怪盗サバイバー

茉莉花-Matsurika-

第1話 出会った瞬間絶望感

「やっぱり部活やってないって、自己PR欄が埋まらないよねー」


「バレー部は、高校生誰もいないらしいから上下関係とかなさそうでいいんじゃない?」 


「えーっ、あたし150センチしかないけどバレーってどうなの?」


「自己PR欄埋めたいんでしょ?」


「まあーねーそーねー、推薦で大学行きたいからなぁ」


「顧問は礒部だし、楽そうじゃん」


「いそべー…チョロそうだわ」


ケラっ ケラっと笑い世の中も男もチョロいと踏んでる今時ガール15歳月海ののか

チェックのスカートを短く巻き上げて肩の上で毛先がゆれるボブヘアー、胸ポケットには髪櫛バレない軽めのメイクに肩掛けスマホをスカートのポケットにいれ、タブレットで社会科見学先の栃木県を調べてプランを作り始めた。


「滝がみたいなぁ、有名なやつあったよね」


「華厳の滝?」 


「いやいや、もっと近くで滝にさわりたい!」


「ではではー、こちらはいかが?湯滝!」


「湯滝!良き!滝壺に降りられるってーマイナスイオン浴びまくりだねー」


「待ってろー、湯滝ー!イエーイ!」


ハイタッチをしたのは中学から内部進学をした友人の円。SNSをこよなく愛する円は配信担当で〇〇で踊ってみたシリーズを編集してくれる。毎日ダンスの動画をアップしてくれる頼もしい相方



潮の流れが早いので海岸や川に近づかないで下さい。この地域では先週から地震活動が活発に起こっており関連性が高いと気象庁が発表しました。今後、さらに高い津波が来ると予想されます。なお、静岡浜岡原発、鹿児島川内原発に異常はありません。

速報です。八重津漁港では、船が2隻転覆した模様です。生存者の安否はわかっておりません。


地震による津波の取材に出かける準備に追われている取材班、50センチの津波を観測した三宅島に向かうため東丸汽船のジェット船が運行を再開しそうだと予測し、カメラマンの二宮と、二人で現場へ向かう。重い機材を持つ手伝いをしているからか、上腕に筋肉がついてもともと大きかったガタイがさらに引き締まってTシャツの袖がピチッとしてきていることに喜びを感じていた。


「いつも悪いなあ重い方ばかり運んでくれて」


「いやぁ、本当に重いですよねカメラの機材って。ニノさんのご老体にはキツイですよね。」


「てめぇ、優しいのか、優しくないのかどっちなんだよ」


「気遣いのできる優しい男で有名でしょ俺」


「可愛い顔して、ムカつくなぁ」


「恐縮です」


「これ全部ワゴンに運んどいてくれ」


「わっかりましたー。」


185センチの日焼けした身体に小さな顔、控えめな二重の目元に広角の上がった口元からは大きい前歯が見えた。ギャップを後ろ向きに被り直し猪狩は荷物を抱えた。



赤沼から遊歩道を歩く、ののかと円。同じ班にはダンス動画メンバーが集結し、歌ったり踊ったり自由奔放。円がリーダーとして、昼食の予約やバスの時刻を見て、ついて行くだけのお気楽ハイキングだ。

湯滝に向かう自然研究路は木道でつくられ一本道だ。迷うはずはなかった。


「あー、靴紐解けたから先に歩いててー」


「ののか、お先ー」

「ののー先行ってるよー」


「おっけーおっけー」


顔もあげずに返事をしたののかが靴紐を結び終え立ち上がるとそこにはもう誰の姿も無かった。

焦ったののかは走りだし急いで皆んなに追いつこうとして木道に引っかかり草花の生い茂る中へ落ちてしまった。


「きゃーっ!」


目をつぶり頭を抱えて身を守ったが左肩から転がり背中を打ち何度も何度も転がった。


「止まらない、助けてー」  


坂道を転がり、やっと止まった所で体を起こした。全身がひどく痛む。靴が片方脱げた。近くに落ちていた靴を拾い元来た道を目指して歩いて戻ろう。きっと円ならののかがいない事に気づいてくれるはず。膝を擦りむいているが肩の方痛かった。左肩を抱きしめながら坂を登ろうと立ち上がったが木道は見当たらない。


「誰かいませんかー」


「木道から落ちました。助けてくださーい」


「誰かいませんかー」


「助けてー」


全身の痛みを我慢しながら、歩き出すが紫がかった空の色が不気味で不安を煽ってくる。スマホが見当たらない。


「助けてー」


「お願い」


出せる限りの声で叫んだ。


「大丈夫か!こっちだ」


声の聞こえた方を見上げると大きな岩の上から男性が手を振っていた。


「今行くから、待ってろ!」


たくましく聞こえた声の主の足音が近づいてくる。ののかが持ち上げられずにいたリュックを肩に担ぎ、ののかをお姫様抱っこした。


「ここは獣道だから、移動するぞ」


ののかは泣きながらお礼を言って猪狩の肩に抱きついた。痛みと不安と感謝で何から話していいのか頭が混乱する。薄ら目を開ける足もとを何かが動く音がする。


「何かいる!」


「あぁ、猫だ。サビ猫のピーター」


「ピーターがあんたに気づいたんだ。じゃなきゃこんなとこに立ち寄らなかった」


ぶっちらぼうな口調だ、命の恩人だしサビ猫の顔はよく見えなかったがまあ猫だし、可愛いものだろうとお礼がわりに可愛い猫ですねって言った方がいいかなあと、考えていると


「可愛い猫ですねって今思ったろ」


「えっ、!?」


「いっとくが、わしは29年生きとる。あんたより先輩じゃ。」


「えっ、えっ、猫が喋ってる」


「当たり前だ!バカ娘!先輩を敬え」


「くっくっ」

猪狩は二人のやりとりを見ながら笑いをこらえていた。


「猫、喋る、先輩、29歳…」


パニックになったののかは自己紹介をしてみた。


「月海ののか、15歳です。助けて頂きありがとうございます。あっ、湯滝に向かって歩いてたら草むらに落ちました。それでーえっとー」


「湯滝…それって日光の湯滝か?」


「はい、そうです。学校の行事で来てて皆んなとはぐれちゃって私帰りたいんです」


喋る猫を無視して、猪狩に必死に帰りたいと懇願するのでののかをそっと下ろした。


「俺も帰りたくて必死で歩き回ったんだ。でもこの世界から出る方法がわからないんだ」


力なく話すそのトーンの低さに不安が押し寄せた。この紫色の空と同じように見えた。


「傷の手当てをしよう。」


「肩は脱臼してるわけではなさそうだな。」


藍色に染まった布と紐で腕を固定して、膝を水で洗ってくれた。痛みと不安で涙が止まらなかった。


「俺は、猪狩誠29歳。カメラアシスタントだ。

津波の取材をしていた時に乗っていた船舶から落ちてここに流れ着いたんだ」


「今日は何年何月何日だ?」


「2023年5月8日だったと思います」


「…そうか、俺と同じか」


「えっ?猪狩さんが、船に乗ったのはいつだったんですか?」


「2023年5月8日だ」


「えっでもそれって今日で、さっき流れ着いたって事ですか?ん!?」


「ずっと、5月8日を生きてるんだ」


「… 」


ピーターの目が月に照らされて青く光っている。このあたりに害獣がでるのは湯滝だからか?あの辺りは熊の出没が確認されている。

俺は海に落ちて今は海のない栃木にいるのか?


「わからないんだ。ここがどこか。湯滝かもしれないし、そうではない異世界なんじゃないかと俺は考えている。ピーターを見ろ、心を読むしゃべる猫だ。おかしいだろ。それに…」


「海に落ちて助けられてから、何日もの日々をすごしているのに、お前は今日が5月8日だという」


「帰るぞ、猪狩」


「目からヨダレをたらしてる女を連れて行こう」


「ヨダレってピーター」


「猫様は泣かないからな」


一言もしゃべらなくなったののかを抱き上げ猪狩は山小屋へ向かった。

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