side4 セイラの初恋 後編
―セイラ16歳 テオドール戦中盤―
シルメリアの魔導研究所へ高速の馬車で向かう道すがら、宿敵テオドール・スターボルトと対敵し、その実力差をまざまざと見せつけられていた戦いの最中。アリアの騎士フェリスとゼノビアの第二王子ティベリウスの怒涛の攻撃もまったく歯がたたず、むしろ反撃によりダメージを負って動けなくなっていた頃。
ティアに襲い掛かったテオドールの攻撃により、彼女の身代わりとなって致命傷を負わされたルイ様は、一度その命を失いかけていました。
幸いにもあの魔女が規格外の魔法でテオドールを負傷させ、さらにルイ様の魂まで呼び戻し、私に彼を回復するようお願いをしてきたので、なんとかなるかもしれないとは思ってみたものの、正直あまり自信はありませんでした。
「(ルイ様……)」
疲れるから使いたくない、などと言いましたけど、実はこの魔法を使用したのは人生で初めてでした。ぶっつけ本番、というやつです。
SS級大魔法、セレスティアルリバイヴ
回復魔法の中では最上位クラスの難易度を誇り、並みの聖女では到底扱いきれないとてもすごい魔法だと、大聖女様はおっしゃっていました。
こんな高度な瞬間再生が必要な場面なんて、普通に生活していれば基本めったにありませんものね。知識としては持っていましたけど、まさか実践で使用することになるとは思いもしませんでした。
成功して本当によかったです。これもひとえにわたくしのあの方に対する……。
「ありがとう、セイラ。あと、あの岩場の影で寝てる二人もお願い……」
……少しは、思いに浸らせてくれてもよいのではなくて?
ティアがルイ様を助けたお礼を述べると同時に、倒れているフェリスとティベリウスも助けろと言ってきます。
テオドールが負傷している今がチャンスですので、言われなくてもそうするつもりでしたけど、ちょっと人遣い荒すぎやしません?わたくしは貴女の手駒ではないのですけど。
それにルイ様を助けたのは、別に貴女のためではありませんからね!
そう、これはまさに愛……なのかしら。
「やはり、わたくしの予想は当たっていたようですわね」
そんな淡い思いとは裏腹に、わたくしはこの状況を見てひとつ確信に至ったことがありました。そうです。以前から違和感を感じていたティアの本性についてです。
やはり彼女はエマ・ヴェロニカで間違いないのでしょう。あのテオドール・スターボルトに一矢報い、ソウルアンカリングなどという悪魔的大魔法で魂を呼び戻すなんて、普通の12歳の王女にできるはずなどありませんものね。
そして彼女がエマであるとすれば……。当然、セレスお姉ちゃんのことを知っているはず。ティアが「あとで話す」と言ったので、戦いが終わったら問い詰めてやろうと思います。
「(ルイ様の手、温もりが戻ってきたようですわね……。はぁ、よかった)」
安堵のため息を吐くわたくし。体温を確認できるまではやはり少し不安がありましたが、ようやく人並の温かさまで戻ったようです。これで一安心。
はぁ。わたくしいま、ルイ様の手に触れている……。お顔に似合わず、すごくゴツゴツした手。たくさん、剣を振ってこられたのですね。まさに鍛錬の証。とっても素敵です。それに……
……って、今はそんな事考えている場合じゃないですわね。フェリスもティベリウスもかなり弱ってきているのがここからでもわかりますから、早く回復して差しあげないと、彼らの命も危ないかもしれませんわ。
「ルイ様、少し待っていてくださいね」
誰にも聞こえないつぶやくような小声でルイ様に語り掛け、わたくしはフェリス達を助けるため、テオドールに気付かれないよう素早く、負傷した彼らの元へ向かうのでありました。
♯
それからの戦いは、傍目から見る限り正直理解に苦しむものでした。ティアと、何故か突然もの凄く強くなったルイ様がテオドールを圧倒したかと思えば、今度は全く気配なく現れたとても気味の悪い女とクマみたいな大男が、場の空気を一変させたのです。
わたくしは回復に奔走していたので戦いに参加することはありませんでしたが、あの場にわたくしが入り込む余地などまったくなかった。回復役という自分にしかできない役目があったことで、逆に少し救われたとさえ感じました。
そう思わされるくらい、そこにいた者たちの実力、能力は常軌を逸していました。とても今のわたくしなどが戦いに参加しても、微塵の役にも立たなかったことでしょう。
「ありがとうセイラ。あなたがいなかったら、全員ここにはいなかったと思う」
そのセリフはそっくりそのまま貴女にお返ししますわ、ティア・ゼノビア。初等部でケンカした時はまったく本気ではなかったのですね。
少し己惚れていました。いまのわたくしは恋などにうつつを抜かしている暇などなかったのです。もっと勉強して、もっと修行して、そして1日でも早く大聖女になるため励んでいかなければいけない……。
「あのこと、話さなくていいの?」
あ、そうでしたわ。テオドール達が退散して周りが撤収モードになっていたのでうっかりしてました。大事なことを、聞かなければいけませんでした。
「セレスお姉さまは……」
ティアはエマだった時の記憶を思い出して、正直に話してくれました。その話が真実かどうかを確認する術はありませんでしたが、少なくともわたくしの中では止まっていた時の流れを取り戻すための重要な回答になっていたのです。
セレスお姉ちゃんは、わたくしのことを忘れていなかった。その事実を知れただけで、自然と流れ落ちる涙を止めることはできませんでした。
「もういいの?」
ティアがまだ聞きたいことがあるんじゃないかと言ってきましたがもう充分です。
わたくしは、自分がこの先どう行動すべきかの明確な指針をこの時得ましたので、それ以上聞くことはありませんでした。
ちょうど学園で学ぶことにも飽きてきた頃合いでした。あそこで体得できることはもうありませんでしたので、環境を変えるいい機会になったと思っています。
1日を無駄にしていけない。わたくしは全ての目的と願いを少しでも早く叶えるため、ヘスペリデウスに帰ったら大聖女様にある頼みごとをしようと、この時すでに心の中で決めていたのです。
♯
1人でセレスお姉ちゃんを探す旅に出ようと決意していましたが、とある筋からゼノビアの王女(騎士付き)もヴァナハイムに向けて出立するとの報を受けたので、それならという事でわたくしは疾風のごとき速さで、先だってゼノビア城に向かうことにしました。
「(ああ、ルイ様。またお会いできる日が来るなんて……。わたくしの心は旅立ちの前からすでに張り裂けそうです)」
ゼノビア城城門前で少し待っていたら、思いのほか早く魔女と思い人は現れました。
再会するなり魔女がなんかごちゃごちゃ言ってきましたが、なにも聞こえません。
ルイ様は同行を許可してくださってます。
「行こう!次に目指すは、帝都ヴァナハイム・キングダムよ!!」
ティアが意気揚々と次の目的地に向けて士気を上げている最中、わたくしの心はすでに乱れておりました。
「(ルイ様と冒険……ルイ様と旅……ルイ様と……。うふふ)」
「ねぇ、ルイ。あの聖女、なんか顔がおかしくなってない?」
「体調でもお悪いのでしょうかね……」
ティアとルイ様がなんかしゃべっていますが、聞こえません。わたくしの頭の中はすでに、ルイ様との旅路の妄想に憑りつかれていたのですから。
恋は人を盲目にする。とっても名言だと思いますわ。
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