5. 臭い森リベンジ

「またチャレンジするんですか?」

「今度こそ行けそうなんです」


 探索者ギルドの一般受付、ケイトさんに毎日色々と相談していたら話しかけるのが日課となってしまった。名前も教えてくれたし、ケイトさんの方から呼んでくれることもあるので嫌がられては無いはずだ。


「この前もそんなこと言ってたじゃないですか」

「今度こそ大丈夫ですよ」

「信じられません。そろそろ臭いが染みついて取れなくなりますよ」


 俺は異世界に転移して以降、毎日臭い森の採集依頼を受けている。

 初日のまさかの赤字が俺のやる気に火をつけた感じだ。


 普通は凹んで諦めるそうだが、工夫の余地があると思うと改善活動に勤しんでいた身としては色々と試してみたくなっちゃうんだよな。


「それですよ」

「え?」

「だから今回の作戦は染みつかせないために必要な臭い取りを使うんです」


 公衆浴場に置いてある洗濯機や石鹸やミストはあの醜悪な臭いを消去してくれる。調べたら石鹸やミストの元となる液体は普通に店売りしているらしいから、ちょっとお高いがそれを購入して臭いを消しながら進むというのが今回の作戦だ。


「はぁ……これまで同じことを考えた人が居ないと思ってるんですか?」

「あ、やっぱり?」


 流石に考えが単純すぎたか。


「石鹸とか消臭液の消臭効果なんてあっという間に切れて、臭鹸と臭水になっちゃいますよ」

「わぁお」


 だが少しでも保つならそれらで口や鼻を覆って全力で走って採集すれば良いのでは。いやダメだ。もし効果が森の近くで切れたらいきなりマックスレベルの臭気に晒されることになる。心と体の準備が出来ていないところでそんな攻撃を受けたら死あるのみだ。


「おいおい、お前さんまだ臭い森に通ってるのかよ」

「こんにちはハーゲストさん」


 今日の作戦を練り直さなければと考えていたら、スキンヘッドのオッサンがやってきた。オッサンとも良く話をするようになり、名前も教えてもらった。ハとゲの間はしっかり伸ばさないと機嫌が悪くなるから注意が必要。


「いい加減諦めて他の依頼を受けたらどうだ」

「ハーゲストさんの言う通りですよ」


 こうして二人が俺の臭い森探索を止めるのもいつもの流れだ。


「他の依頼ですか……」

「もっと楽な依頼が沢山あるぞ」

「でも人気高いんですよね」

「まぁな」


 仕事の奪い合いはやっぱり苦手なんだよなぁ。

 ちょっとでも恫喝されたら採集した素材を渡してしまいそう。そしてカモだと思われて毎回脅される姿が容易に想像出来る。


「お前なあ、探索者なんて依頼の奪い合いをしてナンボだぞ。そんな調子でこの先どうすんだよ」

「ギルドとしては奪い合わずに協力して欲しいですけどね~」

「別に良いじゃないですか。今はちゃんと稼げてるんですから」


 あの森の臭いに慣れることは全く無いが、採集行為そのものには慣れて来た。そのおかげか一日の採集株数が増えて今では収支がプラスになるくらいは稼げている。


「それに街から歩いてすぐの距離に採集場所があって、しかもほとんどの素材が入り口で集まるなんて便利な依頼、止められませんよ」

「その便利さを遥かに上回るデメリットがあるだろうが」

「シュウさんが街の人からどんな目で見られているか知ってます?」


 知っているに決まってるでしょ。

 だって普通に街を歩いていても逃げられることがあるし。


「俺が頑張ることで喜ぶ人が居るならこのくらいの苦労は……そういえばあの薬草って何に使うんですか?」


 キメ顔しようと思ったけれど、ふと湧いた好奇心の方が勝ってしまった。

 ハーゲストさんのツッコミ痛いからこれで良かったかも。


「ボケるなら最後までやり通せよ。それにお前さんあれの使い道知らなかったのか」

「ハーゲストさんは知ってるんですね」

「有名な話だからな」

「教えてください」


 自分がここまで頑張って採集してきた素材が何に使われてるか興味あるもん。


「ケイトに聞いてみたらどうだ」

「え?」

「ちょっとハーゲストさん、セクハラですよ」

「え?え?」


 セクハラって概念がこの世界にもあるんだな。


 女性に聞いたらセクハラ扱いされるような用途って間違いなく性的なことだよな。異世界テンプレなら媚薬とか惚れ薬だけれど、ケイトさんなら豊胸剤という可能性もあり得そうだ。だって可哀想なくらいにまな板……


「シュウさん、何を考えてるんですか」

「わぁお、こわぁい」


 一瞬しか見てないのにバレるとは女性の視線感知力は恐ろしい。こんなに冷たい声も出せるんだな、はは。職場の女性達を思い出すぜ。彼女達の役立たずな俺に対する声もこんな感じでひえっひえだったっけ。


「ハーゲストさんのせいで怒られちゃったじゃないですか」

「悪いのはお前さんだろ」

「セクハラになるようなことをやらせようとする人が何を言ってるんですか」

「ギルドの人に薬草の効能を効いただけでセクハラになるわけが無いだろうが」


 そりゃあ理屈上はそうでしょうが、そういう意図をこめてわざと聞いたらアウトだろうが。ちょっとばかり意趣返ししてやる。


「そろそろ教えてくださいよ。あ、ハーゲストさんが欲しがってないから毛生え薬じゃないことだけは分かってます」

「てめぇ言ってはならないことを!」

「俺は薬草の効能が何か考えているだけで深い意味は無いですよ」

「よしわかった、ちょっと表出ろ」

「一緒に臭い森に行ってくれるんですか?」

「なんでだよ! 最初の頃は俺にも怯えてたくせにいつの間にか反抗するようになりやがって」

「ハーゲストさんの見た目怖いですもん。それに毎日弄られてたらこうもなりますよ」

「ケッ、かわいげがねぇやつ」


 どうやら俺はケンカではなくて煽り合いなら楽しく出来るらしい。というか超楽しい。まさか自分にこんな一面があるなんて。

 それはそれとして、そろそろ臭い薬草を使った薬の効能を教えて欲しい。


「勃起不全治療薬に使うんだよ」

「え?」

「だから臭い薬草の使い道だ」

「ケイトさん関係ないじゃないですか!」

「誰も関係あるだなんて言ってないだろ」

「このオッサンは……」


 マジで単なる嫌がらせでケイトさんに聞かせようとしてたのかよ。

 でもそうか、あの薬草はED治療薬になるのか。


「あれ、でもそれならもっと人気が出てもおかしくなさそうですが」

「他にも似たような効果がある薬品があるのよ」


 結局ケイトさんがED治療薬について教えてくれることになった。仕事だからか、もちろん照れるような仕草は無い。


「他にあるなら、逆に買い取り価格がもっと安くてもおかしくなさそうですが」

「それが効果の強さだけならあの薬草が一番なのよ。でも臭い消しと混ぜると途端に効果が弱くなっちゃって、あの臭いのまま飲まなきゃ意味が無いの」

「わぁお」


 いくらED治療とはいえ、あの激臭がする薬なんて飲みたくないわな。


「男心を考えると効果があるなら嫌でも飲みたいって人もそこそこ居そうですね。もしかして根強いファンがいるから買い取り価格がそこそこ高いのですか?」

「それもあるけれど、臭いを消して効果を発揮させるための研究をするためにも必要なのよ」

「確かに物が無いと研究出来ませんか」


 しかしED治療薬のために毎日必死に頑張っていると思うと萎えるな。俺だって男だ、媚薬とか惚れ薬の素材だって言われた方がやる気が出る。


「そんな顔すんな。いつかお前さんが病気になるかもしれないだろ。その時は自分で取って来れるからラッキーとでも思っとけよ」

「嫌なこと言わないで下さいよ」


 俺だって激臭を放つ薬なんて自分から飲みたくない。だってそれってあの森の近くで自分の意思で鼻呼吸して臭いを嗅ぐのと同じ意味だろ。そんなことしたら今でも失神するわ。


「それじゃあ世の中の男性諸君のために今日も頑張ってきますか」

「本当に無理しないでくださいね」

「風呂入るまで絶対近寄るなよ」

「はいは~い」


 そういえば結局今日の作戦を考え直してない。

 しゃーない、気合で頑張るか。


――――――――


「シュウ、てめぇなんてことしてくれたんだ!」

「どうしました? アッゴヒーグさん」


 アッゴヒーグさんとは臭い森の手前で暇してる騎士団のオッサンのことだ。


「昨日俺の水筒の中に何か入れやがっただろ!」

「はは、机の上に置いておくのが悪いんですよ」

「越えてはならない一線という奴があるだろ!」

「俺の鞄にこっそり臭い草を入れる方が極悪じゃないですか! あれが街で地面に落ちて大惨事になりかけたんですからね!」

「あれはそもそもお前があの森からキノコを摘んでこの近くに捨てやがったから、責任もってその近くの草を処分させただけだ!」

「それだって元はと言えば……」


 いつの間にかアッゴヒーグのオッサンとはお互いに煽り合う仲になっていた。毎回俺に絡んでくるなんて、やっぱり暇なんだろう。


「良い加減、俺の事はスルーして仕事してくださいよ」

「お前が何もしなけばな。それに仕事してるって言ってるだろ」

「監視してないじゃないですか」

「滅多に出てこないから良いんだよ」

「やっぱり暇じゃないですか」

「シュウが居ないときに鍛錬してるっつーの」


 そんな姿は一度も見たことが無いんだが。

 最初に出会った時はダンディなイケてるオッサンだと思ったのだが、今では左遷された無能オヤジにしか見えない。


「んで、今日も行くのか?」

「アッゴヒーグさんが薬欲しがってるらしいから」

「勃つわ!」

「え?」

「尻を押さえるな。今の話じゃねーよ!」

「同僚に手を出して左遷されたのかと……」

「やっぱりてめぇまだ左遷だって思ってやがったな!」

「ソンナコトナイヨー」

「この野郎……」


 おっとアッゴヒーグさんと話しているとつい煽ってしまう。墓下に抑えつけられている間に暗黒面が育ってしまっていたのだろうか。


「気をつけろよ」

「何ですか急に真面目な顔して」

「これまで十日~二十日に一回くらいのペースで魔物が森から出て来てるんだが、前回出てきた時から十日経ったからな」

「げっ、マジですか」

「魔物を見つけたら速攻で逃げるんだぞ」


 そりゃあもちろん逃げますよ。

 だって俺まだ戦闘どころか喧嘩すらやったことないし。


 でも不安だな。


「前から思ってたのですが、逃げられますかね?」

「出てくるのは弱くて遅い魔物ばかりだから大丈夫だ。それにここまで来れば俺が斬る」

「助けに来て下さいよ」

「嫌だよ」

「それでも騎士ですか」

「騎士が全員あの臭いに耐えられる程に高潔ならとっくにキノコを狩り尽くしてるわ」

「デスヨネー」


 とかなんとか言って、アッゴヒーグさんは無理して助けに来てくれそうな気がする。なんだかんだ言って俺の事を本気で心配して色々とアドバイスしてくれるからな。


「だが間違っても戦おうとはするなよ」

「しません!」

「だから探索者として戦わない姿勢はどうなんだ……」


 戦って欲しいのかそうでないのかどっちなんだ。


「少しは戦って慣れた方が良いとかって言わないんですね」

「そりゃあその方が良いが、それは別の場所でやってこい」

「臭いがあると上手く動けないからですか?」

「いや、あの森の魔物は他と比べて妙に強いからだ」

「弱くて遅いって言ってたじゃないですか」

「魔物全般で考えるとそうだ。初心者が逃げるのも大丈夫だろう。だがまともに戦ったら大怪我じゃすまない可能性がある」


 なにそれこわい。

 これまでも気を付けていたけれど、今まで以上に注意しなければ。


「あの森ってそんなに危険だったんですね」

「昔はそうでもなかったんだがな」

「昔って臭いが無かった頃の話ですか?」

「ああ、弱い魔物ばかりしか生息していないから初心者向けの探索場として大人気だったんだ。だがあのキノコが生えてからは誰も近づけないし魔物は強化されるし、最悪だな」


 魔物が強化されるってやばくね?


「魔物が一気にあふれて来るなんてこと無いですかね」


 あまりにも臭くてこうして放置されているってことは、異世界モノ定番のスタンピードが起きる可能性を考えてしまう。しかも出てくる魔物は強化されてるんだろ。不安だ。


「あるかもしれないから、こうして俺が見張ってるんだよ」

「責任重大じゃないですか」

「やっと俺の仕事の大切さが分かったか」

「でも暇なんですよね」

「うっせ」


 あ、ついに否定しなかった。

 やっぱり暇なんじゃないか。

 こうして俺に構うのも暇つぶしの側面が大きいのかもな。


「元々生息していた魔物は弱い奴らばかりだ。例え強化されて溢れてこようが、騎士団の手にかかれば余裕で殲滅できるから安心しな。ただ臭いだけは街まで漂ってしまうかもしれないがな」

「それって森から離れたところで撃破するからですよね。近づいて倒せば大丈夫なのでは」

「確かにそうだな。ならシュウが騎士団に進言して来い」

「アッゴヒーグさんからの伝言ってことにしておきますね」

「絶対やるなよな!?」


 魔物に関しては騎士団に任せておけば問題無いってことか。

 なら俺が気を付けるのは自分が襲われないことだけだ。


「オエエエエエエエ!」


 忘れてた。

 それと臭いに負けないことだ。


 いつになったら慣れてくれるんだ。

 毎回嘔吐して、その度に今度こそはとリベンジを誓うのに今の所全敗だ。


「オエエエエエエエ!」


 むしろ臭いではなく嘔吐に慣れそうなのだが、嘔吐キャラにはなりたくない。

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