赤き少女は魔法を宿す

なべねこ

第1話

 シエル王国。そこに暮らす人の中には、魔法を使える人がいるという。

 その魔法を実際に見た者はこう言った。彼らは水や炎、雷を操ると。そして、治癒や能力を上げることのできる力を持つ者が、ごくまれに現れるという。その者はどうやら、赤い目をしているらしい。



「アリスお嬢さま。おはようございます」

「うーん、ソフィアおはよ~」

 あと十分だけ寝かせて……。

「お嬢さま、今日は大事な縁談の日でしょう? 準備を始めないと、間に合いませんよ」

 私はガバっと起き上がる。

「そうだ! 急がなきゃ」

 私は急いでドレッサーの前に座り、髪の毛を直してもらう。今日も私の目は、燃えるように赤く、宝石のように輝いている。私はそんな少し変わった自分の目を、とても気に入っている。

「お嬢さま、今日は髪を上げてみませんか?」

「いいね!」

 ソフィアはヘアセットがとてもうまい。任せておけば、間違いないのだ。

 今日の縁談の期待を胸に、鼻歌をしながら待つ。

「できましたよ」

「わー! めっちゃかわいい! ありがと~!」

 低い位置でお団子結びをしてくれた。かわいい。

「よーし、今日の縁談がんばるぞー!」


「すみません、この縁談はなかったことにさせていただきたいのですが……」

「なぜでございましょうか?」

「……ほかに好きな人ができたんです。すみません」

 そんなこと言われたら何も言えない。好きな人ができたなら、しょうがないか。

「わかりました。両親には、お互いに好みが違ったといって何とかしましょう」

 いいところまで行ったのに、この縁談も、ダメだったな……。


「お父様になんて言えばいいかな……」

 ため息しか出ない。いい人だったし、何回もお会いして『この

人なら結婚したい』って本気で思ったのに。これで失敗するのは三回目か……。

 すると、馬車の隣に座っているソフィアが声をかけてくれた。

「アリスお嬢さま、あまり落ち込まないでください。絶対に、もっといい人がいます。お嬢さまはすっごくかわいらしいのに、ほかの女に目移りするなんて、お嬢さまの旦那さまにふさわしくないです!」

「えへへ、ソフィア、ありがと」

 ソフィアは私がヨーク家に来た時からお世話をしてくれてる。私の好きなお菓子や紅茶、クラシックの趣味まで、なんでもわかってる優秀な人。

「お父様に報告する前にお母様に何か言われそう、憂鬱だな~」

「奥様は厳しいお方ですからね。でも、お優しいところだってあるのですよ? お嬢さまがご存じないだけで」

「そーなの?」

 ちょっと私には信じられない。だってあの人すぐに『はしたないですよ!』とか『アリスさん、マナーをしっかりなさい!』って言うんだもん。

「ソフィア、あと何分で着く?」

「そうですね、ざっと一時間半くらいかと」

 今いるところは縁談の相手方の家がある、グロース。そしてヨーク家があるのはリーテン。シエロ王国の中で、グロースは北、リーテンは西のほうにある。

「お嬢さま、疲れているなら眠っていてもかまいませんよ。ここら辺に魔物が出ることはないと思いますので、ご安心ください」

 シエロ王国には、魔物が存在する。どれも強いもので、軍の魔法が使える精鋭部隊にしか倒せないのだとか。

「うん、ありがと。なんか頭痛くて。これって疲れとかなのかなぁ。体は強いほうなんだけど」

「お嬢さま、頭痛を舐めないでください。今はしっかり寝ましょう」

「わかったよ」

 私はソフィアの肩を借りて、少し眠ることにした。



「おねえさま! おかえりなさい!」

「クレア、ただいま」

 勢いよくお出迎えしてくれたのは、私の妹のクレア。天使みたいにかわいい。癒し。

「まぁアリスさん、おかえりなさい」

 うう、せっかくの癒し時間が。

「た、ただいま戻りました、お母様」

 顔を上げると、お母様がいた。お母様と話すときは、どうしても緊張する。

「それで。今回の縁談はどうだったのです?」

 すごい言いにくい。

「えーっとですねぇ、お互いの好みが合わなかったので、なかったことになり……」

「なんですって!」

 最後まで言い切らないうちに、お母様にさえぎられた。

「せっかくお父様が良い縁談話を見つけてきてくださったのに! これだから貴族の血を引いていない子は……っ」

 体から血の気が引いていった。クレアは心配そうに私の顔をのぞき込んでいる。

 私は本当は、ヨーク家の人間じゃない。七年前、私が十歳だった時、私の両親はなくなった。私の本当の名前は、アリス・ホワイト。ホワイト家当主だった父は、魔法を使う、軍の特殊な部隊に所属し国のために尽くしてきた。しかし、ある出来事で殉職、母はもともと体が弱いこともあり、父の後を追うように亡くなってしまった。そんなとき、父の上司であるヨーク家のライナス・ヨーク様が私を引き取り、ここまで育ててくれたのだ。

「おねえさま?」

 クレアの声で、現実に引き戻される。

なにか言わないと。でも両親のことを思い出して、急に声が出ない。

「も、申し訳ありません……」

 これしか言えない。貴族の血を引いていないと言われたら、その通りだから。

「アリスさんあなた、あさって誕生日でしたわね。十八歳になったら、もう充分外で生きていけるでしょう?」

 えっ……。

「お父様にはもうすでに伝えてあります。もうそろそろ、自分の力で、生きていくべきだと」

「変えることは、できないのですか?」

「ええ。確定事項ですわ」

 そんなにお母様は、私のことが嫌いだったのかな。なんかもう、何にも考えたくなくなってきた。このまま家にいさせてもらっても、邪魔者扱いされちゃうよね。

「……わかりました、準備ができ次第出ていきます。今までお世話になりました」

「お父様へのあいさつもしていきなさいよ」

「はい」

「今は年末で寒いものね、気を付けてね、アリスさん?」

 やっぱり、お母様には嫌われていたのかな……。

 ふいに、服の袖を引かれた。

「おねえさま、いなくなっちゃうの?」

 ああ、クレアはなんてかわいいんだろう。

「ごめんねクレア。こんなおねえさまを、許してね」

 クレアが何か言おうとしていたが、私はその前に、自分の部屋にもどった。



「はぁ。この家とさよならか……。なんか受け入れちゃったけど、これからどうやって暮らしていけばいいんだろう」

 三日くらいは両親にもらっていた貯金で何とかなりそうだけど、それ以降はもうどうしようもない。今は冬で年末だから、新たな仕事探すことは難しい。要するにやばい。

「考えてもしょうがない、早く準備しよう」

 そうつぶやいて、私は荷造りを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る