第4話 出会いイベントを潰したい

 ビビアンに書き出してもらったイベントを眺めつつ、リリベラはベッドにボスンと倒れ込んだ。


 信じられない……というよりも信じたくない。


 馬鹿みたいにイベントが多いのだ。学年共通のイベントだけで五個。それらは時期があるからまだ対処のしようがある。問題は、各学年毎に起こるイベントだ。

 一年は、体育倉庫でのハプニングはすでに終了したから良いとして、出会い頭三回、下校時馬車で二人っきり、買い物でバッタリって……。


 出会い頭は事故だろうから、どうにも防ぎようはない。でも、馬車と買い物は防げる?下校時にうちの馬車が壊れて、たまたま通りかかった……という流れみたいだけれど、ビビアンがいつも一緒だし、万が一いない時は馬車に乗らなければいいし、そもそも買い物には行かなければいい。


 二年、三年、四年に起こるイベントも聞いてゾッとする。好きでもない男性と、そこまでいかがわしい接触をしないといけないのかと思うと、学園生活にこれっぽっちの希望も見えない。せめて、相手がランドルフだったなら、喜んでとまではいかないが、恥ずかしいながら乗り越えられる気もするが。


 ビビアンのおかげで、この四年間に起こる出来事だけは網羅できたから、対策は立てられる……と信じたい。


 とりあえず地道に今年起こるだろうことの対策を……と、ベッドでゴロゴロしていると、ドアが三回ノックされた。もうすぐ夕食だし、ビビアンが知らせにきたのかと思い、リリベラは制服を脱いでスリップドレスのまま、「どうぞ」と声をかけた。


 扉が開き、普通ならばビビアンから声をかけてくるのにシーンとしている。


「ビビ?」


 リリベラが顔を上げると、赤みの強い茶色い瞳と視線が合う。


「ランディ!!」


 リリベラは上半身を起こし、ポカンとしてランドルフを見つめた。スリップドレスの肩紐が腕に落ちて、胸の谷間までクッキリと見え、足元は太腿まで捲れて見えていたが、リリベラは自分の悩ましい格好には気が付いていなかった。


 ランドルフは、無表情(顔の半分は髪の毛で隠れているようなものだが)でリリベラに近付いてくると、椅子にかけてあったガウンを手に取り、リリベラの肩にかけた。


「どうして……?」


 ランドルフの突然の訪問に、リリベラの頭はまだ働いていないようで、更に近い距離から胸を見下された形になっているのだが、ランドルフをただボーッと見つめていた。

 ランドルフは、リリベラの横に腰を下ろすと、リリベラの額に手を当てた。


「午後、授業を休んで保健室へ行ったと聞いたから」

「あ……、別にたいしたことじゃないの。少し太腿を擦りむいてしまっただけで、もう痛くもなんともないですし」

「太腿?」


 ランドルフの視線が太腿に動き、リリベラも同じように自分の太腿に目をやり、そこで初めて自分があられもない格好をしていることに気がついた。

 リリベラは慌ててガウンに腕を通すと、きっちりとウエスト部分で紐を結んだ。その格好は、よりリリベラの宝満なバストとウエストの細さを強調していたのだが、リリベラ本人は全く気がついていない。


「ホホホ、失礼しました。でもこれはスリップドレスと言って、下着に見えるかもしれませんが、下着ではないんです。部屋着……、そう部屋着なんです」


 リリベラは、自分ははしたない格好でくつろいでいた訳ではないとアピールする。


「そう。じゃあ別にガウンはいらなかったかな」

「いえ、多少肌寒かったからこれで大丈夫ですわ」


 ガウンの紐の結び目を解こうとするランドルフの手を遮り、リリベラはガウンの合わせ目をしっかり押さえた。


「そう?さっきの格好もリリベラによく似合っていたよ。部屋着ならば見てもかまわないんだよね?」


(え?冗談……なんかランディは言わないわよね?)


 紐を解けないギリギリの力加減で引っ張られ、リリベラは脱ぐべきか脱がざるべきかと、ちょっと思考が怪しい方向へ傾きかける。


「でも、寒いなら着ていたほうがいいか。で、なんで太腿に傷なんかできたんだ?」

「ちょっと、尻もちを……」

「尻もちということはお尻は平気?手は?手はつかなかった?」

「手をつく暇がなくて。お尻は……確認してないからなんとも。でも、痛くありませんわ」

「青痣になっているかもしれないよ。確認してあげようか?」


 リリベラは真っ赤になって、両手を横に振る。


「いえ!青痣になっていたら、そんなみっともないお尻をランディに晒せません」


 リリベラは、断り方を間違っていることに気が付いていない。


「ふーん、みっともなくなかったら見せてくれるのか」


 ランディはボソリとつぶやいたが、リリベラには聞こえていなかった。


「え?何か言いまして?」

「いや、大したことじゃなくて良かったと思って。クリフが大袈裟に言うものだから、心配になって。こんな時間に押しかけてごめんな」


 ランドルフがリリベラの頭を撫でて言うと、リリベラは嬉しくて満面の笑みを浮かべて手にすり寄る。


「いえ!今日は二回もランディに会えて嬉しかったですわ」


 ごくたまーにこうして素直になるところとか、ランドルフにだけ見せる飾りない笑顔や、ランドルフにだけ許す近い距離とか、そういうところがリリベラの気持ちをバッチリとランドルフに伝えているということに、リリベラは気が付いていなかった。


 ★★★ランドルフ サイド


 放課後、図書館で調べ物をした帰り、生徒会室(という名前の王族の溜まり場)から出てきたクリフォードに出くわした。


「あれ?まだ学園にいたんだな」

「まぁ、いつも通りだがな。これからレポートをまとめようかと」

「なんだ、知らないのか?」


 クリフォードは、眉を寄せてわざとらしく険しい表情を作って、ランドルフの言葉を遮った。


「なんのことだ」

「僕の婚約者候補筆頭令嬢が、午後の授業に出てこなかったんだ。保健室から直に屋敷に帰ったらしく、僕も心配してるんだ。ほら、僕がお見舞いに行くと、婚約の打診に訪れたとか、ゴシップが飛び交うだろ?」


 ランドルフは、クリフォードと違って本当に眉を顰める。


「まぁ、そうかもな。安易な行動は慎んだ方がいい」

「だよな。じゃあ、これ、午後の授業のノート。リリベラに渡しておいてくれる?ビビのクラスのも借りておいたからね」

「しょうがないな。届けてあげよう」


 クリフォードは、親友ランドルフの為に見舞いに行きやすい言い訳を作ってやり、ランドルフも素直にそれにのっかる。


 ランドルフはクリフォードから預かったノートを鞄にしまい、レポートは後回しにして校舎を出て、学園内にある男子寮に寄った。自分の荷物だけ置き、外出許可を取って辻馬車をひろう。馬車に揺られながらも、さっき図書館で読んだ貸し出し禁止の文献のことを思い返していた。


 ランドルフは努力する天才だった。


 努力なんか必要なく、普通に首席で入学し、首席で卒業できるだけの知識を有しているランドルフが、ある人としたある約束の為に、がむしゃらに勉強していた。寮に住んでいるのも、通学時間すら惜しんで勉強したいからだった。


 ある人……、それはこれからランドルフが訪れる先にいるだろう人物だ。


 馬車がレーチェ公爵家の門の前で停まった。ランドルフが馬車から下りると、門番が門を開けてくれる。どうやら、クリフォードがランドルフの訪問の先触れを送ってくれていたらしい。


 門からしばらく歩いて公爵邸の前につくと、侍従が扉を開けてランドルフを屋敷内に招き入れると、そのまま二階にある公爵執務室へランドルフを案内した。


「旦那様、アーガイル子爵令息様がいらっしゃいました」

「入りなさい」


 扉が開けられ、リリベラの父親であるハインリッヒ・リーチェ公爵がランドルフを出迎えた。

 赤い髪の毛とエメラルドグリーンの瞳はリリベラと同じだが、容姿は全く似ていなかった。リリベラの容姿は有り難いことに、イングリッド王国一の美貌と歌われた母親に瓜二つだったから。


「やぁ、学園生活はどうだい」

「順調です。魔術科と経済学科に籍を置かせてもらい、早ければ夏までには卒業資格をとれそうです」


 ハインリッヒの頬がヒクッと引き攣る。


「そうか、頑張りたまえ」

「ありがとうございます。卒業までには、五つと言わず、九つは卒業資格を取れると思います。公爵様も、お約束をお忘れないよう、お願いいたします」


 ランドルフが頭を下げると、ハインリッヒは苦虫を噛み潰したような表情で唸った。一応、「うん」と言ったらしい。眉間には深い皺が刻まれていた。


 ランドルフがある人とした約束。それは、ハインリッヒ・リーチェ公爵としたもので、リリベラに求婚する条件として、学園を卒業するまでに、五つの学科の卒業資格をとるということだった。だが、それはあくまでも求婚。受けるか受けないかはリリベラ次第だとも言われている。(ハインリッヒの悪あがき)


 公爵令嬢と、跡継ぎですらない子爵令息。普通に考えれば、身分違いもいいところだ。しかも、リリベラは第三王子の婚約者候補筆頭という肩書きすらある。ハインリッヒの出した条件は、普通ならば無理難題というやつで、体の良い断り文句の筈だった。


 が、どうやらその無理難題すら簡単に飛び越えてしまう化け物に可愛い娘は目をつけられ、更には娘も一途にこの化け物を想っているらしいとなれば、父親としては諦めるしかないではないか。そんな苦悩が、ハインリッヒの眉間に深い皺を刻む要因になっていた。


「リリベラ嬢に、ノートを届けてきてよいでしょうか」

「良いが……、婚約前の男女の触れ合いは許してないからな。絶対に手を出すなよ。手を出したら、約束は反故にするからな」

「もちろんです」


 ランドルフは、ハインリッヒに頭を下げて執務室を出ると、誰に案内される必要もない足取りで三階にあるリリベラの部屋に向かった。


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