたくなったが手が足りない。


 大通りにいるこ、のクソ朝早い時間からどこから湧いて出てきたんだと思う量の人間たちの賑やかな声が耳にキーンと刺さったからだ。


 あまりの多さにあーしは裏路地に引き返したくなったが、ぐっと堪えて人の海へとダイブする。


 昨日、おマヌケ天使が選んだ仕事の依頼主とそこで落ち合う予定なので否が応でも代行者協会へと行かなけらばならないからだ。


 正直面倒くさいので今からでもバックれたいところではあるのだが、仕事として受けたからにはやるしかない。


 悪魔は人を騙したり唆したりする反面、一度受けた仕事や契約は必ず成し遂げるし守るという案外生真面目と言える面がある。


 別にそれは根が真面目だからとかそんなんではなく、ただ単に仕事の結果や契約条件が自分にとって得になるだからだ。


 悪魔は自分にとって得になることは何があっても見逃すことが出来ない。


 考え方とか信念とかのレベルではなく、最早本能とでも言っても過言ではない。


 だから今回の仕事も、正確に言えばあーしが受けた仕事では無いが、キュエルっちの仕事はある意味一心同体状態であるあーしの仕事とも言えるかもしれないからやるしかない。


 金が入って財布にもっと余裕が出来ればワンチャンおマヌケ天使の気が緩んで堂々と服やアクセを買えるかもだし。


 とは言えだ、ハチャメチャに眠たくて体が怠い。


「やっぱ一日くらいは休んだ方が良かったんじゃね。キュエルっちの体ハンパないくらい激重なんだけど」


 昨日は早めにキュエルっちは就寝したのだが、それでも体の疲労が抜けきっていないらしい。


 あーしも体を借りてちょっち遊んだからおマヌケ天使が百パー悪いとは言わないけれど、今日仕事を選んで明日から働くくらいの方が絶対良かったと思う。


「た、確かにキュエルの体への負担を考えればそうだったかも知れませんが……」


 おマヌケ天使もキュエルっちの体に無理をさせている自覚があるらしく、段々と声を小さくしながらもごもご言い訳をしだすがあーしはいつものように揶揄わずにスルーする。


 下手に責めて逆切れされても相手をする気力が無いからだ。


 それほどにキュエルっちの体の疲労感に引っ張られてあーしも疲れているのだ。



 必死の思いで教会に辿り着いたあーしは、ふと気付く。


「ふひー、着いたあ。何か今日、昨日より人多くね。てか、宿から出た時点でおマヌケ天使と変われば良かったんじゃん!」


 おマヌケおマヌケ言っている自分のおマヌケっぷりにあーしはがっくりと肩を落とす。


 そう、昨日代行者の登録した際はキュエルっちに入っていたのはあーしじゃなくておマヌケ天使。


 つまり宿を出た時点で変わればむざむざ人の海でクロールしなくて済んだのだ。


「とりあえず変わりましょうか。依頼人を待たせていてはいけませんし」


 さらっとそう言うおマヌケ天使に、実は始めから気づいていたけど変わると言い出さなかったのではと疑念を持つが、よくよく考えてみるとこの真面目ちゃんがそんなしょうーもない姑息な真似をするワケないか。


 物陰に隠れて入れ替わったおマヌケ天使は、疲労感から解放されて一息つくあーしを放ってさっさと協会へと入っていった。


 受付に行くと昨日と同じ受付嬢が対応してくれたお陰ですんなりと話が進んだ。


 どうやら依頼人はまだ到着していないらしく、しばらく待つことになった。


 待たせてしまうよりはいいだろうと宿を早めに出たのが正解だったらしい。


 受付嬢が依頼人が到着次第呼んでくれるそうなので、自分たちは受付を離れて待つことにした。


 ただ待つだけでというのも時間がもったいない気がした自分は、掲示板の依頼書を利用して簡単にではあるがキュエルに読み書きを教え始めた。


 読み書きが出来るだけでも彼女の将来は格段に変わってくるのだから、体を借りる礼として教えようと思ったのだ。


 キュエル自身は自分の頭が悪いと思っているらしいが、読み書きを教えてみると呑み込みは悪くない。


 どうやら本人が思っているより頭は良いようだ。


 これならば計算や一般常識やマナーなども教えても良いかもしれない。


 知恵というのは物と違ってどれだけ持っていても邪魔にはならいないのに人生の役に立つ素晴らしいものなのだから。


 ただ、知識欲というのは行き過ぎると身を亡ぼす危険もあるのである程度で留まる必要はあるとは思っている。


 その辺はまあ、教えるのが自分なのだから管理出来るであろうし、あまり気にしすぎなくても大丈夫なはずだ。


 しばらくはこうした合間があれば色々とキュエルに教えていくことにしよう。


 一先ずは詰め込み過ぎても良くないので、まずは読み書きをマスターさせようと、キュエルの教育方針を決めたところで名前が呼ばれた。


 教えるのに夢中だったのとキュエルと呼ばれるのにまだ慣れていないせいで、少し気づくのが遅れてしまい何度も受付嬢に声を張り上げさせてしまった。


「すみません、キュエルです。私キュエルです」


 手を上げながら急いで受付へと向かう。


 急いだせいでおかしな返事になってしまった気がする。


 悪魔が背後で涙を流しながら笑っているのは気にしないことにはせずに、後で天罰を与えよう。


 ともあれ、受付に着くと見覚えのある女性が待っていた。


「あら、もしかして貴女が仕事を受けて下さったんですか。これも主の御導きでしょうか」


 そう、待っていたのは昨日助けたシスター・イレイナだったのだ。

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