最強の3K魔法使い ~臭い、汚い、気持ち悪い~

マノイ

第一章『臭い森』

1. 辞令『異世界』

 山本やまもと しゅう殿

 20xx年4月1日付をもって、現職の任を解き、異世界への転移を命ずる。


 マジかよ……


 穴が開きそうな程に眺めてもその文面は変わることは無く現実の非情さを俺に伝えてくる。

 IT会社から異世界への転移辞令、それすなわちクビ宣告に等しいものだ。四十歳になったばかりの年齢だと言うのに果たして転職先が見つかるだろうか。それとも辞令に従って本当に異世界に行くべきなのか。まだ内示を受けた直後なので混乱してまともに考えられない。


「よう、辛気臭い顔してどうしたんだ?」


 現実が受け入れられずに会社の自分のデスクの前で呆然と座っていた俺に声を掛けて来たのは、同期入社の墓下はかした 増々ぞぞ


「ついに異動にでもなったか? まさか異世界だったりしてな。はっはっはっ!」


 めっちゃニヤニヤしてやがるし、やっぱり知ってやがったか。墓下は部長と仲が良く、二人とも前々から俺を会社から追い出したいと思っていたようだったからな。

 こいつは機嫌が良いと鼻を小さくひくひく動かす癖があるが、小さいどころか大きく動いているから相当嬉しいのだろう、チクショウ。


「そうだよ、墓下の言う通りだ」

「あぁ? 墓下さん、だろ。てめぇとは立場が違うってのがまだ分かってねーのか」

「はぁ……墓下さんの言う通りです」

「そんなんだから異世界なんかに飛ばされ……ぷぷっ……」


 こいつは同期ではあるが先に出世したからか俺にマウントを取りたがる。

 配属当初から俺を踏み台にしてのし上がることを考えていたらしく、俺がやっていた仕事を強引に奪って成果を積み上げたのだ。


 世の中なんて所詮は弱肉強食の世界。


 気分が良くは無いが墓下の行いを否定する気は無い。むしろ諍いになるのを恐れてどうぞどうぞと仕事を譲ってしまった俺の問題でもあるのだから。


 おっとそうだ、どちらにしろ俺がここから居なくなることは確定だからアレを渡しておこう。


「後で墓下さんに改善案の一覧をメールしておきますね」


 まともな仕事を奪われ続けた俺が出来ることは、改善活動などの主業務にはなり得ない作業ばかり。そんな無駄な作業をするくらいなら開発に時間をかけたいと誰もが嫌がる形だけの活動。とはいえ会社からの指示であるのでやらないという選択肢は無い。どの部署も真面目に取り組もうとせず雑にこなすが、俺はしっかりと成果を出していて所属している部署の改善活動に対する会社からの評価は高かった。尤も、その評価すらも墓下は自分がやったことだと言って奪ったがな。

 俺が居なくなるということはこれからは他の誰かがそれをやらなくてはならない。だからその案を墓下に渡しておこうと思ったのだ。


「は? 要らねーよ」

「え?」


 だが墓下はそれを受け取ろうとはしなかった。


「そんな無駄で意味の無い仕事なんか誰もやらねーっての。てめぇみたいに暇じゃねーんだよ」

「……そうですか」


 まぁこいつが要らないってならそれで良いか。


「これまでお世話になりました」

「全くだ。てめぇみたいな能無しに会社から金が払われてたと思うと吐き気がする。さっさと消えろ」


 はいはい、仰る通りにさっさと消えますよ。

 イラっとはするけれど、反論して喧嘩するようなことは昔っからどうも苦手なんだ。


 これ以上墓下の顔を見たくなかったので、俺は逃げるように部屋を出た。

 そして向かった先は、去年まで一緒の部署で働いていた杉本すぎもと 課長のところだ。 


「杉本課長、お時間少々よろしいでしょうか」

「山本君か、止められなくて本当にすまない」

「いえ課長には大変よくしてもらいましたから」


 俺が墓下と部長に負けずに今まで働いて来れたのは杉本課長がいたからだ。杉本課長はどうにかして俺に仕事を割り振り成長させてくれようと苦心してくれていたのだ。例えば無駄だと部長に怒られようとも自分のお客様との打ち合わせに連れて行って経験を積ませてくれた。それに改善活動や事務作業も手放しで褒めてくれた。

 成果を出し続ける墓下を気に入った部長の力でねじ伏せられて結局は大したことは出来なかったけれど、味方で居てくれたというだけで心から感謝している。


「本当に大変お世話になりました」

「すまない……」

「頭をあげてください。俺は本当に感謝してるんです」


 そうやって悔しそうにしてくれるだけで、涙が出そうになるほど嬉しいんですよ。

 課長のためにももう少し頑張りたかったなぁ。


「これからどうするつもりか決まってるかい?」

「いえ、まだなんとも……」

「もし君が良ければ再就職先をいくつか紹介してあげよう」

「本当ですか!?」

「ああ、今より給料面では下がってしまうかもしれないが……」

「それは構いません」


 元々、墓下に仕事を奪われ続けたことで大したスキルが身についていないんだ。

 働けるだけでありがたい。


 ああ、でもそうか、俺はスキルが無いんだよな。

 IT企業に勤め続けていたにも関わらず能力が乏しい四十歳なんて無能の烙印を押されているようなものだ。仮に課長の紹介で入社できたとしても、ゴミを押し付けられたと相手に思われないだろうか。そしてそれは課長の人脈にも悪影響を及ぼすのではないだろうか。あの野郎あんなクズを押し付けやがって、と。


 かといって今からスキルを得たり他業種に挑戦するようなモチベーションも無い。

 取り立てて何か得意なことがあるわけでもない。


 あれ、これ人生詰んでる?

 異世界への異動という選択を真面目に考えた方が良い気がしてきた。


「山本君どうしたんだい?」

「え、ああ、すみません。ちょっと考え事してしまって」


 しばらく黙って考えに耽ってしまったからか、課長を心配させてしまった。


「課長、再就職先の紹介は保留でお願いします」

「どうしてだい?」

「異世界行きも考えてみようかなって」

「本気かい!?」

「いえ、まだ考えはじめただけです」

「死にに行くようなものだ。絶対に止めた方がいい」

「ですよね……」


 異世界転移とは現代での『生贄』のようなもの。

 転移したら最後、高確率で死が待っているが、物語の主人公のような栄誉を手にするのも夢ではない。


「そもそも山本君はコツコツ頑張るタイプだろう。人生一発逆転なんて向いてないと思うが」

「まぁそうなんですが、誰かがやらなきゃならないことなら悪くも無いかなって」

「ああそうか、そういうタイプでもあったな……」


 別に他人がやりたくない仕事を率先してやりたいだなんて意識が高い訳では無い。ただ、そういう仕事は誰にも恨まれず角が立たずに気楽に受けられるというだけの話だ。だからといって命を懸けるなんてことを簡単に選択するつもりはないが、もう一つのメリットを考えると悩んでしまう。


「親孝行も出来そうですし」

「何を言ってるんだ。むしろ逆だろう。君が生きている事の方が大事だ」

「はは、分かってるんですけどね」


 うちの家族はどうなんだろうな。

 生贄になる代わりに親族には国から莫大な補償金が支払われることになっている。それこそ年老いた両親であれば死ぬまで豪遊出来て、体調を崩しても良い施設に入れるだろう。

 遥か昔に結婚して子供が大きくなって何かとお金が入用な二人の兄にも、それなりのお金が入り生活が楽になるだろう。


 これまでまともな親孝行や家族孝行が出来ていなかったことを考えると、異世界転移によるお金という孝行がとても魅力的に思えてくるのだ。


 もちろん家族は悲しんでくれると思うし、心配もしてくれるとは思う。

 だが内心では大金の誘惑に負けていて世間体を気にして口だけ心配しているフリをする可能性は無いだろうか。母さん達ならありえるな。


「相談してみます」

「そうしなさい。はぁ、まさか我が社が転移辞令を出すだなんて。いくら補助金が沢山貰えるからとはいえ社員を売るなど言語道断だろうが」


 ああそっか、俺が異世界転移を決断した場合に、墓下や部長の成果になってしまうのか。それはそれでムカつくな。


「そもそも異世界だなんて非常識なものが存在することが間違ってる」

「あはは、そんなこと言ったら神様に怒られますよ」


 数十年前、異世界の神を名乗る存在が日本に降臨し、全日本人の脳内にメッセージを発した。


『お前ら異世界モノ好きだろ。だったら転移者よこせ』


 その後、お台場の埋め立て地に転移ゲートのような空間の歪みが発生。ガン無視していたら日本中で神隠しが多発することになり、仕方なく異世界の神に従うことになってしまったのだ。


 だが神隠しの時は適当に攫ったくせに、自分から転移しようとすると拒否されることがある。その合格基準は非常に厳しく、犯罪者や人生逆転をかけたニートなどは漏れなく『不合格』。逆に自衛隊や警察などの正義感あふれる人を選んでも『不合格』の可能性が高い。色々と検証した結果、一般企業に勤めている独身社員の合格率が高いことが分かった。


 だが人手不足の世の中、そのような社員は普通であれば戦力であり手放すわけにはいかない。かといって "真っ当に使えない" リストラ対象の社員を転移させようものなら『不合格』。

 そのため国は社員を手放す決断をした企業に手厚い補償金を支払うことに決め、それを目的に異世界転移の『辞令』が使われるようになったのだ。

 本来は社員と企業が合意の上で『辞令』を出さなければならないのだが、俺の場合のようにリストラを兼ねた『辞令』を出す企業も少なくはなく社会問題になっているらしい。もちろん断ることも出来るが、お前はリストラだと宣言されたにも関わらず拒否して居座れるような人間はそんなに居ないとのこと。断れない人間を選んで辞令を出しているってのもあるのだろう。


「何はともあれ、これまで本当にありがとうございました」

「おう、相談に乗るから遠慮せず来いよ。早まった真似はするなよな」

「はい」


 もしも長期間転移者が見つからなかったのならば、誰かが神隠しに合うかもしれない。それこそ杉本課長のご家族がそうなることもありえる。俺なんかが転移することでその可能性が少しでも減るなら、なんて考えるのは自己犠牲がすぎるだろうか。


 おっと忘れてた、墓下に拒否された改善案を杉本課長に渡しておかないと。


「あの馬鹿共が。これがどれだけ宝の山なのか分かってないとは」


 なんて言ってたけれど大袈裟ですって。

 こんなの誰でも考え付くことですから。


――――――――


 色々と悩んだ結果、異世界に転移することに決めた。


 決め手は二つ。


 一つは今後の人生の見通しが全く立たないことだ。

 この歳になってフリーターとしてバイト漬けで日々を生きるだけで精一杯だなんて虚しすぎる。

 異世界に転移したとしてそれは変わらないだろうけれど、新鮮さという意味では全く意味が違うし、惰性で生きるよりも遥かに人生が充実するのではないかとも思う。

 結果として野垂れ死ぬ可能性の方が遥かに高いだろうが、死んだような人生を生きるか無謀な挑戦をして生を感じながら死ぬかのどちらかだから大して変わらないと思い込むことにした。


 もう一つの決め手だが、友人の子供の赤ん坊を見て思ったのだ。

 俺が異世界に転移すればこの子が神隠しに合う可能性が減るのだろうと。


 はいはい自己犠牲乙、と自分でも思うが仕方ないだろう。

 この子や兄の子供達などが少しでも安心する未来を作れるのであれば、やりがいのある仕事では無いだろうかと本気で思ってしまったのだから。


 家族の反応は大金と心配と世間体の三つで揺れているような感じだった。

 心配の割合が少なめだったのが悲しいけれど、そうなるだけのお金が貰えるのだから仕方ない。ここでお金を完全無視して引き留められていたら流石に異世界行きは止めたけれど、むしろ異世界行きを後押しするような結果になってしまった。


 てなわけで、お台場にある異世界転移場に来ました。


 色々な説明を受けて、書類を書かされて、何度も引き留められて、何度も脅されてここにいる。


 目の前の空間の歪みに飛び込めば晴れて俺も異世界人だ。


 ここに飛び込む瞬間に希望を強く願えば叶うという都市伝説がある。

 やってみて損は無いし願ってみようとは思うけれど何が良いかな。


 最強のチートが欲しいです。

 欲しいけれど具体的に何が良いかすぐに思い浮かばないな。

 

 スローライフしたいです。

 それ絶対スローライフにならないやつ。


 やっぱりハーレムっしょ。

 悪くは無いが、アラフォーのオッサンだぞ。遠慮してしまいそう。


 こんなことなら事前に考えておけば良かったかな。

 まぁ都市伝説なわけだし、ぱっと思いついたやつにしよう。


 よ~し、それじゃあ行くぞ。

 てーい!


 中世風よりも現代の雰囲気に近い方でお願いします!


 願いを思い浮かべながら目を瞑って歪みに飛び込んだ。そのまま数歩進むと、途端に空気の香りが変わる。それと同時に人々のざわめきが聞こえて来て、恐る恐る目を開けた。


「街?」


 どうやら俺は建物と建物の間の細い路地から大通りに出て来たという形で転移したらしい。近くの歩道を異世界人が沢山歩いている。見た目は西洋人、いや東洋人も混じってるな。


 まさか!?


 彼らを見てとてつもなく重要なことに気が付いた。

 慌てて自分の服を確認してみると、日本で着ていた服から現地の服に変わっていた。


 上半身は無地の白いTシャツのようなもの。


 てざわり、良し。

 肌ざわり、良し。

 縫い目は『機械』でやったかのように正確。


 まさかこの世界は衣服の大量生産が行われているのか!?

 街を歩く人々の服装が現代日本での見た目とそう変わりが無かったからもしやと思ったのだ。


 というか、着心地は日本のものよりこっちの服の方が良くないか。

 ただの白いシャツなのにどうしてこんなに気持ち良いんだ。


 いやまて、服がこのクオリティということはまさか……


 道路も歩道もしっかりと舗装されていてとても綺麗だ。

 土を固めた訳じゃなさそうだな。

 アスファルトっぽい色でも無いし、オリジナルの物か?


 建物もこれまた素材は分からないけれど、現代ヨーロッパに来たのではと思えるくらいにしっかりした作りの物だ。ヨーロッパ行ったこと無いからイメージだけです。


 うわ、小型のバスみたいなのが走ってる。

 馬車じゃないんだ! 


 電動キックボード!?

 いや、あれは前にカゴがついている。どうしてそれでバランス崩れないんだ?

 あっちのは小さな椅子までついてるし、しかも乗っている人がどこも触ってないのに動いてる。


 まさかこの世界は!


 俺は慌ててあるものを探して街中を駆けまわった。

 日本ならば駅や公園にあるはずだが……お、公園見つけた。

 自然豊かな広場で、家族連れや子供達が遊んでいるから多分そうだよな。


 うわ、あの浮いてる遊具が超気になる。

 って今はそれどころじゃない。


 アレは……アレは……あった!


 目的の建物を見つけた俺はそっと中に入って様子を確認する。


「なんということだ……」


 それは俺が知るものと見た目が全く違い使い方も分からないけれど、明らかに原始的な汲み取り式では無かった。


 トイレがしっかりしてる!


 この世界は中世ヨーロッパ基準じゃなくて現代寄りだぜ。

 都市伝説は正しかったんだ。


 ひゃっほう!

 

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