エンバーミング

連喜

第1話

 俺には富豪の親せきがいた。正確に言うと、父方のおじだが、誰もが知ってるような有名企業の創業者だった。郊外に大きな屋敷を建てて住んでいて、悠々自適に暮らしていた。こういう人には珍しく生涯独身だった。別に同性愛とか不能だった訳ではない。


 おじは俺のことを我が子同然にかわいがってくれて、大学の学費や留学費用も惜しみなく出してくれた。俺の父親は会社を経営していたのだが、おじの会社の下請けでもあった。売り上げの半分以上がおじの会社に対するもので、我が家は生活の大部分を支えてもらっていた。


 やがて、俺は大学卒業して銀行に就職したが、何年かの後、おじの会社に転職した。転職後は財務部の一員として働いたが、若くして役員に名を連ねることになった。


 俺がおじの自宅を尋ねると、いつも、おじ独特の女性感を聞かされたものだった。


「女性は30代半ばまでだな。老けると魅力がなくなる。結婚していて浮気をするのは奥さんに申し訳ないし、子どもの教育にも悪い。だから俺は結婚しなかったんだ」


 社長なんかをやっている人は、愛人がいるケースが大半だ。おじさんは独身だったし、相手が合意してくれる限りは何も問題ないだろうと思う。自由気ままで正直な人だった。


 おじさんの好みは変わっていて、金髪碧眼の白人女性がタイプだった。イメージ的には北欧やウクライナ辺りの女性だろうか。


 ***


 おじさんは田舎の豪邸でモデルなどの美女を集めたパーティも開いていて、プールサイドでハーレムのようなことをやっていた。客として呼ばれるのは、取引先やマスコミ、医者、弁護士、政治家、官僚などだ。年齢は四十代以降が中心。裸だとみな貧相で、梅干しみたいに萎れていた。俺も参加したが、いつも早めに気に入った子を連れてその場から立ち去るようにしていた。


 おじさんの人生は順風満帆のようだった。多少血圧が高いが煙草をやめて、体には気を付けていた。俺がおじさんの養子になったのは、三十歳くらいだったろうか。両親が相次いで亡くなってしまい、父親の会社は廃業した後だった。俺もしばらくはおじさんに寄りかかっていられると思っていた。


 しかし、ある日突然、おじさんが心臓麻痺を起こして亡くなってしまったのだ。遺産が何百億かあることを以前から知っていたから、俺はその日を待っていたのかもしれない。おじさんのことは好きだし、寂しいのだが、自分がまだ元気なうちに金を手に入れたかった。俺は四十代で大企業の社長の座に就くことになった。


 俺もおじさんの影響のせいもあってか独身だった。大企業のトップでしかも独身ということで、見合い話が腐るほどあった。ミス〇〇。モデル、女優、大企業の令嬢など立派な人ばかりだった。人の紹介だと、後でうまく行かなかった時に揉める可能性があると、断ってしまった。


 ***


 おじさんが亡くなってから、弁護士から連絡があった。弁護士からおじの財産について説明を受けたのだが、一般的な財産としては、現預金、金、金融商品、不動産、船舶、車があった。そのほかにも、絵画、宝石、仏像、切手コレクション、古美術品なども多数残されていた。


 しかし、おじが住んでいた屋敷は改修してから渡したいということで、俺が引き渡しを受けたのが半年以上経ってからだった。おじの遺言ではその屋敷に住んで欲しいということだった。


 鍵の引き渡しを受ける日。俺たちは屋敷で待ち合わせをした。弁護士は自分の家のように屋敷の中に入って行った。


 そして、来客用の応接間に俺を通した。その屋敷はちょっと昔の作りではあった。


「前に財産についてご説明しましたが、実はこの屋敷には社長が大切にしていたコレクションが残されているんです」

「骨董品などの類ですか?」

 俺はすごいお宝があったら、なんでも鑑定団に出ようかと心を躍らせていた。

「それが…女性のマネキンなんです」

 おじさんならやりかねないと思った。

「はは!おじさんらしいや」

 俺は笑った。確かにポルノが好きで、海外に出張に行くと無修正の雑誌を買って持ち帰ったりもしていた。俺はその話を聞いた時点では、マネキンなんて放置すればいいのだし、大きな屋敷なら問題ないと考えていた。


「それが…数が尋常じゃないので。恐らく圧倒されると思います」

「はあ」

「家政婦が立ち入ることも禁止していて、社長自ら掃除なさっていたようですが、以前から自分が万一亡くなった場合は掃除を頼むと言われていましので…社長が亡くなった後は、私が土日来て部屋の掃除をしていました。」

 ちょっと不可解だった。掃除くらい家政婦に頼めばいいじゃないかと思った。そんなに信用できなかったのだろうか。余談だが、おじさんの家政婦はみな水商売上がりの色っぽい人たちばかりだ。


「社長からのご遺言で、誰にも言ってはいけないということでしたので…。それから、マネキンは決して手放してはならないともおしゃっていました。手放すと災いが訪れると信じておられました。くれぐれもお気をつけください」

 弁護士は事務的に言った。

「部屋は地下にあります。ドアに立ち入り禁止というステッカーが貼ってある部屋です。湿気があるので、除湿の設備なんかも作って、まるで博物館のように厳重に保管されています」

「マネキンを?」

「はい。人間並みに大切になさっていました。他言は無用です。この秘密は墓場まで持って行かれた方がいい」

 おじさんの家に地下室があるのは知っていたが、これまで一度も降りたことがなかった。もし、マネキンをコレクションしていたとしても、人に知られて困るほどではないと思うのだが。別にそのマネキンがSMなどの変な格好をしていたとしてもだ。


「じゃあ、僕が死んだ場合、そのマネキンはどうなるんですか?」

「その時は、私が始末するようにと言いつかっていますので…」

 弁護士はそれだけ説明して、屋敷を後にした。一人残された俺はそのまま地下室へと向かうことにした。

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