ショートショート・『AI・クリティック』

夢美瑠瑠

「 ~壮大なインテライゼイションの体系~夢美瑠瑠論


 詩乃美 愛(文芸評論家)


 夢美瑠瑠氏の作品群はつまり、畢竟、一言で言うなら、「韜晦」なのである。。

 氏は華麗に、周到に、あたかも「言葉の魔術師」のように、様々な表現や 凝った言い回しを自在に行使して、徒手空拳で、虚空に「砂上の楼閣」を仮構するかの如く、不可思議なストーリーを「捏造」するのだ。

 そこにおいて、氏の創作手法は、かのアンドレブルトンの「シュールレアリズム宣言」を思わす、自動書記に近い。

 氏が極めて速筆で、いったん興が乗ると、「まるで物語の女神が乗り移ったかのごとくに」あっという間にすらすらと一編の物語を仕上げてしまう、そういう異能の持ち主であることはさるインタビューで本人が語っているとおりである。

 そうして、どの物語、主として掌編や短編…にも共通しているのは作者の発想、言葉遣い、語彙の選択、ストーリーの展開、あるいは登場人物の性格や発想、趣味、言葉遣い、すべてが、極めて「怜悧かつ知性的、合理的」であることだ。

 氏は、まるで「ばかばかしい」と言われることを恐れてでもいるかのように、ひたすら「知性化」の鎧をまとっている。小説世界の隅々までにわたって、愚かしさはみじんも顔を出さない。愚劣さは、せいぜい「愚劣」というタイトルの滑稽な風刺画として登場するのみなのだ。

 氏が「主知主義」的な思想の持ち主なのは明白だが、この「知性化の鎧」、防衛機制へのこだわり、そこには別に、密かな動機と意味が隠されていることも、しかし、細かく作品を分析していくと炙り出しのように明らかになっていくのだ。


 例えば、「はんこ」や「パスワード」、「初任給」においては、事務仕事や官僚機構についてのきわめて客観的な、冷静な分析やむしろシニカルな態度、距離の置き方が特徴を成している。多分ここには氏が精神を病んで、公務員職を中途退職したことが影を落としているのであろう。つまり、少し斜に構えた、アンビバレントな態度を、そうした職業やその周辺の出来事について取らざるを得ないのである。普通に職業の、職場の、人間模様や哀歓、恋愛、友情、そうしたものを語るには、氏の「公務員体験」には挫折の色が濃すぎていて、一種アイロニカルに、突き放した態度をとらざるを得ないのだ。

 こうした作風の成立の裏にある機序は、かの星新一氏を連想させる。星氏は会社の経営に失敗して辛酸を舐め尽くして、その結果SFという「現代のおとぎ話」の中に活路や救いを見抱いた。その「ややこしい人間関係のいざこざを嫌う」創作姿勢や、作風が、現実逃避をしたい読者たちの慰安となり、一世を風靡するほどの人気を博したわけである。

 要するに夢美瑠瑠氏の小説の裏にあるのも、現実否定、現実逃避の願望である。

 漢字が鏤められた美文も、この世のものならぬ美女も、奇想天外であまりにも楽天的なストーリーも、結局は彼の現実恐怖や、現実を何とか否定しつつ、ありうべき理想を、「ここではないどこか」に追い求めたいという、「夢」の願望表現で、彼のペンネームが文字通りにその創作動機や創作態度を如実に表現している…」


「ううむ。よく書けているなあ。ありがとうございます。推定売上貢献指数はいくつですか?」

「約6%です。だから12万部。この評論が新聞に載ることで300万円分あなた名義の作品の売り上げが伸びると推定されます。これもAIの試算です。」

この「評論」の「制作者」のエンジニアが答えた。

「じゃあ僕は約束通り掲載料込みで6割の180万を払えばいいわけですね」

「出版業もどんどん電子化されてきて…人間の作者はどんどん淘汰されつつありますね…」

 実はこの「評論」を書いたのはAIであり、「詩乃美 愛」は実在しない幽霊評論家である。


 夢美瑠瑠氏は、最近スランプで、執筆が苦痛になってきたので、そのうちに小説の執筆自体もAIに委託しようかと思案しているところなのだ…


<了>




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ショートショート・『AI・クリティック』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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