鷹の女騎士は上手く笑えない

境 仁論(せきゆ)

死に産まれ落ちた君へ

第1話 花園へようこそ

※本作は自分が去年とあるノベルゲームのシナリオとして書いたものです。しかし企画が無くなってしまったため、現段階で完成していた所までの公開となります。

未完のままで終わる予定ですのでご了承ください。



 朧げながらも聞こえるでしょうか。

 儚くとも見えますでしょうか。

 その「きおく」は、そんなにも大事なものでしょうか。しまいましょう、辛いから。辛いから、幸せに生きてほしいから、コウノトリに攫われてきたのです。

 恍惚として瞼の裏に差し込む暖かな光。全て洗い流してくれるような。掬い上げては大事に包み込んでくれるような。

 誕生は暖かな世界の中心で。まるで胎内のような穏やかさとともに、あなたはこの世界で在り始めたのです。

さあ、目を開けて。そこはあなたにとって———


「お、目が覚めたかな?」


 覗き込んできたのは一人の女の子だった。彼女は子供の愛らしさににんまりと口元を緩ませるような笑顔を見せた。


「おはよう」


 彼女は柔らかい口調で挨拶をして、仰向けで草原の上で寝ていた自分に手を伸ばした。自分はその手を取って起き上がる。

 目を擦ると小さい指が濡れた。寝ていたから、涙が出ていたからだろうか。

 彼女を見上げる。自分よりも少し、背が高い。

 依然として彼女は慈しむような笑顔を向けている。まるで初めてできた妹を見守る姉のよう。

 まだ寝足りないのか、自分はうとうとしている。目がまだ眠っていたいと我がままを言っているみたい。この目が羽化する前の幼虫とするなら、降ろされそうになる瞼は繭のようだった。


「ふふ、カワイイ。まだ起き切っていないんだね」


 彼女は自分の手を取って歩き始めた。どこに行くんだろう。連れられるままに歩いていく。

 周りを見ると草原が延々と広がっている。空から差す光が色鮮やかにこの黄緑の大地を彩っている。風も心地いい。涼しくて、温かい。辺りの草も揺り籠のようにそよそよと蠢いている。

 これからどこに行くのと、彼女に聞く。彼女は振り向いて答えた。


「この世界のことを色々と教えてあげる。ここがどんなところなのか、君は知っておかないといけないよ」


 そう言っていると、いつのまにか森の中に入った。開かれた道を行く。人の手で手入れされているらしい坂道を下っていく。


「手を放しちゃいけないよ。この森、いや世界は、とても迷いやすい。だって地形が変わってしまうから。地図なんか作っても、すぐ意味をなくすのもの」


 そう言われて手を握り返した。


「そう。そうやって強く握ってくれると、私も嬉しいな。はぐれたら、また見つけるのも一苦労だから」


 彼女の微笑みは変わらない。ずっと、ずっと同じだった。


 そうして歩いていくうちに、いずれ山頂に着いた。

 あれ? 山頂? さっきまで坂を下っていたはずなのに、いつのまにか、この世界を一望できる開けた場所へ上がってきていた。


「ここからなら見えやすいでしょ? 君が来た世界がどんなものなのか」


 そこから見下ろされる世界は、どこまでも雄大で自然に溢れていた。草木が拡がっている。その中でところどころ村のようなものが見える。小さなコミュニティがそこかしこに置かれている。


 あれは? と彼女に聞いた。


「あそこには人が住んでるんだ。色んな住処があって、色んな人が住んでる。住処毎に雰囲気とかは違うんだけどね」


 例えば?ともう一度聞く。


 すると彼女は返答に困った表情でうーんと唸った。


「なんていえばいいんだろうなー。私は割とどのコミュニティも見知ってるんだけど、どれもシンプルなようで実は複雑で……って感じだし。一言では言い表せないなあ」


 そう言って彼女はその場に腰を降ろした。足を伸ばしてくつろぎ始める。


「君も座って休もうよ。歩き疲れたでしょ?」


 頷いて自分も彼女に習って座りこむ。

 しばらくその場から動かず、風に吹かれて過ごした。


「この辺りで見つけた子にはみんな紹介してるんだよ、ここ。いい場所でしょ」


 確かにと思った。目下に広がる世界と、前方からゆるやかに吹いてくる風。とても気持ちがよかった。


「まあ、また来ようとしてもすぐ迷っちゃうから、私以外はここには来れないっぽいんだけどね」


 彼女は少し寂しそうに笑った。

 どうしてあなたは来れるの? と聞いた。


「……土地勘とかかな? 長く生きてるし、そういうセンスが鍛えられてるんだろうね。直観で歩いても行きたい場所にちゃんと辿り着ける。他の子はそうはいかないけど」


 何年生きてるの? と聞いた。


「んー、数えてないけど数百年は生きてるんじゃないかな」


 数……百?


「うん、あ、驚いた? こう見えてこの世界の住人の中でも特に長生きなのです」


 少し自慢げにえへんと彼女は胸を張った。

 一方で自分の方は驚きを隠せなかった。


「……あれ」


 彼女が自分の顔を見て少し固まる。そしてはっと気づいたように補足する。


「あ、そうだった。こっちの世界と元いた世界は違うんだ! えーとね。この世界の住人は基本的にすっごい長生きするんだ。それも百年は生きてる子なんてそこら中にいる。それに見た目がおばあちゃんになっていくこともない。この世界で目が覚めたその姿のままで、身体の成長は全くしないの。私もこの世界に来てからずーっとこの姿のまま」


 彼女は立ち上がり、目の前の草原の上を両手を広げて踊り歩いた。


「この足取りも」


 次に立ち止まり、目下の世界に向けて、おーいと呼びかけた。


「この声も」


 そして自分の隣に戻り、また寝転がった。


「この感触もぜんぶ、ぜーんぶ」


 雲一つない空を見上げて彼女は語る。


「ずっと、変わらないまま」


 自分もつられて空を見る。


「これが私たち。この花園の在り方」


 花園?

 彼女がむくりと起き上がる。


「いつだか、どれくらい前のことだったかは覚えてはいないけど。誰かがこの世界を「花園」と呼び始めたんだ。そしてみんなこの世界を花園って言うようになって、この世界で生きる私たちは「花園の民」と名乗り始めたんだ」


 彼女は立ち上がる。


「さあ、見るべきところはまだまだあるから、行こうか」

 

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