第17話 サマーキャンプ初日2
「お嬢様、お刺し身で食べられるお魚をゲットできました……って、何をなさっているんですか?」
ビビアンが氷につけた魚を袋に入れて戻ってきた時、リリベラは何故か男子のブレザーを着て、シャツにボタンをつけている最中だった。
刺繍が得意なリリベラだが、ボタン付けは別物だったらしく、布がひきつれてしまっていた。
「ボタンがね……パツンって」
「ああ。入学の時に作ったシャツでしたが、もうサイズアップしてしまいましたか」
「体重は変わらないのよ」
「お貸しください。私がつけますから」
ビビアンはサッとシャツにボタンをつけ直すと、リリベラの着ていたブレザーを脱がせてシャツを渡した。
「これは?」
「ランディの。貸してくれたんですの。清浄魔法はかけたけれど、きちんとお洗濯してから返した方が良いかしら?」
「清浄魔法すら必要ないとおっしゃいますよ」
きっと、そのまま返した方が、リリベラの残り香が残って、ランドルフのオカズにはちょうど良い……なんてことは口に出さず、ビビアンはブレザーを綺麗に畳んで紙袋に入れると、それとさっき仕入れてきた魚を持って立ち上がった。
「お嬢様、さすがに最初からお刺し身は抵抗あるでしょうから、しゃぶしゃぶにしてみました」
「しゃぶしゃぶ?」
「生の魚をサッと湯がいて食べるんです。さっぱりとした果実の絞り汁か塩で食べます」
リリベラとビビアンは食堂へ向かった。ここは最優秀と優秀のチームのみが使える食堂で、食材は使い放題だ。しかし、一般の貴族は料理などしたことがない者がほとんどである為、高級食材も残念な仕上がりになったりする。
すでに食堂では、料理に奮闘している生徒達や、諦めてサラダと果物を夕飯にしている生徒達がいた。
「お嬢様、私が魚の下準備を行いますので、お嬢様はこの野菜を千切ってください」
「任せて!」
ビビアンが魚をさばき出すと、周りにいた他の貴族達から悲鳴が上がった。魚の内臓を取り出すのを見て、男子貴族まで悲鳴を上げている。
リリベラも、野菜を千切る手が止まり、ビビアンの手技に驚かされる。元から器用な侍女ではあったが、こんな特技まであったとは。
「見事な三枚おろしだな」
リリベラの後ろから、ランドルフとクリフォードが顔を出した。手にはパンと野菜やらハムやらが持たれているから、サンドイッチでも作るつもりだったのだろう。
「あ、クリフにランディ。ランディ達も食事を?もしよろしかったら、一緒にいかが?ビビアンが、しゃぶしゃぶとやらを準備してくれているの」
「しゃぶしゃぶ?鰤しゃぶかな。ああ、刺し身で食べたらうまそうな鰤だな」
ランドルフはビビアンの手元を覗き込み、クリフォードにしゃぶしゃぶのことや刺し身のことを説明していた。
外遊などで、クリフォードは国内外色んな場所へ行っているが、刺し身やしゃぶしゃぶのことはリリベラ同様知らないようだった。
「お嬢様、私がしゃぶしゃぶしますから。どうぞ召し上がりください」
準備ができて、グツグツ煮立った鍋にビビアンが魚を薄く切ったものをくぐらせ、リリベラの皿の上に置いた。
「醤油がないので、果実の絞り汁につけるか、塩を一摘みふって食べてみてください」
「一瞬しか湯に浸してないですわよ。お腹を壊しませんこと?」
「新鮮だから大丈夫です。生でも食べられますから」
リリベラが手を伸ばすのを躊躇っていると、ランドルフが自分で魚をしゃぶしゃぶして塩につけて一口で食べてしまった。
「旨い!」
ランドルフも食べたのならと、リリベラも恐る恐る果実の絞り汁につけたものを口に運んだ。脂がとろりと蕩け、口の中に旨味が広がる。
「美味しいですわ」
周りで見ていた生徒達から、「オーッ」という奇声だか歓声だかわからない声が上がる。
「なんだよ、旨そうなの食ってるじゃん」
料理をしにきたスチュワートと、同じチームだったモブ三人娘が食堂にやってきて、人だかりの中に顔を突っ込んできた。
「スチュワート、あっちでご飯作りましょうよ。私がお肉を焼いて差し上げるわ」
「あら、焼くだけなら私だってできるわ。私が愛情たっぷり美味しく焼いてあげる」
「あなた達、下味ということをご存知?お肉には塩胡椒で下味をつけてから焼くそうよ」
この三人、肉を焼く一択しか料理のレパートリーがないらしい。しかも、聞きかじった知識しかなく、リリベラ同様包丁を握ったことすらない。
「俺、こっちのしゃぶしゃぶが食いてえ。何ちゃん?ビビアンちゃんか。俺にご馳走してくんない?」
スチュワートは、リリベラの隣の椅子をひいて座ると、「どうぞ」と言われる前に生の鰤に塩をつけて、パクリと食べてしまった。
「生!」
リリベラがあ然として叫ぶと、スチュワートはニヤリと笑った。
「なに、リリベラちゃんも『生』が欲しいのかよ。俺の『生』、お口に入れてやろうか?」
男子生徒がどよめく中、ランドルフが魔法で鍋の中のお湯をスチュワートの口に飛ばした。
「あっちぃ!なんだよ、ちょっとふざけただけだろ。火傷しただろが。魔法の乱用反対!」
「乱用じゃない。適切に使っただけだ」
ギャーギャー言い合うランドルフとスチュワートを横目に、ビビアンは鰤刺しを一切れ取ってスチュワートの皿にのせた。
「シモンズ男爵令息、あなたはお刺し身が好きなんですか?」
「やだな、同じ男爵家出身じゃん。堅苦しく呼ばないでくれよ。スチュワートでも、スチューでも好きに呼んでくれって。な、ビビアンちゃん」
ビビアンは、淡々とした様子でランドルフのふざけた態度をかわす。
「いえ、結構です。それより、お好きなのは刺し身だけですか?」
「なに、魚の話?それとも……いや、何でも好きだぜ。俺、基本食べず嫌いはないから。とりあえず、出されたものは全部美味しくいただくタイプだし。でも、人の皿の飯まで摘まみ食いするほど、がっついてもいないつもりだぜ」
ビビアンは「なるほど……」とつぶやくと、スチュワートの皿に刺し身を数切れのせた。
「これ以上はあげられません。クリフォード様とランドルフ様の分がなくなってしまいますからね」
スチュワートは刺し身をまとめて一口で食べてしまうと、「ごちそうさん」と言って席を立ち、モブ三人娘と共に料理を作りに行ってしまった。
「さあ、クリフォード様も召し上がってみてください」
茹でた野菜のみを食べていたクリフォードに気が付き、ビビアンは鰤を数回湯に通すとクリフォードの口元に持っていった。
「召し上がれ」
クリフォードは諦めたように口を開けた。いかにも嫌そうな表情を作っているが、実際は唇の端がヒクヒクと上に上がり、ビビアンにアーンをしてもらえることを内心喜んでいるのが、ビビアン以外にはモロバレだ。
ビビアンは十三歳の時にリリベラの侍女になってから、リリベラ至上主義過ぎて、リリベラかそれ以外という接し方が定番だった。それは、王子であるクリフォードに対しても同じで、クリフォードにはそれが新鮮だった。リリベラがランドルフに淡い恋心を抱いたように、クリフォードもビビアンに淡い恋心を感じ、それは着実に成長したようだった。
そんなクリフォードが、リリベラを隠れ蓑にしてビビアンに求婚しないのは、ビビアンが男爵令嬢という位が釣り合わないからでも、侍女だからでもない。
ビビアンの一番はいつでもリリベラで、「結婚して王子妃になったら、リリベラの侍女でいられないから嫌です」と、高確率で断られることがわかっているからだ。
いまだに打開策が見つからないクリフォードは、学園を卒業するまでにはビビアンをなんとか懐柔したいとは思っているのだが……。
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