第9話

 急いでケガ人が運ばれている部屋に入る。そこはあまりにもたくさんの人でごった返していた。

「ルカさん!」

 今一番会いたい人は、怪我人のそばにいた。

「アリス」

「ルカさん、怪我は……!」

 どうしても早く、彼の無事を確認したかった。

 すると、私を安心させるかのように、立ち上がって口元を少し緩めて言った。

「俺は大丈夫だ。今は治療に回っている。魔力での治療が今最も効果的だからな」

 さすが最強の軍人といったところだろうか。

 カミラさんはすでに手伝いを始めている。私も何かしないと……!

「よかった……! 私は何をしたらいいですか?」

「ああ、お前は俺についてきて……っ」

「ルカさん⁉」

 不意に彼はふらついて、その場に膝をついた。顔をのぞき込んでみると、汗が噴き出している。

「すまん、魔力切れだ……くそっ、こんなときに俺は何の役にも立たないっ……」

「そんなことない! 今は休んでください!」

 魔力切れというのは、魔法を使う者の大きな弱点だと、お父様はよく言っていた。魔力が枯渇したまま使い続けることは、やがて命にまで危険が及ぶのだと。

 だからこのまま回復を待たずに魔法を使うのは、自分の命を危険にさらすことになってしまう。それを、ルカさんが知らないわけない。でも、ルカさんは立とうとする。

「俺に今、すべてがかかってるんだ! 仲間を助けられるかが!」

 彼は苦しさがにじんだ声で叫ぶ。このとき、私の中で何かが動いた。今まで身に秘めていながらも、静まっていた何かが。

 そして、私の視界は暗転する。



「アリス」

 私は真っ暗な場所に、一人で立っていた。実父である、ルイス・ホワイトが私を呼んでいる。

「パパ、どうしたの?」

 そうだ、これは私が九歳の誕生日を迎えた日のことの記憶だ。いつもニコニコ笑っているパパが、急に真面目な顔でこう言ってきたんだっけ。

「俺は魔法を使える。もしかしたらお前は、俺よりも偉大な魔法使いになって、軍に入って、たくさんの人を助けるかもしれない。それはすごく名誉なことだ。でも、守りたいものだけは、絶対に手放すな。約束だぞ」

 ふっと回想が途切れる。

 この日、パパが言った言葉を今まで忘れていた。

「もしかしたらパパは、私が魔法を使えるようになるって、なんとなくわかってたのかな」

 私の身体のなかで揺らぐ、炎のような強力な流れ。これが、魔力というものなんだろう。

「パパ、ありがとう。私、絶対に守りたいものができたよ」

 そしてもう一度、私の視界は暗転する。



「アリス?」

 俺が叫んで我に返った時、彼女は目の前で立ったまま目を閉じている。何が起きたのかはわからない。でも、話しかけてはいけないような気がした。

 彼女に向かって手を伸ばしたとき、彼女はその目を開けた。その美しい赤い瞳をさらに強く光らせて、俺のほうを見ていた。

「ルカさん、ここは私に任せてください」

「だが、魔力がないとこの場は……っ!」

 俺はこの時、アリスを路上で見つけたときと同じような『違和感』を、また感じていた。

 今確信した。やはり彼女は、魔法が使える。いや、今この瞬間、魔法を使える者として覚醒したんだ。そして俺は気づく。

「アリス、俺と同じ魔法が使えるのか……⁉」

 同じような能力の場合はわかる。軍の仲間たちが言っていたこのことを、再認識した。

「そうです。今、実父に言われたことを思い出しました。私がもし魔法を使えるようになったのならば、『守りたいもの』は手放していけないと。だから私は、ここにいるルカさんの仲間を、そしてルカさんを守るために、魔法を使います」

 俺はただただ驚くことしかできなかった。その間にアリスは、ケガをしていた俺の仲間たちを次々に治している。

「俺も手伝う」

 何かしないといけないと思った。しかしアリスは首を横に振る。

「いえ、魔力の枯渇は非常に危険です。早く休んでください」

「っ……」

 何とか俺が立っていたということが、彼女にはわかったのだろう。

「すまない……」

 自分の無力さと、アリスの治癒能力の高さを前にして、俺は何もできなかった。

 すべての治療を終えて、彼女は俺の前に立った。

「ルカさんの役に立ててよかった……」

 そういってアリスは倒れる。俺はすぐに抱きとめ、彼女の顔を見る。その顔は少し苦しそうで、でも幸せそうだった。

「ありがとう、アリス」

 そして俺はアリスを抱き上げ、医務室へと向かった。

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