第37話 声なき凱旋
門の前での折衝が無事に済み、私たちはリダストーン市外への通行を果たした。
日が暮れて茜に染まる街路には、まだまだ多くの人が行き交っている。
そうした人々の喧騒が、私たち一団を目の当たりにして、一気に静まっていく。
私たちが通過するときだけは静寂に包まれ、通り過ぎるとどよめきが後を追う。
ただ、先頭にいる私の姿は目立ちすぎるくらいのものだけど、石を投げつけられたり敵対的な声を向けられたりということはなかった。
考えられる理由はいくつかある。
まず、私が捕らえた連中っていうのが、本当に、この街に対して害をなしていたということ。
それに比べると私は、
……この街以外に対してだって、考えものではあるかもしれないけど、悪いことなんてしていないつもりではあるのだけど。
ともあれ、新顔お尋ね者――それも、罪状不明――が、かねてよりのお尋ね者を捕らえてやってきた。
この構図は、仮に保身のためと見る人がいたとしても、手柄にケチはつけられないはず。
賊に苦しめられた人が、案外すぐそばにいるかもしれないとなれば、なおさらだと思う。
他に考えられる理由としては、集団の中から最初に石や声を投げつけてくる人っていうのが、上から雇われた扇動者でしかないから、というもの。
自身の判断で動けるような状況でもなくて、どうすべきか決めかねているのかも。
でも、なんといっても大きい理由は……
詰所や牢まで罪人を引き連れていくという名目で、衛兵の方々も帯同している事だと思う。
私がお尋ね者になっていることについて、衛兵隊としては干渉しないというスタンス。積極的には関与しないけど、民草による「正義の執行」は邪魔しない、ぐらいのものだと思う。
だけど、衛兵が見ていて――それも、ターゲットにほど近い場所で歩いているとなれば、投石しづらいのは当たり前だった。
「
幸い、私たちみたいな連中とは距離を開けたいようで、周囲の人々はかなり遠巻きになっている。多少の会話は聞かれない中、衛兵隊の隊長さんがうんざりしながら口を開く。
「結構なことだ。民衆が石を投げる街ってのは……我々にとっても、気持ちのいいものじゃない」
「でも、おたくらじゃそれを止められないんだろ?」
「何を以って悪とするかは、上の……いや、失敬。斜め上の連中が定めてくださることだからな」
門の前でのやり取りを蒸し返すような表現に、皆さん含み笑いを漏らした。
仕事仲間の皆さんも、衛兵の方々も。
「現状は、我々にとってもまったく明瞭ではない。憶測を働かせるしかない、新しい手配書について、不快感はある。本来の管轄の内側で、不可解な力が働いているわけだからな」
隊長さんはそう仰った後、やや間を開けて、私に鋭い視線を向けてきた。
「しかし、君がここにいることそれ自体が、不要な混乱と騒動を招くのは事実だ。あの手配書の裏に、後ろめたい思惑や事情があろうとも。隊としては干渉しない方針だとしても、見過ごせない事態となれば動かざるを得ない」
「それは、この後の『一席』のことか?」
「ああ」
私が、罪人たちを連れて、何を話すつもりなのか。衛兵の方々の心配事はそちらの方に注がれているようで――
身が引き締まるものを感じる中、隊長さんのご友人さんが口を開いた。
「要は、この街が静かになればいいんだろ?」
「『要は』というほど簡単な話でもないと思うがな」
「ま、安心しなって」
言葉の後、視線を投げかけられて、私は話を継いだ。
「私は……誰も傷つけたり脅したりせず、その上で、街の皆様方を黙らせようと思っています」
この宣言に、衛兵の方々が少しざわついた。
「『黙らせよう』とは穏やかじゃないが……手法は穏便なものに留める、と?」
「はい。それでも、皆様方にとって看過しがたいものであれば、その判断には従います」
まっすぐ見据えて言葉を返すと、隊長さんは少し表情を柔らかくなさった。
「少なくとも……今回の仕事ぶりは、誰にも責められないものだったのだろう」
実際……私ひとりが傷ついて、それで仕事仲間の皆さんの気持ち的にどうかというのはあったのだけど、その点を除けば上等な成果を出せていると思う。
何しろ捕らえた賊の方が、傷だらけ血まみれな装いの私よりも、よほど平穏無事に映るぐらいだから。
この仕事ぶりについては、皆さんも認めるところで、得意げな笑みを浮かべていらっしゃる。
こうして信を得ることができた私に、隊長さんは「君の人となりを信じる」と仰ってくださった。
それでもやはり、隊の他の方々は、疑念や緊張が絶えない様子だけど……
この街を守っていらっしゃる皆さんのためにも、どうか、うまいことやってみせないと。
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