第15話 魔法祭2
「ランドルフ様!魔力を抑えてください。あれでは、シモンズ男爵令息だけでなく、お嬢様までペチャンコになってしまいます」
「顔……顔、顔が!!」
防御魔法はスチュワートの顔面を滅多打ちにしているらしい。
スチュワートは壁に手をついて、背中を凄い勢いで押す扉に潰されないようにしているが、リリベラの胸に突っ込んでしまった顔は立て直せないようだ。背中の打撲による痛みと、現在進行形で襲ってくる防御魔法による顔面への容赦ない攻撃の中、スチュワートは一応リリベラを潰さないように、最大限踏ん張ってくれているらしい。
(不埒な感情を持たなければいいのに……)
さすがにこのままではスチュワートがもたないと思ったリリベラは、全身の力を込めてスチュワートの顔を引き離そうとした。同時にランドルフも魔力を引っ込めたようで、扉は床に大きな音をたてて落ち、スチュワートは後ろに吹っ飛ぶように転がると、顔面を押さえて呻いた。
「ほら見ろ!不可抗力なのに、なんでこんな目に合わないとならないんだ」
よほど痛かったのだろう、スチュワートは涙目になりながらリリベラにくってかかる。
「何が不可抗力だ!防御魔法が発動するようなことをしたくせに!」
ランドルフはリリベラとスチュワートの間に入ると、リリベラを後ろ手に庇うようにする。
「あんたが扉なんか吹っ飛ばさなきゃ、俺だってリリベラちゃんの胸に顔を突っ込むようなことにはなんねえんだよ!」
扉で何をされたか見えなかっただろうに、わざわざ言うなんて!と、リリベラは胸元を隠すように手で覆い、真っ赤になってスチュワートを睨みつけた。
「な!そんなことを……。その筋肉は伊達か!踏みとどまればいいだろ」
「踏みとどまれるか!」
「ストップです!男性が怒鳴り合いなどしたら、お嬢様が怖がるではないですか!ランドルフ様がお怒りになるのもわかりますが、まずはお嬢様の安否確認が先です」
ビビアンが男性二人を一喝し、ランドルフの後ろに庇われたリリベラの元に走った。
「お嬢様、ご無事ですか?」
「無事か無事じよないかと聞かれましたら、無事ですわ。ただ、気分は最悪ですけど」
「なにがあったか、説明していただいてもよろしいですか?」
この場合は、スチュワートの無実を証明して、ランドルフとスチュワートの言い争いを止めさせろということなのだろう。もう、胸に顔を突っ込まれたことはバレてしまっているので、リリベラは素直にあったことを話すことにした。
「えっと……、手短に言いますと、ランディの作った魔導具を外して欲しいと頭を下げられましたわ。シモンズ男爵令息が頭を下げた所に、後ろから扉が飛んできたので、その勢いで私の胸に……あれですわよ」
「は?」
ランドルフは明らかに不快な様子で、刺々しい声を出す。
「だーかーらー、ランディ君?が魔法で扉を吹っ飛ばさなきゃ、俺がリリベラちゃんの胸に顔を突っ込まないですんだだろって話。つまり、不可抗力な訳だ。これからも、不可抗力の度にこんな激痛を味合わされたらたまらないから、どうにかしてくれってお願いしてただけ」
「ランドルフ・アーガイルだ」
愛称で呼ばれたのがよほど嫌だったのか、ランドルフは名字を強調する。二人の間に……というかランドルフから一方的に、敵対心のようなものがスチュワートに向けられる。ランドルフからしたら、スチュワートはこの世界の主人公、リリベラはスチュワートの攻略対象。下手をしたら、ランドルフからリリベラを奪う存在なのだ。
「やだ、この扉。どうなっちゃってるの?」
バチバチと火花が散る中、気の抜けた声がして、全員の視線が元扉があた場所に集中した。
スチュワートが、声の主を見て口笛を鳴らした。
「もうすぐ出番なのに、いきなり走っていっちゃうんですもの。びっくりしたわ。準備もあるし、早く行きましょ」
シルバーブロンドの巻き髪をかき上げながら、ハイヒールの音を響かせて入ってきたのは、三年生のカターシャ・ダンベル伯爵令嬢だった。
素晴らしい曲線美を綺麗に見せる為に、制服はかなり手直しされているようで、胸元は露出多めに、ウエストは細さを強調するように絞りに絞りを入れ、スカート丈は少し屈んだら下着が見えそうな程短い。しかも、制服なのにハイヒールとか、校則違反ではないのだろうか?
カターシャは、ランドルフの腕を引っ張るようにして身体を密着させると、リリベラに向かって挑戦的な笑みを浮かべて鼻で笑った。
「あなた、一年よね。一年ならば知らなくてしょうがいけれど、うちの学園では爵位は関係ないの。先輩の方が偉いのよ」
「はあ」
カターシャは、ここまで言ってまだわからないの?とばかりに、顎をツンと上げて、リリベラを見下したような表情を作る。
「一年のくせに生意気だわ。挨拶もできないの?!」
これは、リリベラから挨拶をしろ……ということだろう。通常ならば、格下の令嬢から声をかけるのは礼儀に反している。つまり、リリベラに声をかけられるのは同じ公爵家か王族くらいのものなのだ。
「必要ない」
ランドルフは、カターシャの手をぞんざいに払い除けた。そして、リリベラの肩に手を置いた。
「もうすぐ出番らしい。クリフと一緒に最前列で見ていてくれないか」
「ええ、もちろん。頑張ってね」
リリベラはランドルフを見上げて、他の誰にも向けないくしゃりとしたあどけない笑みを向ける。
これは親しい者だけが知るリリベラの真実の笑顔で、いつもの冷ややかで人を寄せ付けないようなリリベラを知る者ならば、二度見してしまうくらい可愛らしい表情だった。
ランドルフは喉をグッと鳴らしながら、リリベラのこの表情が誰にも見えないように抱きしめたい気持ちを抑えて、軽いハグで留めた。
「ペンダントは、絶対に外さないように。わかったね」
ランドルフは、リリベラにというよりも、スチュワートに向かって言うと、リリベラの背中に手を当て、一緒に舞台袖から出るように促した。
リリベラは、条件反射のようにランドルフのエスコートで歩き出し、ハッとしたようにスチュワートを振り返った。
スチュワート転生者説。
「あ……」
ビビアンだけならば話せることも、ランドルフどころかカターシャまでいるから話すことができない。
何かスチュワートに話したそうにしたリリベラに素早く気がついたランドルフは、リリベラの背中に置いた手に力を込めてる。
「リリ、行くよ」
ランドルフは、ずっと呼んでいなかったリリベラの愛称を呼ぶ。
「は……い」
大好きな人から甘く名前を呼ばれて、ポーッとならない女子はいない。リリベラも、スチュワートのことなどすっかり忘れて、ランドルフに寄り添うように歩を進めた。
★★★
「お嬢様、良かったですね」
一年ではリリベラ達のグループが最優秀賞、ビビアンのグループが優秀賞をとった。三年では、圧倒的にランドルフのグループ……というかランドルフ単体が凄すぎて、最優秀賞はもちろんランドルフのグループで、その他は該当者なしとされた。
「そうね」
レーチェ公爵邸に帰ってきたリリベラは、ビビアンにされるまま入浴をすませ、出された夕飯を食べ、寝支度も済んでいた。
リリベラがボーッとしているのは、最優秀賞をとった感動に酔いしれているわけではなければ、スチュワートの転生者説を思い悩んでいるわけでもなく……、ランドルフに久しぶりに愛称で呼ばれたせいだった。
出会ったばかりの頃は、お互いに愛称で呼び合っていたのに、いつしかランドルフは「リリ」と呼んでくれなくなっていた。公の場では「レーチェ公爵令嬢」だし、私的な場所では「リリベラ」だった。それに不満があった訳ではなかったのだが、久しぶりに「リリ」と呼ばれてみたら、その甘さに舞い上がってしまった。いまだにボーッとして、大事なことをビビアンに話しそこねるくらいに……。
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