第20話 停学の魔女

「ティア・ゼノビア及びセイラ・ヘスペリデウスの両名を停学処分とする」


 授業中に決闘。用具倉庫の破壊。さすがに言い逃れはできなかった。いくら教員達の手綱を引いているとはいえ、この状況で処分なしは学園の秩序風紀に大きく関わると判断され、停学となった。


 ちなみに、入学後数カ月での停学処分は異例中の異例らしい。


「まったく。いい迷惑ですわ」


 処分を受けた後、セイラがため息交じりにつぶやいた。いや、あなたが仕掛けてきたんでしょ。こっちが被害者だわ。ちなみにセイラの停学処分は2年ぶり5度目らしい。


 すごい問題児だし。よく退学にならなかったね。


「また大聖女様に怒られますわ。はぁ」


 あの決闘のあとセイラは負けを認め、私の勝利が確定した。


 セレスの件は、セイラも情報収集をずっと続けているが、まったくどこにいるかわからないとのことだった。


 セイラはセレスの親代わりとして、自身の面倒を見てくれていたらしい。ヘスペリデウスでは血統的に聖女となる候補者は0歳のときからその候補者同士で共同生活をする伝統があり、その時に年長者だったセレスがセイラの母親代わりだった。


 ただ、セレスは冒険への渇望をずっと捨てられずにいて、セイラを置いて勝手に旅立ってしまったのだそうだ。セイラが次にセレスのことを知ったのは、彼女が4歳か5歳の時。


 ラストダンジョンに挑み、その後行方不明になったという知らせだけだった。


「だれのせいよ、まったく。私だってお父様に呼ばれているんだから」


 セイラのことは、その話を聞いて私もちょっと責任を感じていたので、魔女と言ったことは許した。


 そりゃ母親みたいな人がいきなり冒険に出て、帰らぬ人になれば感情の置き所に困るよね。


 話を聞いて、そういえばセレスがそんなようなことを言っていたかもしれないと思い出した。申し訳ないことをした、と言っていた気がする。


「ところで」


 突然話しかけてくるセイラ。次の言葉に私は戦慄した。


「あなたひょっとして、エマ・ヴェロニカなんじゃないの?」





 ゼノビア王謁見室内にて。


「この愚か者めが」


 父に冷たく一喝される私。これまでの行いは当然耳に入っている。


「大人しくアカデミーに通え。でなければ、地下2階への許可は出さん」


 しょげる私。もういっそのこと、ひと思いに強行突破でもしてやろうかなどと考えていると、


「昔、古代図書館の地下1階で地下2階への入り口を探して暴れまわったものがいたが……」


 王に見透かされたように、無理やり地下2階に入ろうとした者の末路を聞かされる。


 寒気がした。


 そもそも入口がどこにあるのかもわからない。まあ大人しくアカデミーに通って機会を待つことにしよう。


 それにしても、セイラに中身を見透かされそうになるとは思ってもみなかった。意外に鋭い観察眼と推論機能を持ち合わせていたようだ。


 なんでもセレスの行方を調べている最中、どうしても同行していた冒険者パーティに関する記述を目にすることが多くなり、そんな中で、天才魔術師と呼ばれていたエマ(私ね、わたし)の魔法技術に関する考察なんかも読んでいたらしい。


 そしていざ戦ってみると、明らかに類似する戦闘パターンや圧倒的な魔法技術の高さを感じ取ったため、そんなわけないとは思いながらも聞いてみたとのことだ。


「天才魔術師なら、転生とか片手間ですわよね」とか言っていたけどそんなわけないだろ。


 どれだけカンが鋭いんだよ。


 ちなみに同行していた冒険者は全員大嫌いだそうだ。姉を奪った大罪人だって。怖い怖い。


 なんとかごまかしてその場は去ってきたが、もしかすると、まだ怪しまれているかもしれない。今後注意して接していかなければならない相手だ。


「まあよい。くれぐれも、ワシの顔に泥を塗るなよ。あと、王家の人間が小賢しい駆け引きなどするな。浅ましいのは好みではない」


 えっらそうに。もともと泥を塗ったような顔じゃない!


 っていうか、先生たち脅した件も知っていそうね。隠密でもついているのかしら。


 ああ。一人思い当たる節はある。


「次の謁見がある。話は以上だ」


 ……いけない、いけない。今は私の立場のほうが悪い。大人しくしていよう。


 部屋を出るとルイが待っていたが、なにやら怒りの表情を浮かべている様子だ。対面にだれかいるようだけど……。


 ああ、アリアとフェリスか。次の謁見相手はシルメリアの使者らしい。


「あら、誰かと思えば。史上最速停学王女のティア様ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」


 相変わらずむかつくな、この女。皮肉製造機か。


「うちの父になんの用かしら」


 答えは期待していない。皮肉に反応するのも癪に障るので聞いてみた。


「政治の話よ。子供には関係ないわ」


 あなたとは違うのよ、わたしは皇族の立派な大人なの、と言わんばかりの態度であしらわれる。もうなんかこのやりとりにも慣れてきた。


「がるるるる……」


 ルイがフェリスをにらみつける。がるるるるって……。


「まだ王女の騎士を続けられていたのか。ゼノビア王の懐は底なし沼だな」


 フェリスも煽ってくる。


「今はお前と遊んでいる暇はない。じゃあな」


 と言って、アリアとフェリスは謁見室へと消えていった。


「ルイ、なにか知ってる?」


「がる……あ、シルメリアのことですか?」


 さっきの残ってるよ!


「詳しくは知らないのですが、なんでもシルメリアの国内で不穏な動きをしている一派がいるそうで、その件じゃないかと思います」


 そうなんだ。それは知らなかった。シルメリアのことはそれほど興味がないけれど、それにしても7歳の子供を使者にたてるやり方はあまり気にくわない。


 いくらあの国が徹底した能力主義だからといって、ほかの使者でもいいはずだ。


 年齢は関係ないとルイは言うが、そんなことはないと思う。大人の思惑に振り回される子供は不憫だ。


「この件、ルイのほうでもう少し詳しく調べられない?」


 彼はそういうのが得意なので、任せてみようと思う。シルメリアに関心はなかったが、不穏な動きをしている一派というのは気になる。クーデターでも起こすつもりなのかな。


「無理ですよ、ティア様。その件は王直轄ですので。バレたら私、命ありません」


 役立たず。


 しょうがない。自分で少し調べるか。どうせ暇だし。

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