side7 ユウナの決断 後編

―ユウナ 12歳 アストラ共和国馬車停留所―


 私がテオドールさんと再び出会ったのは、ちょうど1年前と同じ、とても暑い夏の日の午後だった。


「決断、できたようだね」


 シルメリア行きのアストラ共和国馬車停留所内で、先に来ていたテオドールさんが私に声をかけてきた。


「……」


 私はうなずかなかった。若干うつむき加減で、テオドールさんと初めて出会ったあと、お父さんとお母さんに真相を確認したあの日のことを思い出していた。


「……ひとつ、条件があるの」


 アストラの馬車停留所内は、1年前と同じで人がいない。


 真夏の太陽が照りつける中、私はうつむいていた顔を上げ、テオドールさんを睨みつけるように見上げながらこう言い放った。


「私を、強くして。誰にも負けないくらい」


「……」


「私は、強くなりたいの!」


 あの日私は、今の両親の願いを叶えるため、そして私自身、落ちこぼれの人生から脱却してみんなを見返してやるため、本当は行ってはいけない道を選ぶ覚悟を持った。


 その思いは、この1年間学園でティアちゃん達に実力差を見せつけられるたびに強くなっていき、今日のこの日を迎えるまで、その決意を変えることはなかった。


 少し怖かったけど、ここまで来たらもうそんなことは言っていられない。


 私は、ロイヤルシード再興の御旗になる。そして、強くなる。


 多分、明るい未来なんて待っていないのかもしれない。世界の敵になるのかもしれない。


 けど、私は決めたの。


 私は、自分の人生のすべてをかけて、ロイヤルシード再興に全力を尽くすの!


「……ぷっ。あははははは」


「えっ?なんで笑うの?」


 テオドールさんが私の真剣な表情をみて、突然大きな声を上げて笑い始めたので、私は狐に摘まれたようなおかしな顔に変わっていたかもしれない。


「いや、ちょっと誤解させちゃったみたいだね。もしかしてきみ、ロイヤルシード再興の“お飾り”としての役割だけ果たそうとしてる?」


「ち、違うんですか?」


 普通に考えればそれしかないよね。私、ほかになにもできないし。


「いや、もちろんそれもあるんだけど。ただそっちよりもっと重要な役目を、きみには果たしてほしいと思っててね」


「えっ?」


「お、ちょうど馬車が来たようだ」


 恐怖で震えていた1年前の状況がなんとなくフラッシュバックする。でも、決意をもった今の私に恐れはなかった。


「ユウナちゃん。ちょっとその馬車の荷台、持ち上げてみて」


「はい??」


「いいから」


 またワケのわからないことを言いだすテオドールさん。馬車を持ち上げるってそんな……


「わっ!ちょっとお嬢ちゃんなにを……って、ええぇぇぇ!!」


 私は馬車の荷台の底に手を入れ、ソレを片手で簡単に持ち上げた。御者が驚愕している。


 何を、そんなに驚いているんですか?


「……ユウナちゃん、それ普通だと思ってるでしょ?」


「え?ま、まぁ友達からはユウナはすごい力持ちだねーとか言われたりはしてたけど……。このくらいだれでも……」


「それ、特異資質だから」


「得意……?」


「特異資質『グラビティマリオネット』。ロイヤルシード固有の特殊能力でヴァルゴが巨大な武器を振り回す時によく使ってた重力を操る力。しかも」


「??」


「あの男がそれは使う時は、精神に相当な負担をかけながらの使用だったが……きみは違うようだ。リスクゼロでノータイム。しかも無意識に使いこなせている。特殊の中でもさらにレアケース。里親かれらの報告は正しかったみたいだね」


 特異資質?ぐらびてぃ?レアケース?なにそれ。


「俺たちはきみを招き入れたいと考えている。もちろん、戦闘には経験が必要だし、来るからには相当な鍛錬の日々が待っていることは覚悟してほしい」


 私が……戦力?


「強くして?もちろんそのつもりだ。きみが一定の経験値を手に入れ本当の意味で強くなった時、ロイヤルシードは再びその栄華を取り戻すだろう。そしてヴァルゴも、きっとどこかで見てくれていて、いずれ俺たちの元に帰ってきてくれると信じている」


 よくわからないけど、なんだか必要とされているようで悪い気はしていなかった。それにヴァルゴさん……本当の父にも、一度は会ってみたいと思っていたから……。


「色々手荒なマネをしてすまなかったね。ただ、これで条件は全て出揃った。改めて問おう、ユウナ・ロイヤルシード。俺たちと一緒に、ロイヤルシードの再興に力を貸してくれないか?」




 ――それから




 テオドールさんと馬車に乗ってシルメリアの辺境都市ミルトンへ向かうと、そこはもう彼らの仲間たちが街を占拠していて、都市周辺には特殊な結界が張られていた。


 招き入れられた私は、これからそこで生活することになる。


「……なに、そのガキ。……なんか、生意気そうで、むかつく」


「おいおい。これから仲間になる我々の姫にむかってなんてこと言うんだ、ベリトリリス。とっても可愛らしい、良さそうな子じゃないか!」


「バルファゴール……少女、好きか」


「誤解を招く発言は慎んでもらおうか」


 目を包帯でグルグルに覆っている細身の女性と、巨熊みたいな大男が私の処遇を巡ってなんかやり合っている。


「頼むから仲良くやってくれよ。2人には、この子の師匠をなってもらうんだから」


 テオドールさんがとんでもないことを言っている。見た目とても人間らしくないこの2人が、私の師匠??テオドールさんが見てくれるんじゃないの?


「……却下」


「ワシは構わんぞ!たっぷり可愛がってやろう!」


「ロリ……」


「黙れ、包帯女」


 私を巡って掛け合いを演じるこの2人は、一見仲が悪そうに見えるけど、意外に相性は良さそうだなって一瞬思った。でも、私がこの2人とうまくやれる保証はない。


「まぁその話の続きは仕事を片付けてからにしようか。2人とも、準備できてる?」


「ああ。待ち焦がれていた!この日が来るのを!」


「ベリトリリスは?」


「……私は、テオドールと、一緒が、よかった」


 どうやらベリトリリスさんはテオドールさんが好きらしい。


「適材適所。シルメリアの姫は囮を兼ねて俺が追う。お前たちは、おそらく皇都に隠されている秘宝をさらえ」


「……わかった」


「ユウナちゃんはしばらくここで待機。ああそれと、シルメリアの姫がきみの友達だってのは知ってるから、安心して。悪いようにはしない」


「……」


「では行こうか、諸君。シルメリアの歴史は、今日で変わる」



 私は、もしかしてとんでもない決断をしてしまったのかもしれない。

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