赤き少女は魔法を宿す
なべねこ
第1話
シエル王国。そこに暮らす人の中には、魔法を使える人がいるという。
その魔法を実際に見た者はこう言った。彼らは水や炎、雷を操ると。そして、治癒や他人の能力を上げることのできる力を持つ者が、ごくまれに現れる。その者はどうやら、赤い目をしているらしい。
「アリスお嬢さま。おはようございます」
「うーん……あと十分……」
「お嬢さま、今日は大事なお見合いの日でしょう? 準備を始めないと間に合いませんよ」
私はガバっと起き上がる。
「そうだ! 急がなきゃ」
私は急いでドレッサーの前に座り、髪の毛を直してもらう。今日も私の目は、燃えるように赤く、宝石のように輝いている。私はそんな少し変わった自分の目を、とても気に入っている。
「今日もこんな感じでいいでしょうか?」
毛先だけをくるっと巻いたシンプルな髪形。ドレスが華やかだからちょうど良い。
「うん、ありがと!」
パパっと朝ご飯を済ませ、身支度を整える。お見合いがんばるぞぉ。
お見合いの相手は、曇った顔で現れた。
「すみません、せっかく来ていただいたのに申し訳ないのですが」
嫌な予感がする。
「今回のお見合いはなかったことにしていただきたくて……」
やっぱり。私の嫌な予感は良く当たる。
「わかりました。それでは」
「お父様になんて言えばいいかな……」
また失敗。これで三回目だ。しかも今回は理由も聞かずに出てきてしまった。すると、馬車の隣に座っているソフィアが声をかけてくれた。
「アリスお嬢さま、あまり落ち込まないでください。もっといい人がいますよ」
「うん、ありがと」
ソフィアは私がヨーク家に来た時からお世話をしてくれてる。私の好きなお菓子や紅茶、クラシックの趣味まで、なんでもわかってる優秀な人だ。
「お父様に報告する前にお母様に何か言われそう、憂鬱だな~」
「奥様は厳しいお方ですからね。でも、お優しいところだってあるのですよ? お嬢さまがご存じないだけで」
「そーなの?」
ちょっと私には信じられない。だってあの人すぐに『はしたないですよ!』とか『アリスさん、マナーをしっかりなさい!』って言うんだもん。
「ソフィア、あと何分で着く?」
「そうですね、ざっと一時間半くらいかと」
今いるところは相手と会った、自然豊かな地方のグロース。そしてヨーク家があるのはリーテン。シエロ王国の中で、グロースは北、リーテンは西のほうにある。
「お嬢さま、疲れているなら眠っていてもかまいませんよ。ここら辺に魔物が出ることはないと思いますので、ご安心ください」
シエロ王国には、魔物が存在する。どれも強いもので、軍の魔法が使える精鋭部隊にしか倒せないのだとか。
「うん、ありがと。なんか頭痛くて。これって疲れとかなのかなぁ。体は強いほうなんだけど」
「お嬢さま、頭痛を舐めないでください。今はしっかり寝ましょう」
「わかったよ」
私はソフィアの肩を借りて、少し眠ることにした。
「おねえさま! おかえりなさい!」
「クレア、ただいま」
勢いよくお出迎えしてくれたのは、私の妹のクレア。天使みたいにかわいい。
「まぁアリスさん、おかえりなさい」
背筋が凍るような声。自分の家なのに、この人がいると安全ではない。
「た、ただいま戻りました、お母様」
顔を上げると、険しい顔をしたあの人が立っていた。
「それで。今回のお見合いはどうだったのです?」
すごい言いにくい。
「ええと、なかったことになり……」
「なんですって!」
最後まで言い切らないうちに、お母様にさえぎられた。
「せっかくお父様が良いお見合い話を見つけてきてくださったのに! これだから貴族の血を引いていない子は……っ」
体から血の気が引いていった。クレアは心配そうに私の顔をのぞき込んでいる。
私は本当は、ヨーク家の人間じゃない。七年前、私が十歳だった時、私の両親は亡くなった。私の本当の名前は、アリス・ホワイト。ホワイト家当主だった父は、魔法を使う、軍の特殊な部隊に所属し国のために尽くしてきた。しかし、ある出来事で殉職、母はもともと体が弱いこともあり、父の後を追うように亡くなってしまった。そんなとき、父の上司であるヨーク家のライナス・ヨーク様が私を引き取り、ここまで育ててくれたのだ。
「おねえさま?」
クレアの声で、現実に引き戻される。しかし両親のことを思い出して声が出ない。
「も、申し訳ありません……」
これしか言えない。貴族の血を引いていないと言われたら、その通りだから。
「アリスさんあなた、あさって誕生日でしたわね。十八歳になったら、もう充分外で生きていけるでしょう?」
えっ……。
「お父様にはもうすでに伝えてあります。もうそろそろ、自分の力で生きていくべきだと。確定事項ですので、さっさと準備しなさい」
そんなにお母様は、私のことが嫌いだったのかな。なんかもう、何にも考えたくなくなってきた。このまま家にいさせてもらっても、邪魔者扱いされるだけだろう。
「……わかりました、準備ができ次第出ていきます。今までお世話になりました」
「お父様へのあいさつもしていきなさいよ」
「はい」
「今は年末で寒いものね、気を付けてね、アリスさん?」
あの人は私を試すように冷たく言い放った。やっぱり、嫌われていたんだろうな。ふいに、ドレスの袖を引かれた。
「おねえさま、いなくなっちゃうの?」
ああ、クレアはなんてかわいいんだろう。
「ごめんねクレア。こんなおねえさまを、許してね」
クレアが何か言おうとしていたが、私はその前に、自分の部屋にもどった。
「はぁ。この家から出るのか……これからどうやって暮らしていこうかな」
三日くらいは両親にもらっていたお金の貯金で何とかなりそうだけど、それ以降はどうしようもない。今は冬で年末だから、すぐに新たな仕事探すことは難しい。
「考えてもしょうがない、早く準備しよう」
重い腕を動かして、私は荷造りを始めた。
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