REMNAN十Z 第一章 あなたがここにいてほしい

@HappyEndFreakz

プロローグ

 世界は幻想に還ろうとしている。


 アトランティス大陸やバベルの塔、プレスター・ジョンの国、世界樹にバビロンの空中庭園、ユニコーン。かつてこの世界に存在した数多の造形物が今や物語の向こうへと消え失せた。


 現実は幻想に浸食される。


 知恵の実を得た人類の想像は歪んだ形で具現化してきた。都市伝説や空想上の獣、異界、神話の武具は顕現し、現実を蝕む。


 人間は創造力を制御できない。

 魔術師を除いて。


     +++++


 彼女の衣服は流血で赤黒く染まっていた。体を支える刀耶のワイシャツにもその色が伝染する。彼女のか細い体をいたずらに刺し貫く無骨な鉄筋を伝いコンクリートの地面に滴り落ちた血がその足取りを追ってくる。


 何かの力が働いているのか、鉄筋が端から次第に塵と化して消えていく。


 やっとのことで物陰にたどり着き、彼女をブルーシートのかかった置物にもたれかからせることができた。


 眉をしかめて眼を閉じ、苦しそうに短い呼吸を繰り返す。やがて深く息を吸い込み、小さな鼻腔から空気を抜いた。咳き込む姿を見て刀耶は狼狽えたが、「大丈夫」と彼女は気丈に振る舞う。


 彼女の口の端から血が滴った。


「今からあなたにスチュワート家に仕えた歴代の騎士、いずれかの力を継承する儀式を執り行う」


 意を決した彼女がそう言った直後、シャボン玉が刀耶の顔の横をすり抜けていった。ぞわりと鳥肌が立つ。


「あなたに魔術師になってもらうしか現状打つ手がないの。でなければ三人とも死ぬことになる」


 泣き声が徐々に大きくなる。四肢のない赤子が着実に迫って来ていた。


「けれど魔術師になれば、まあ」


 彼女は視界を閉ざすように拡がる灰色がかった天井を見上げ、自嘲するように笑う。「たいていロクな人生は送れないわ」


「覚悟を決めて」


 彼女の蒼い瞳に覗き込まれた刀耶は視線を外せない。


 刀耶は彼女の提案を拒まなかった。すると彼女はぎこちなく立ち上がる。すかさず刀耶も立とうとしたが「あなたはそのまま」と手で制した。彼女は光の剣を顕現させ、深呼吸をしてから刀耶の肩にそっと剣を置く。


 そして彼女は唱える。


「司木刀耶、あなたはここにいるルシア・L・スチュワートを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、主君として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「ねえ、それ、本当に合ってる?」


 そのときに見た、今にも泣き出しそうな彼女の顔を刀耶はきっと生涯忘れない。

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