第97話 大乱の兆し

 檜山安東家の大敗によって勢いづいた者たちがいる。九戸右京信仲ら陸奥国人衆である。小野寺と戸沢が檜山を攻めたということは、必然的に新田に敵対したことを意味する。反新田で陸奥と出羽が手を結び、新田の侵攻を押し返すことも可能となる。


「小野寺、葛西、斯波、大崎に使者を出すのだ。小野寺は北に戸沢を抱えている故、簡単には動けぬであろう。だが反新田で協調すれば、斯波と葛西の兵を北に向けることが出来る。大崎には名ばかりとはいえ、奥州探題という立場がある。国人を滅ぼす新田に対抗するためといえば、飲まざるを得まい」


 高水寺斯波家が一五万石、葛西家が一八万石、大崎家が一二万石。合計四五万石にも及ぶ。一万石当たり二〇〇人の兵としても九〇〇〇に達する。十分に新田に対抗できる勢力であった。


「春になれば、再び新田が押し寄せてくる。斯波も葛西も尻に火がついた思いであろう。だがまだ遅くはない。新田を押し返し、奥州の秩序を取り戻すのだ!」


 姉帯城において、九戸右京が檄を飛ばした。奥州人という共通点を訴え、所領を取り上げる新田に対抗するために手を組もうと呼びかける。九戸右京の読み通り、斯波、葛西、大崎は反新田で纏まりつつあった。大崎と葛西の小競り合いは止まり、高水寺城周辺の国人衆も戦に向けての支度が始まっている。


「我らの強みは、新田より南にあるということよ。宇曽利の兵が動けぬ如月(旧暦二月)に兵を動かせば、宮野城を落とすこともできよう」


 戦雲は、陸奥と出羽を巻き込んだ「奥州大乱」へと発展しつつあった。




「大和よ。ここまではお前の策通りに進んだが、安東太郎の首を獲れなかったのは痛いな。檜山は比内と鹿角を領しておる。いずれ再び、南へと来るであろう。それとも、これも予想通りか?」


「確かに、安東愛季の首は獲れませんでした。ですがどちらでも良かったのです。肝心なことは安東家を割ること。すでに土崎湊は離れました。さらに比内、鹿角とて安東に心から服しているとは言えませぬ。隙は幾らでもありまする。出羽を混乱させている間に、我らは仙北を獲るのです」


 八柏大和守道為は、主君の疑問に涼しい顔で答えた。確かに戸沢は今回の戦で唐松城を得ている。だが相応に傷も負っている。小野寺と豊島はお互いに気の抜けた戦をしていたが、戸沢は本気で唐松城を攻め、さらに撤退してくる檜山安東軍ともぶつかった。戦を続ける余裕はない。


「斯波や葛西の不安はありませぬ。彼らもまた、新田という強敵を抱えているのです。おそらく年明けの如月あたりに、兵を興すでしょう。我らはそれに呼応し、戸沢を攻めましょう」


 小野寺輝道はまだ若い。これから幾らでも大きくなれる。まずは仙北、続いて由利を得れば土崎湊も従属するだろう。そこまで大きくなれば、十分に檜山に対抗できる。八柏はそう計算していた。




「……などと八柏は考えておるであろうのぅ。甘いわ。我らは簡単には従属などせぬ。この数年、土崎では交易に力を入れ、船を整えてきた。新田の千石船ほどではないが、能代を相手にするには充分よ。越後、越前への道を閉ざすのだ。新田が、我らが蝦夷と交易することを認める代わりに、我らも通行を認める。無論、認めるのは新田の船だけじゃ。能代が干上がれば、檜山は進退窮まる。新田吉松は猛獣。弱まった安東を見て、そのまま生かしておくとは思えん」


 豊島玄蕃頭は低く笑った。だが息子の重村は面白くなさそうな顔である。


「果たして、そんなに上手くいくもんかねぇ」


 考えがあって言っているわけではない。先の戦で、父親の掌の上で踊っていた自分に腹を立てているだけであった。策謀などはあまり好きではない。戦場を駆け、槍を奮い、益荒男とぶつかり合うほうが良いと思っている。策が不要とまでは考えてはいないが。


「儂の読みが外れたことがあるか? 策は儂に任せよ。まだまだ戦は続く。切り取る土地がある限りはな。豊島はこれで大名になるのだ」


 六〇過ぎの老人がクツクツと笑う。豊島次郎重村は、肩を竦めて酒を呷った。




 赤尾津城にて大敗を喫し、傅役であった大高筑前守以下重臣たちを失った安東太郎愛季は、ささくれた心を慰めるため、檜山城に籠って酒色に耽って……などいなかった。家臣団を立て直すべく奔走し、南部氏の遠縁である南部五郎清賢(※後に南部季賢と改名)など新たな家臣を加えたりしている。


「此度の負け戦は、俺の油断によるものだ。筑前は撤退を主張していたのに、俺が欲を出して赤尾津城に固執した。戦を甘く見ておった。だが、取り返しがつかないわけではない。湊衆は離れたが、我らには比内も鹿角もある。守りを固め、力を回復させるのだ。いずれ必ず、失地回復の機会が来る」


 家臣団を纏め、兵を失った国人衆らを慰撫する。この数年間で蓄えた富の大半を使い果たしてしまったが、それはまた蓄えれば良いのである。凹んでなどいられないのだ。


「御屋形様。新田は来年には動くでしょう。ですが我らにはそれを援ける余裕がありませぬ。新田との約定、如何致しましょう?」


 安東家に残る貴重な重臣の一人、竹鼻たけがはな伊予守広季は、湊衆や由利衆以上に、背後にいる新田が気になっていた。新田吉松は果断であり、土地を広げることに積極的でもある。安東家大敗の報せをどのように受け止めたのか。あるいはこれを機に攻めてくるかもしれない。そう懸念していた。


「案ずるな。年始の挨拶で、俺自身が新田に赴き、詫びを入れよう」


「御屋形様自らが? それはあまりに危険です。挨拶であれば、某が行きましょう」


 だが安東太郎愛季は首を振った。新田吉松は信義を重視するところがある。もし自分以外が詫びに行けば、義理を欠く者と判断されるだろう。危険であろうとも、当主が自ら行かねばならない。


「安東家は新田に従属している。それに俺を殺したところで、新田には出羽を獲る余裕はない。おそらく、陸奥も反新田で纏まるであろう。新田にとって、我らはまだ使える存在なのだ」


 もっとも、何をしでかすか解らないから「宇曽利の怪物」と呼ばれているのである。そう考えると、必ずしも安全とは言い切れない。愛季の言葉は、半ば自分に言い聞かせるようでもあった。




 陸奥と出羽で大乱の機運が高まっているころ、津軽十三湊では、兄妹の微笑ましい再会が行われていた。蠣崎宮内政広と、その妹である深雪姫の再会である。


「兄上、お久しぶりです。御活躍は徳山館にまで聞こえています」


「深雪、大きくなったな。姉…… いや、兄上は田名部にいらっしゃる。浪岡城で殿と会った後で、田名部にも行ってみると良い」


「あら兄上。本当に宜しいのですか? 新田家中における蠣崎の地位を確固たるものにするには、わたくしは一日も早く、殿の御子を生まなければならないのではありません?」


「深雪……」


 政広は溜息をついて首を振った。もしこんな話を主君が聞いたら、その場で妹を蝦夷に送り返すかもしれない。家臣同士で切磋琢磨するのは良いし、合う合わないがあるのも当然である。だが、派閥争いなど吉松は決して許さない。それは新田の力を衰えさせるものだからだ。


「俺も藤六殿も越中殿も、新田家の繁栄を第一に考えておる。皆、土地を持つ国人ではない。新田家が栄えれば、皆に還元されるのだ。足の引っ張り合いなどしている場合ではないし、これからもするつもりはない」


「冗談ですわ。相変わらず、兄上は堅物ですね」


 そう言ってコロコロと笑う。困った妹だと思いながら、再び溜息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る