side3 セイラの初恋 前編

―セイラ16歳 5大国間協議中―


 これは、わたくしセイラ・ヘスペリデウスが生まれて初めて恋をしてしまった時のお話です。



「はぁ。暇ですわ……」


 ここはアストラ共和国西部に位置する中堅都市ラム。


 シルメリアの辺境都市ミルトンがクーデターにより陥落したことにより招集された5大国間緊急協議が行われている会場がある場所。


 夏休みで実家のあるヘスペリデウスの神都に帰省していたわたくしは、大聖女様が自ら協議に赴くとだだをこねるので、それじゃあということで護衛としての同行を要請され、今この場に居合わせているというわけなのです。


 ただ、護衛をするといっても道中で特になにかが起きるわけでもありませんでしたし、到着したらしたで協議の会場には入れませんでしたので、基本的には暇。


 やることもないので庭園の縁に腰掛け、ぼーっと空を飛び交う鳥の群れなど眺めながら、早く協議が終わらないかと考えていた、そんな矢先の出来事でした。


「あれは……」


 庭園の向こう側でなにやら人が話す声が聞こえてきたので、そちらの方角へ目をやると、どこかの国の騎士と馬車の御者が談笑する姿が見てとれました。


「あの騎士、どこかで見たことあるような……」


 見覚えがある顔でした。でも、どこで見たのかは思い出せない。


「はっはっは。おたくの王女は噂通りのおてんば姫なんですな!」


「そうなんですよ!ティア様と言ったら今日もですね……」


 聞こえてくる談笑に、聞き覚えのある単語を認識しました。


 王女、おてんば、ティア……。この三拍子揃った小娘と言ったら、あのゼノビアの魔女しかいないではありませんか。


 ――あ!思い出しましたわ!


 あの騎士、たしかルイとかいうティアのプリンセスナイト。よく見ると鎧の紋章がゼノビアの国章ですわ。間違いありません。


 面識はないはずですが、初等部の時よくティアを迎えに来ていたのを覚えています。


 たまに木の陰に隠れてこっそり見ていたから、間違いありません。


「もう、たまりませんよね。少しは私の気持ちも察してほしいものですよ」


 同情しますわ。あの魔女の騎士をずっと続けているなんて、普通の騎士にはなかなか務まらないことです。誇っていいと思いますわよ。


「でも兄ちゃん。そう言ってる割には、なんかいい顔してるぜ」


「そんなことありませんよ!」


「はっはっは!まぁ女の子は少し気が強いくらいのほうがかわいいってもんよ!俺の孫なんかな……」


 ……なんかいいな、ああいうの。


 王家とか皇家って騎士制度があって、その血筋の者なら守ってもらえる存在がいつも近くにいて、なんだかとても羨ましい。


 わたくしには、そういう存在はいません。


 ヘスペリデウスの聖女の家系に生まれれば、小さい時から争いばかり。常に比べられ、次代の大聖女の地位を目指して競争に晒されます。


 姉妹たちはみなライバル。


 特にわたくしは聖女としての才能に溢れ、加えてセレスお姉ちゃん直伝の格闘術まで備えているから、大聖女の地位に最も近く、他の姉妹たちからは圧倒的に嫌われていたのです。嫌がらせなんて日常茶飯事。


 まぁ当然、そういうことをする姉や妹は、証拠がなくてもいつも力で黙らせていたのですが。


 基本的には常に孤独。学校には私の力にひれ伏した従者は数多くいるけれど、そんなのはただのしもべ。


 本当の意味で心を許せる人なんて、セレスお姉ちゃん以外この世には存在しなかったのです。


 ……セレスお姉ちゃん。いま、どこにいるの?


「……ってワケよ!俺の孫娘も大概なモンだろ?」


「御者さんもなかなか大変ですね……あっ」


 ティアの騎士がわたくしに気づき、眩しい笑顔とともに手を振ってくる。


 あれ?彼はわたくしのこと、知らないはずなのですけど。


「セイラ様ーー!!」


 庭園の反対側からすごい速さでわたくしに向かって駆けて寄ってくるティアの騎士。


 名前を呼んでいる。名前……。


「セイラ様ですよね?いやぁ、お久しぶりです!」


「あ、え?面識、ありましたかしら」


 なんかちょっとドキドキしているわたくし。なにこれ?


「あっ!確かに!初等部の時たまに木陰からティア様をお見送りしていただいていたので、てっきりお話したことがあると勘違いしました!」


 気づいていらっしゃったのね。見送っていたワケではないのですけど……。


 でも、今思えばなんであの時、あんなことをして見ていたのでしょう。よく考えると謎ですわ。


「あの時からお美しいとは思っておりましたが、大きくなられて、さらにお綺麗になられましたね!」


「!!」


 屈託のない笑顔と、とても真っすぐな眼差しでわたくしの顔を直視してくる彼。


 おそらく彼は、思ったことを素直にそのまま言っただけだと思います。特に下心を持ってとか、社交辞令を言ったようには聞こえませんでした。


 ……どうしましょう。何故だかドキドキが止まりません。なんなのでしょう、この感覚は……。


「ティア様は会談に参加しておられますので、終わったらお会いになられてはいかがす?久しぶりにお友達と会えて、ティア様も喜ばれると思います」


 と、友達じゃないですわよ!だれがあんな魔女なんかと……。


「ねっ?」


 え?顔が……近くに……


「き、きゃあああああああ」


 どんな距離感してますの?近すぎですわ!


 わたくしは何故かとても耐えきれない思いにかられ、まるで悪漢にでも襲われたのごとくその場を逃げだしてしまいました。


「なになになに!なんなんですの、もう!」


 ワケが分からなくなり、一目散に会談会場の中に駆け込むわたくし。


 とても冷静な精神状態ではなかったと思います。


「セイラ様!いったいどこへ行っておられたのですか!」


 気が付くと、そこは会談が行われている大扉の前でした。


 その扉を隔てた向こう側の大部屋で、5大国の緊急会談が行われています。


「はぁはぁ、ちょっと、外の空気を、吸いたかった、だけですわよ」


「セイラ様は大聖女様の護衛長なのですから。勝手に持ち場を離れてもらっては困ります」


 何人かいる護衛の一人が、私を叱責しました。


 ただ、わたくしは色々な意味で息が上がっていましたので、あまりその言葉の意味を素直に受け取ることができませんでした。


「どのような話に、なってますの?会談は、もう終わりそう?」


 落ち着きを取り戻すため、わたくしは護衛に聞こえてくる会談の内容を話すよう促しました。


「……事態は逼迫しています。あのテオドール・スターボルトが暗躍し、シルメリアの第三皇女、アリア様の命が危ないそうです」


「テオドールですって!?」


 その男の名前を聞いた瞬間、さっきまで錯乱していた脳内がシャキッとする感覚を覚えました。


 テオドール・スターボルト。お姉ちゃんを冒険に連れまわし、帰らぬ人にしてくれた大罪人。


 なんで……あの男だけが生きてるの?許せない!


「……入りなさい!」


 大聖女様の声とともに、2度手を叩く合図が聞こえました。これは、わたくしと大聖女様のルールで早く近くに寄れと言う意味。


 わたくしは大扉を開け、会談が行われている室内へ堂々と入っていきました。


「お久しぶりですわね、ティア・ゼノビア」


「セイラ!」


 なんか色々ドタバタしましたけれど、すでに頭は次の目的に向けて切り替わっていました。


 テオドール・スターボルト。


 貴方には、お姉ちゃんを奪った罪を、償っていただかなければいけませんからね!



 


 


 

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