女好きすぎる婚約者の行動に、いつも困っています

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 私の名前はマリィコールド。


 大きな悩みがいくつかある。


 その一つは、婚約者である男性について。


 私の婚約者ハルトレイジはひどく女好きだ。


 女とみたら、だれかれ構わず口説かないと気が済まないらしい。


 結婚可能な年齢になった者なら、学校に通うような年頃の少女を口説くし、子供がいるような女性でも口説いている。


 私がハルトレイジの隣にいても女を口説いているし、相手の女性の隣に旦那がいても口説いている事がある。


 きっとあの男は、頭には何もないのだ。


 下半身に脳みそが詰まっているのだろう。


「いい加減にしてください」


 今もまた、私というものがありながら、婚約者様は女性を口説いていた。


 社交界で二人そろって、形式上にダンスをした後は、自由時間。


 それぞれ好きに過ごしていたが、やはり見過ごせない。


 ハルトレイジは、私の憤怒の形相を見て、悪びれる様子なく肩をすくめた。


「そう怒らないでくれよ、マリィコールド。俺のお姫様。可憐な女性を見つめたら、口説くのが礼儀ってものだろう」

「そんな礼儀はありません」


 今は社交界に出て、様々な人と顔を合わせる時。


 家の事情を考えれば、多くの人の力を借りたい所だから、彼にかまっていられる時間はないのだ。


 だけれど、私はわざわざ時間をさいて婚約者の相手をしていた。


 なぜか。


 それは説教のためだ。


「女好きの婚約者がいる、なんて噂が立ったら、迷惑なんです」


 婚約者様は、ちゃんとこちらの話を聞いてるのかいないのか、にこにことほほ笑んでいた。









 私の家は、貴族の身分を手放す寸前にある。


 ちょっとした失敗をしてしまって、その失敗を帳消しにするために、家にある財産や家宝を国へ渡さなければならなくなった。それがきっかけで、あれよあれよと落ちぶれていき、身分を庶民に落とす寸前。


 貴族が庶民に、だなんてなったら生きにくくなる事は間違いない。


 人間の適応力うんぬんはともかく。


 今まで違う身分だった人間を受け入れてくれる者は、多くないはずだから。


 そんな事にならないためにも、これから多くの貴族を味方につけなければならない。


 私のいるこの国は、貴族同士で勢力を作って、協力して町や村、都をおさめている。


 有名な、力のある勢力にまざる事ができれば、落ちぶれている家でも十分に挽回できる可能性があった。


 しかし勢力からはぶられたものの末路は悲惨。


 だから、余計な事に躓いている暇はないというのにーー。


 すると、にこにこしていたハルトレイジが、真面目さのかけらもない顔で言葉をかけてきた。


「たしか、勢力戦争に負けた家は、後ろ指さされて笑いものにされるんだっけ。落ちぶれて一般市民街どころか貧民街住まいになった人もいるそうだけど」

「そうよ。だから負けないために必死なの! ならどうするべきか、分かるでしょ?」

「それは大変だ。そんな君と一緒にいる僕の評判も、君に影響すると言うわけだね」

「だから、女を口説きまわらないでほしいのよ」


 私は額に手をあてて、今日声をかけた貴族達の顔を思い浮かべる。


 十数人はいるが、どれもあまりいい返事はもらえなかった。


 このままでは、本当に家の格が落ちてしまうだろう。


「分かったら、一緒に良い案がないか考えてほしいわね。私の格が落ちてしまったら、あなたの家の評判だって落ちるのよ」

「それは問題ないさ。身分を気にして婚約しているわけではないからね。君自身が美しいから婚約したんだよ」

「またそうやって、背中がかゆくなるようなセリフを」

「本気だと信じてもらえないのかな?」

「当たり前でしょう」


 フンコロガシがフンを転がす事を、習性だとみなすように、ハルトレイジのそれも習性なのだ。


 いちいち気に留めていてはキリがない。









 身分がはく奪されるまで、あと数か月。


 焦った私は片っ端から声をかけまくった。


 そしたら、一人だけいい返事をくれた人間がいた。


 数を打てば当たる、なんて言葉がどこかにあるらしいが、まさにその通りだ。


 私はすぐにその人の元を訪ねる事に決めた。


 どこかの国にある善は急げというやつだ。


 私の家の両親は、それにはついてこない。


 両親は両親で、他の貴族にとりいるので忙しいからだ。


 家族総出でこんな必死にならなくちゃいけないなんて。


 子供の頃は裕福だったのに。


 ともかく、気持ちを切り替えていかなければ。


 首を縦に振ってくれるまではいっていないが、相手のノースソルト様は「君が悩んでいる所を見かねて力になってもいいかな」とか言っていたので、やり方次第ではなんとかなるはず。長期戦にしないようにしなければ。


 というわけで私は、精いっぱい他家をとりこむ案をまとめて、その日使う馬車へと乗り込んだ。


 そしたら、「どうやら同じ方向に出かけるみたいだから、一緒にいってもいいかな?」


 なぜかハルトレイジが先に乗っていた。


「なんでここにいるんですか」








 どうやら彼が口説いた女が、私の訪問先にいるらしい。


 サウスネイトとかいう名前の女性だとか。


 聞いてもいないのに、ハルトレイジがべらべらと喋ってくる。


 目の前に私と言う婚約者がいるというのに、なんでそういうことを言うのか。


 しかも、婚約者と同じ馬車に乗っている状態で、浮気をする話をなんで言うのか。


 この人の面の皮はきっと特別分厚いに違いない。


 といっても、今日は彼にかまっている暇がないのも事実。


 訪問先で失礼を働かないように、適当に途中の道で馬車から放り出してしまおうかと思った。


 なのに、その思考は彼に読まれていたみたいで。


「おや、馬車の外で誰かが倒れているようだ。ほら、あそこに人が倒れているように見えないかい?」

「えっ、どこ?」


 私は婚約者様に騙されて馬車を降りてしまい、その背後でドアが閉まる音を聞いた。


 そして、走り出す馬車。


「なっ、ちょっ。はぁ!?」


 思わず淑女らしからぬ声をあげてしまったのは、大目に見てほしい。


「ちょっ、ハルトレイジ様!?」

「サウスネイトとの甘い時間を確保するために、ぜひゆっくり歩いてきてくれたまえ」


 馬車は私を置いて、ぐんぐん遠くへと走り去ってしまった。


 どうやら私は、婚約者様に出し抜かれてしまったようだ。


 そういえば、御者は女性だった。


 すでに毒牙にかかっていたか。


 おのれ。








 それでも諦めるわけにはいかないと、徒歩で移動していたら、運よく同じ街道を走る馬車に遭遇。


 身に着けていたイヤリングや指輪を対価に、その馬車に乗せてもらう事にした。


 平民の馬車でよかった。


 貴族だったら、競争相手なんて知らんといって、また放置されるところだったから。


 でもちょっと気まずい。


 なんでこんな馬車に貴族様が、なんて目で見られてしまった。


 やっぱり貴族が平民にまざって生活なんて、無理よね。


 そんなのができるのはハルトレイジみたいな人か、物語の人物だけよ。







 それで本来の時間よりも、何倍もの時間をかけて目的地に到着。


 荒んだ心で、ノースソルト様の屋敷に。


 使用人にとりついでもらおうとしたら、なぜか言葉をにごされた。


 ひげを蓄えたその男性使用人は、気まずそうにしている。


「主人は、いまはーー、誰ともお会いになりたくないそうで」

「もしかしてうちの女好き、ではなくうちのものが何か失礼な事を?」


 ハルトレイジが女を口説くために、ノースソルト様に失礼な事を言ったのではないか。


 そう思ったが。


「いいえ。大丈夫です。彼は人としてまっとうな事をされたまでですので」

「???」


 違うようだ。


 ならどういう事だろう。


 言われた事の意味が分からない。


 首をかしげていると、荒々しい足音を立てて、この屋敷の主人がやってきた。


 私が会う予定だった貴族の男性だ。


 ノースソルト様。


「あっ」


 挨拶を、と思って口を開こうとしたら。


 いきなりその相手に、服の襟元をつかまれた。


「!?」


 あまりにも脈絡のない行動に頭が追いつかない。


「ご主人、いけませんそれは」

「だまっていろ!」


 物申したそうにしている使用人を横に置いて、ノースソルト様は私を睨みつけながらまくしたてた。


「お前の婚約者はとんだ狐野郎だな。馬鹿で能無しで女好きのふりをして、あさましくも俺の弱点を探していたなんて。おかげでお前を利用する計画がぱあだ。お前を騙して貧弱な勢力に追いやろうとしていたのに。お前は、何しに来た!? 俺の傷口に塩をぬりにきたのか!? それとも間抜けな男の顔を見てあざ笑いに来たのか!?」

「なっ」


 何を言っているのか、分からない。


「ご主人、それ以上はーー」


 恐怖で頭がいっぱいになった私は、体を震えさせる。


 目の前の男が使用人にたしなめられて、私を離した隙に、その場から逃げ出す事しかできなかった。


「よっ、用事を思い出しましたので、本日は失礼させていただきますっ」








 ノースソルト様の元を去った後、


 ハルトレイジの元へ向かった。


 色々聞く事があるからだ。


 でも本人の元へはいかない。


 私は、件の彼の元へーーではなく彼の使用人の元へと向かった。


 彼に直接聞いても、きっと正直には話してくれないだろう。


 そんな予感があったからだ。


「あなたの主人の事で、聞きたい事があるの。教えてくれるかしら?」


 問いかけた相手、ハルトレイジの使用人は、数秒迷った後、事の次第を説明しはじめた。







 ハルトレイジは、頭が良くない。


 勉強もからっきしだし、マナーも覚えられない。


 けれど、見た目の良さと女を口説き落とす才能だけは、他より秀でていた。


 だから彼は、貴族社会でうまく立ち回るために、女たちを味方につけ、情報を集めたり、操作をしていたりしていたらしい。


 その話を聞いた私は、思いっきり呆れた。


 そうと分かっていれば、こちらももう少し、それなりの態度で接したのに。


 少なくとも、どうしようもない女好きをみるような、白い目で彼を見る事はしなかった。


 でも、それを私に言わなかったのはーー。


「負い目があったから、とかかしら」

「はい、ご主人はあなたを無理やり婚約者にしてしまった事を憂いていました。他の条件の良い家のご子息があなたを見初めた場合、すぐにこちらを捨てられるようにと」


 そういえば私に最初に声をかけてきたのはハルトレイジの方だった。


 彼が声をかけなければ、私は彼と婚約を結ばなかっただろう。


 それが彼には、ひっかかっていたのかもしれない。


「馬鹿な人。私は対等な立場で婚約を結んだつもりだったけれどね」


 ともあれ、これで何となく分かった。


 私が協力を取り付けようとしていた相手は、腹黒い貴族だった。


 それを女の口からきいたハルトレイジは、私より先に行動をうつして、ノースソルトと対面し、色々と脅しかけたのだろう。


 回りくどい。


 優しい人ーーなのだだとは思う。


 思ったよりも良い人だったとも。


 でも、それ以上にむかついている。


「やられっぱなしじゃ、しょうに合わないわ」


 だから、少しくらいはやり返さなければ。








 それから私は、ハルトレイジの友人達に声をかけて、あれこれ誘いをかけた。


 いずれも男性ばかりだったから、私のことについて男漁り令嬢だなんて噂が社交界に流れたわね。


 でも他人の意見なんて、どうでもよくなった。


 目的を達成するためには、評判なんて気にしてられない。


 そんなわけで私は、数々の男達と遊びにふけっている(という事になっている)状態に。


 そうしたら、女好き(という事になっている)の婚約者は、さすがに心配になったのか、「男漁りなんてほどほどにしろよ」と苦言を呈するようになった。


 これで、私の気持ちが分かるようになったでしょうね?


 まあ、今は別にそれほど焼きもきしているわけではないけど。


 女好きに男好き、並べたら対等だもの。


「大丈夫よ。女好きである貴方とお揃いでいいでしょう?」


 と言ったら。


「そんな事をお揃いにしなくても」


 少し、ハルトレイジが動揺した様子だった。


 ああ、意外に普通の事も言えるのねこの人。


 新たな発見だった。


「あなたの友達はみんないい人ばかりだから、危ない事になんてならないわ」

「そこは信用しているけど、ほら貴族令嬢として色々噂とか流れたら困るんじゃーーうんぬんかんぬん」


 男漁り相手として目標に定めた彼等が、かなり良い人達で私の協力者になってくれたのは嬉しい誤算だった。


 いい勢力に入れそう。


 これで、家の心配をする事はなくなったはず。










 それで、計画を着々とすすめた私は、男漁り相手の一人であるーーマインジンク様の屋敷へ訪問する事になった。


 夜中に。


 真夜中に。


 虫の鳴き声もしない夜に。


 呼びだされたから行くわね。


 といった具合に。


 そんな私に、ハルトレイジはさすがに焦った。


「こんな夜中に行くのはまずいだろ。色々と。どうしたんだ。最近変だぞ」

「何を心配しているの? マインジンク様はあなたの友達なんでしょう。きっと友人の婚約者である私に、危ない事はしないわ。おそらく夜中にしか見れないおもしろいものをみせてくれるだけよ」

「それはそうかもしれないけどっ。それはそれとして、万が一があったらーーうんぬんかんぬん」


 おかしくて笑いをこらえるのが大変だった。


 私は天然のふりをして、彼の言葉をスルー。


 マインジンク様の元へ馬車を走らせる。


 それで屋敷に向かった後は、婚約者を待ち伏せて、計画を実行する準備をした。


 貴族屋敷の一画に潜んで、暗闇で彼を待つこと数十分。


 近隣だから、ハルトレイジはすぐにやってきた。


 玄関で待ち伏せていると、焦った様子の彼が顔を見せる。


 私は素早く、闇に乗じて移動。


 彼が、屋敷の中に足を踏み入れた時、私はわざとらしく「きゃー」と悲鳴をあげて、ハルトレイジを焦らせる。


 すると彼は、今まで見たこともない顔をして、声の元に走ってきた。


 ふざけた顔しかみてこなかっただけに、ちょっと驚いた。


「マリィコールド! マリィ! 大丈夫か!?」


 さすがに、やりすぎたかもしれない。


 罪悪感が芽生えてきた。


 でも、ここでやめるわけにはいかないと思って、心を鬼にする。


 ハルトレイジがとある部屋に踏み込んできた瞬間を見計らって、部屋の電気をつけた。


 そして、クラッカーを鳴らす。


「んなっ」


 驚いた顔の彼が見たのは、おそらくこう。


 部屋の中で待ち構える私、そしてマインジンク様や他の友人達。


 舞い降りる紙吹雪。


 そしてテーブルにセットされた、バースデーケーキ。


「誕生日おめでとう。これで仕返し完了ね」


 彼は、してやられたという顔で、その場に座り込んだ。


 まったく。


 私達は、対等な関係なはずなのに、一人で勝手に背負い込んで私を守ろうとした罰なんだから。

 

 





 その後、私達はなんやかんや数年たってもまだ一緒にいる。


「まだ女漁りしてるの?」

「そっちこそ、男漁りをやめないじゃないか」


 一応互いに対等な立場で、お互いを困らせながら、だけど。


 色々あったから、簡単には素直になれないのよね。


 いつも互いを騙し合って、出し抜いてばかり。


 だって彼、油断するとすぐ、人の事を守ろうとするんだから。


 まあ、私も人の事は言えないけど。


 誤解されやすい彼が陰口をたたかれていると、ついむっとしちゃうし。


「そんな風にしていると、嫁の貰い手がなくなるぞ」

「あなたこそ、いい女を捕まえられなくなるわよ」


 でも、不思議と他の男を探す気にはなれないのよね。なぜか。


 私達は今日も互いを騙しあって、化かしあって一日を過ごすだろう。


 その道が本当に一つに混ざり合う日が来るのかは、分からないまま。



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