第31話 マウンテン・コース

一行がエントリーする重量級のグループS及びXはマウンテン・コースで戦う。一周60.7キロ、高低差も400m近くに上る、類例を見ない過酷極まるコースである。それ以外はマウンテン・コースの南東にあるクリプス・コースで戦う。


 一周17.38キロ、高低差も10m程度だが、なかなかにハードなコースであり、マウンテン・コースを凝縮したようなコースだと言われることも。


 尚、スタート/フィニッシュ地点は同じで、クリプス・コースはブレイ・ヒルに入る手前、スタートすぐに直角コーナーを右に曲がっていく。また、クレッグ・ニーバーからガヴァナーズ・ブリッジまではマウンテン・コースと共有する。


 そして、マウンテン・コースの正式名称は、途中最も高い場所であるスネーフェル山頂近くに因んでスネーフェル・マウンテン・コースと呼ぶ。


 


 元々が一般道なので、エスケープゾーンなど無いに等しく、コースアウトは死を意味する。これまでに既に男女合わせて150名以上のライダーが命を落としており、その中には著名なトップレーサーも少なくない。


 加えて海に浮かぶ孤島特有の予測しずらい天候にも悩まされ、海からは突風、山中では霧も珍しくない。そうした死と隣り合わせの栄光を掴み取る喜びは、優勝した者でないと分からないと言われ、賞金の安さにも関わらず当時はGPレースで最も重要なレースにも位置付けられ、走行距離も長くなることから通常の倍のポイントが与えられる他、6位までのところ12位までポイントが与えられることになっている。


 


 つまり、マン島を制することは、GPレースを制するも同然であり、戦後再開されたGPレースも、マン島を制した者が例外なくチャンピオンに輝いていた。


 また、その過酷さ故、例えビリであっても完走しただけで賞賛される。優勝以前に完走すら容易ではなく、戦前、日本人として初めて多田健蔵が出場し、40歳を越えていながら出走した二度とも完走を果たして特別賞を受賞したのもこれが理由でもある。


 ライダーのみならずマシンにとっても非常に過酷であり、それ故メーカーにとってもマン島制覇は大きな宣伝となる。


 因みにこの時代、マン島が開催される6月はマッド・ジューンとも呼ばれるだけありプロレーサーによるGPレースのみならずアマチュアによるクラブマンレースも開催されていた。これが後にマンクス・グランプリへと発展し、近年はマン島TTにエントリーするにはマンクス・グランプリでの参加実績が必須となっている。


 また、往年の名レーサーや歴代のマシンによるイベント、マンクス・クラシックもある。


 6月は当時世界中のライダーにとってお祭り騒ぎにも等しく、今はまだ嵐の前の静けさといったところか。


 尚、面積約572㎢、人口約9万人、主な産業は観光と農業であるマン島でこの他に見るべきものを紹介すると、保存鉄道や、マン島の歴史を知ることのできる博物館、レディー・イザベラと呼ぶラクシー水車とその谷からのパノラマ、ラッシェン城、ピール城、その地下にある聖ジャーマン聖堂、北部の海岸ブッシュミルズにあるジャイアンツコーズウェイ、そしてマン島最高峰のスネーフェル山と、見所は意外と多い。




 さて、実は往年の名レーサーの一人でもあるスーザンが普段の何処にでもいる御婆さんから一転して一人のライダーへと変身して啖呵を切り先導する様子を唖然としながら追随するメンバー。




 スタート間もなく、一行は強烈な洗礼を受ける。


 それは、ブレイヒル。一行が宿泊しているホテル兼パブが近くにあるのだが、激下りから一転して激上りへと変貌し、更にうねるカーブが連続。走り慣れてるスーザンは事も無げに走り抜けていく。とても60過ぎた御婆さんとは思えない走りだ。


「まったく、何て御婆さんなのよ」


 佳奈はその走りに唖然としながらも何とか追随していた。GPレベルには劣るものの既に結構なスピードであり、森へ突っ込むかのように消えて行く。


 次はブラダン・ブリッジ。地図を見ると何のことはない平凡なコーナーに見えるが、実は……


「うわっ、コイツは初見殺しじゃねえか!!」


 雪代が驚くのも無理はない。そう、コーナーの真ん中にデンと木が立っているのだ。実際、立木にぶつかってしまうライダーも少なくない。それで廃車になっても命があるだけまだ幸運というべきである。


 次はユニオン・ミルズ。先に比べ緩いコーナーだが、かなり深いカントのお陰で見た目に反し難易度は高い。突っ込んでいくか否か経験の浅いライダーは悩むだろうが、スーザンはメンバーがここを初めて走ることなどお構いなしに突っ込んでいく。


「走り慣れてるんだろうけど、度胸も一級だわこの御婆さん」


 紗代もそう言いながら見事にトレースしてるのだからかなりのものだが。


 スタートから約10㎞程の場所にあるのがバラクレーン。直角の右コーナーでそれまでが高速走行と変則カーブの連続で神経をすり減らすだけに急減速しなければならない反面実はマン島で数少ない息をつけるスポットだったりする。尤も、その前の緩い左コーナーはインをギリギリ掠めなければならないので気は抜けないが。


 バラクレーンを過ぎると日本のワインディングを思わせる木々に蔽われた道が

続くが、それが突如視界が開ける。それがクロンキーボディーストレート。このためにスピード感覚がズレてコントロールを失うライダーもいる。


「突然何の前触れもなく景色が変わるって危ないのよね。油断ならないわ」


 広島の山を走り慣れている翔馬もこれには閉口してしまう。


 クロンキーボディーストレートを抜けるとカークマイケルまで幅の狭い道を何とアクセルワークだけで抜けなければならない。その上ここは住宅街であり、狭い道を挟むように建ち並ぶ住宅の陰で更に狭く感じ、かなりの心理的圧迫感があり、それ故終点までコース形状自体は緩いがこうした諸条件のお陰でスリルは満点だった。


 スリル満点のセクションを抜けると、ある意味マン島を象徴するセクションが待ち構える。それがバラフブリッジ。


 実はジャンピングスポットであり、ここをジャンプして駆け抜けていくライダーの写真や映像は、まさにマン島TTの象徴となっているが、実は飛び出すときの車体の向きとスピードさえ間違わなければ意外と難易度は低い。だが、初見のメンバーはある程度知識として知ってはいても実際に走るのは全く意味が違う。


「どひ~っ、コワイコワイ」


 東南アジアのレースにも出場し欧州ライダーと対戦したことも少なくないマライソムにとっても初めてのジャンプはさすがに恐い。


 その上、難易度はそれ程でもないといっても、注意せねばならないセクションに変わりはなく、レーシングスピードになるとどうということのないギャップでさえジャンプ台になることは珍しくないため、ラインを三次元で考えておく必要があり、踏み切る方向を間違えて激突するライダーも多い。これに匹敵するのはニュルブルクリンク北コースくらいだろう。


 バラフブリッジを越えるとサルビーストレートへ。ここもマン島を象徴する区間の一つで、20秒近くに渡りトップギアに入れて全速で駆け抜けるため、ここの映像や写真も多く、最高速度で駆け抜ける迫力あるシーンが見られるとあってギャラリーも多い。


「あの御婆さん、200キロ以上出てるわよ。間違って心臓麻痺にならなければいいけど」


 エイミーもスピードメーターを見ながらついスーザンに老婆心が出てしまう程にここはスピードが出る。


 サルビーストレートを抜けると、いよいよマウンテン区間に入る。この時点で約2/3を消化していることになる。グースネックも一息つける区間で、同時にこれからマウンテンセクションに入っていくことを告げる場所でもある。また、ギャラリーも多い。


 グースネックを抜けると緩い右カーブに入る前、記念塔のようなものが右に見える。ガスリー・メモリアルと呼ばれており、往年の名レーサー、ジミー・ガスリーを偲んで建てられた。


 ガスリーメモリアルを過ぎるとうねりながらの長い下り。その終点近くにはパブがあり、グレッグニーバーと呼ばれる。ライダーはここで急減速しながら右へコーナリングしていくのだが、超高速区間だけにブレーキトラブルに見舞われたりブレーキングのタイミングやコントロールを誤っての事故も多発する場所でもある。


 その先には最後の難関でありシケインも兼ねる複合ヘアピン、事実上の最終コーナーとも言え、やはりマン島を象徴するポイントの一つ、ガバナーズブリッジがある。


「まったく、気が抜けないわね。私たちはこんな場所を走るっていうの!?」


 英梨花はこのコースを走って、改めて世界の壁の厚さを実感せざるをえなかった。


 ガバナーズブリッジを抜けるとダグラスの市街地へ入り、ホームストレートを全速で走り抜けゴールとなる。


 この間約1時間だが、実際にはグループSやXにもなると20分台で駆け抜けていくのだ。


 スーザンはサービスとばかりに更にもう一周走り、再び戻って来た時、メンバーは息も絶え絶えであった。その様子を見てスーザンは、


「まあ、こんな有様じゃ完走だって儘ならないわよ」


 しかし、精も根も尽き果てている一行にスーザンの檄は届いてなかった。まだレーシングスピードでないのにコレである。無理もない。舗装路とはいえ公道なので路面状態は良好な訳がなく、途中には道の真ん中にマンホールもあり、更に滑りそうになったことも一度や二度ではない。マシンコントロールも含め、それまでに自分たちが走って来たコースとは、何かが根本的に違っていた。いや、次元が違い過ぎるというべきか。


 そんな様子を見かねたモトエは、


「御義母様、初めて走るんですから仕方ないでしょ。それに、御義母様に追随していただけでも大したものじゃないですか」


 実際、その通りである。それを聞いてスーザンもライダーから御婆さんに戻る。


「まあ、今日のところはこれで及第点としましょうか」


 そう言ってる辺り、実は容赦ない御婆さんのようだ。




 時刻は8時。間もなく仕事に向かう人でごった返すためバイクはガレージに仕舞う。同時に遅い朝食となるが、凄まじいトレーニングで空腹となった全身を回復させるかのようにかき込みつつ、皆さん複雑な思いであった。レーシングスピードでもないのに、全てが想像を絶していた。


「これじゃあ先が思いやられそうだわ」


 団長の久恵夫人も、改めて世界の想像を超えるレベルを思い知らされる。実際のレースは一体どんなものだろうかと……

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