第23話 エマの記憶

「ママ!いやっ!ママ!!」


「ごめんね……エマ。おかあさん、もう……」


「お願い!わたし、いい娘になるから!なんでも言うこと聞くから!だからお願い!ママ!死なないで!!」


 これは夢。遠い昔の夢。思い出したくない記憶。絶望の記憶。


 エマ・ヴェロニカの記憶。


 唯一の身よりであった母が、私を置いて病気でこの世を去ったのは、私が3歳になったばかりの冬の寒い季節だった。少しずつ冷たくなっていく母の手が、季節によるものなのか、命の灯が消えそうになっているかも、到底判断などできなかった。


 天涯孤独となった私は、変人と呼ばれ、だれからも相手にされず孤独に過ごしていた村の奇妙な魔法使いのおじさんにその身を引き取られた。


 おじさんは無口だった。基本的にはまったく会話がなく、日中は外に出かけていたこともあり、口を開くことなく過ごす日々がかなりの期間続いていた。一応食べられるものはあったので、それらを勝手に食べて命をつないでいた。孤独だった。


 ただ、おじさんの家にはものすごくたくさんの魔法書が無造作に置かれていた。私は日ごろ特にすることもなかったので、それらの本をただひたすらに読んでいた。


 いや、最初の頃はただ眺めていただけ。絵本代わりだった。意味は全くわからなかったが、それらの本を眺めていると、自分がすごい魔法使いになって活躍する姿を想像できて楽しかったのだ。


 母が死んで、私が住むことになった魔法使いの家はすごく古く、今にも傾きそうな予感さえするような、一見するとただの廃墟のような作りだった。村の子供たちが「あそこには変人の魔法使いと魔女がいるんだぜ」と触れ込み、よくいたずらされたり、いじめられたりしていた。


 ある日、村の子供のひとりが私たちの家に火を放った。私が一人の時を狙って。いたずらのつもりだったのだろうが、思いのほか燃え広がる火の手に怖くなり、早々にその子供は逃げて行った。


 家の中にいた私は、これでお母さんのところへ行けると、内心ほっとしていた。魔法書を読んでいる時間は楽しかったが、やっぱり一人は辛かった。この魔法書たちと一緒にあの世へ旅立ち、お母さんに読んでもらおうかと考えていた。


 でも、そうはならなかった。私は火の熱さに耐え切れず、魔法書にあった氷の世界を想像し、冷たさを求めた。すると妄想ではなく、本当に自身の周りから寒々しい氷の塊が生まれ、一瞬にして燃え広がる火の海を、水蒸気に変えていた。魔法書の一部は焦げてしまったが、幸いほとんどの書物は無事だった。私はほっとして、そして泣いていた。


 魔法使いのおじさんは、家が燃えたことに対して特にうろたえることもなく、淡々と魔法で家を直していた。なんだ。直せるなら、キレイにすればいいのに。


 その日を境に、村のこども達は家に来なくなった。ただ、魔女という触れ込みだけは村に蔓延し、あの子に近づくと呪われるという風説だけが、ずっと垂れ流され続けることとなった。わたしは、魔女と言われることがトラウマとなった。



 ――ここで12年の時を過ごした。私は15歳になっていた。



 そして、魔法使いのおじさんは死んだ。



 死因はわからない。村のはずれで息絶えているところを村の漁師が発見し、私に引き取りにくるよう言われたので、引き取ってきた。


 魔法書の魔法はすべてマスターしていた。大きくなるにつれ、パターンを解析し、文字や数式も理解できるようになっていたので、理論で魔法が使えるようになっていた。重いものを運ぶのも魔法を使えば苦ではない。死体も簡単に運べる。


 結局おじさんに引き取られてから今まで、本当になにも話さなかったが、いつでも食べられるものがあり、魔法書もちょっとずつ更新され、新しい書物が常に読める環境は整えてくれていたようだった。なんだかんだ感謝している。せめてもの供養。



 火葬魔法・ファイヤークリメーション



 超高温度の熱波をおじさんに浴びせ、肉と内臓をすべて瞬時に蒸発させる。一瞬で骨だけになった。すべて拾い集め、おじさんがよく研究で使っていた壺にいれてあげた。


 また、1人になってしまった。でも、今はあまり悲観しない。この魔法という力。


 これされあれば、私は1人でも、生きていける。

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