第6話 入学試験

 試験というのは、ただ知識を蓄えればいいというものではない。いくらきれいに体系化された知識だけを並べても、それだけで目標を達成することはできない。


 特に、最高難度を誇るプランタへの入学試験ということであればなおさら。対策なしでは万が一が起こることも十分考えられる。


 だから、私はルイとの学びの時間を大切にした。やることは復習ばかりだったけど、これまで得た知識を深化させる効果は十分にあったので、思いのほか有意義な時を過ごせたと思っている。


 また、このルイの集めてくる試験対策の情報はかなりの精度を誇っていて、まとめ方もわかりやすく、彼が持つ本来の地頭の良さについて知ることができたという収穫もあった。


 この男、なんだかんだ使えるかもしれない。


 しかしその一方で、異母兄弟のオズや第2王子のティベリウスが私たちの挑戦を邪魔してくる。


 私たちが試験に臨む1ヶ月間、オズからの嫌がらせは絶えなかった。それは単に図書を散らかすといった子供っぽい行為から、学習時間を奪うような騒音の生成、そして罵詈雑言。


 オズの目的は明らかで、私のプランタ入学を阻むことだった。


「ティア、お前がどれだけ努力しても、プランタへの入学なんて無理に決まってんだよ!」


 喚くオズ。うっとうしいのは山々だが、今は相手をしている暇がないので無視している。


 ちなみに彼はあまり賢くはない。当然、プランタへ入学などしていない。なので私がそこに合格してしまうと、自身のアイデンティティが揺らいでしまうので、必死に邪魔をしてくるのだ。


 まさに絵に書いたような小物だ。


 時が来たら、改めて黙らせようと思うので、しばしお待ちを。


「ルイ、次の章を進めていくわ。」


 私の声は堅く、いまある課題だけを見つめている。ただ、圧倒的な知識量と対策を持って、プランタの高難度試験をクリアするために。


「了解です、ティア様」


 傍らでうなずきながらページをめくるルイ。まぁ正直、この男がオズを黙らせてくれればいいだけなんだけど、彼にそういうことは期待できない。


 ちなみに、ティベリウスはオズとは違い、私の動向をただ静かに見守っていただけだ。彼は私の魔法の才能を疑っているようで、その目はいつも私を探り、私の行動を調べていた。


 本当に見ているだけだった。ただ、彼のような男に見られているだけというのは、オズの嫌がらせよりもはるかに集中力を切らされた。


「……お兄様、なにか用があるのですか?」


「いや、特にない」


 無表情で答えるティベリウス。怖いよ。


「気が散るので、やめていただきたいのですが……」


「気にするな」


 唯一このやり取りだけだったが、出ていく素振りもなかったので、もうなにがなんでも無視することにした。


 正直、あまり見られたくないというのは、ただ気が散るというということだけが理由ではなかった。些細なことから、正体を見破られる恐れがあるからだ。


 ティベリウスはとてもできる男だ。気を抜くと、一気に取り返しがつかなくなる証拠を捕まれる可能性がある。本当に気を付けなければならない。


「ティア様、そこ違います」


「あ」


 ルイの指摘でケアレスミスに気付く。


 私も人。集中力が切れるとミスも出る。こういうことがないように、繰り返し脳に刻み込むことが、試験を突破するためにはとても大切なことなんだ。





 なんだかんだ色々あったが、時は思いのほかすぐに過ぎていき、そしてついに試験日当日を迎えた。


「それでは、始め!」


 試験概要の説明が終わり、定刻をもって試験は開始された。


 私はまったく滞ることなく、次々と問題を解いていった。


 この私に隙なんてなかった。もともと持っていた膨大な知識と1か月の試験対策。


 もはや朝飯前どころか3日前の夕食後くらいの余裕で完全攻略。制限時間を大幅に残し、全ての問題は私にひれ伏し、試験は終了した。


「ティア様~!」


 試験会場を1人後にする私のもとに、ルイが待ちわびた犬のような表情で駆け寄ってくる。


「どうでした?試験」


「愚問よ、ルイ」


「まあそうですよね!じゃあ今日はお祝いでもしましょうか!」


「それは結果が出てからにしましょう。さすがに今日は少し疲れたわ」


 簡単でも、これだけ拘束時間が長い試験だ。体力的に疲れた。帰ってゆっくりしたい。


「また今度、ゆっくりね」


「そうですか。お疲れでしたら、おんぶでもしましょうか?」


「バカ!」


 私は小ばかにされたような気がしたというよりも、気恥ずかしさからルイをポカポカ叩いてしまった。もうすぐ7歳にもなるというのに、おんぶとか。


 まぁ、ちょっとしてほしかったけど。


「ははは。ティア様はいくつになっても可愛らしい!さすがは我が姫君です!」


「バカルイのくせに!腹立つ!」


 家路につく私と私の騎士ルイ。すでに日は傾き始め、並木道を夕日が優しく包み込む。


 季節は初春。風はまだ少し冷たいが、いよいよ春の予感を感じさせる、そんなある日の夕暮れ時だった。





 後日譚として聞いた話。


 私の解答は採点者たちの間で大きな話題となったらしい。彼らは私が提出した解答に驚愕し、その内容を世界各国の重要機関に報告していた。


 なぜそうなったか?


 それは私が、アカデミー始まって以来の全問正解による合格者だったからだ。


 さらに、ある試験問題の問いに対して、理論が間違っているとのお墨付きまでつけて提出したことで、その噂は教育者達の間で尾ひれがつき、逆に警戒される結果を招いてしまうこととなった。


 試験が簡単すぎて、暇だったからね。思わず書いちゃった。


 本当のところ。私は自分が考えているほど、目立ちたくないとは思っていないのかもしれない。





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