第26話 あれから50年 伝説の回想 中編
高速道路を箱根に向かって、一台の大型ネイキッドが迫力の4本マフラーからスーパーチャージャー特有の甲高い音を響かせながら疾走していた。
それはSSDの1000㏄クラスのネイキッドであり、ネイキッドといっても何処か未来的なスタイルをしている。ミニスクリーンを始め、所々に空力パーツが鏤められ、イメージを壊さないようにしつつ巧妙な空力対策によって長時間の高速走行も苦にならない。
更に、SSDのイメージカラーである赤地に青と白のラインが入っており、目立つ。黄色と黒に隼を意匠化したマーキングを施したヘルメットは、往年の名レーサー、調布英梨花のレプリカだった。ジャケットもSSDとコーデしていることから、ライダーの並々ならぬ拘りが伺える。
因みにこのマシンは、嘗て『クラブマンのワークスマシン』と異名を取り、無敵を誇った名車を21世紀仕様に解釈したモデルであった。
余談ながら、国内外問わずそのマシンに乗りクラブマンレースで活躍しているのを見出され世界へと羽ばたいたライダーは少なくない。
やがてマシンは高速道路を降りると国道1号線を東上し、向かったのは箱根。そこに今回ある目的で向かっていた。
箱根の山は天下の険という歌詞にもある通り、箱根峠は交通の要衝でもあると同時に非常に急峻なことでも知られ、嘗て二輪四輪共国産メーカーの黎明期には、ここをノンストップで登り切ることが一つの性能指標ともなったくらいだ。
今となっては信じられないかもしれないが、昭和30年代には国産車はおろか、外車でもここを登り切れるクルマはそんなに多くなく、オーバーヒートで停まるクルマもよく見られた。
だが、現在二輪四輪問わず箱根峠で音を上げるような国産車は当然のことながらいない。SSDのネイキッドも苦も無く悠然と登っていく。
やがて、マシンは目的地の一戸建てを前にして停まった。そしてヘルメットを脱ぐと、その正体は現在月刊『RideLife』編集部に勤めている豊平優真であった。
「ここに、伝説の少女の一人がいるのね」
そう思うと胸が高鳴る。無理もない。あの伝説の少女と言えば、バイク女子の間でその名を知らない者などいない。日本の二輪業界黎明期に敢然と世界へと挑み、そして制した先駆者なのである。
実は、わざわざバイクで来たのもその方が相手も喜ぶだろうという編集長の計らいだったりする。
震える指でピンポンを捺そうとした時、背後にこれまた迫力の重低音が聞こえた。ふと振り返ると、優真が乗ってきたのと同じモデルであった。しかもヘルメットも同じデザインである。
そのライダーはヘルメットを被ったまま暫く優真をじっと見つめていた。まるで永遠にも感じられる沈黙が周囲を取り巻く。そして、その沈黙を破るかのようにライダーがヘルメットを脱ぐと、何と白髪の御婆ちゃんであった。歳は多分70近いであろう。
優真を見て穏やかにほほ笑むその御婆さんが、優真には当初誰なのか分からなかった。しかし、次の一言で誰なのかはすぐに分かった。
「初めまして、紗矢さんから事前に連絡を頂いていた者ですわ」
そう、それは何と、伝説の少女の一人、調布英梨花その人であった。尚、現在は荒川英梨花である。
元華族の家系出身で、旧家育ちから気品ある物腰が特徴的だった彼女だが、それは老婆になった今も変わっていない。
子供も既に成人し、孫もいる現在は、東京を離れてこの箱根に家を建て晴耕雨読の余生を送り、時折大型バイクで峠からツーリングまで楽しんでおり、バイクに対する情熱は今も衰えてはいないようだ。
実際、ハイエイジライダークラブの主催者でもあった。
老婆が調布英梨花だと知って、優真は固まってしまった。無理もない、嘗ての伝説の少女が目前にいるのだから。
今、優真に見えていたのは老婆ではなく、嘗てトップレーサーの一人として世界を相手に戦っていた、全盛期の英梨花の姿であった。
それは、某友情マンガの伝説の超人に出会った心境にも似ていたかもしれない……
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