狐の涙【賽】-sAi-
前田 眞
第1話 小鳥の埋葬
その村の暑かった夏も、終わりに近づいていた。
秋の匂いが混ざった、程良く冷ややかな、心地良い風が吹く正午過ぎだった。
少年はいつものように、村から少し離れた神社に居た。
その日は家の前で死んでいた小鳥を、少々薄汚い、家にあった布切れに
優しく包んで、それを片手で優しく抱き抱えながら何かをキョロキョロと探していた。
拝殿から階段を降りた左に、村民が祭りごとで使う道具を収納する
ある程度の大きさのある宝物庫があった。
その脇に日当たりも良く、柔らかそうな土の地面がある事を発見した。
少年は片手に抱いていた布切れを、まるで赤児を包んだ布か
若しくは決して落としてはいけない卵のように、優しく地面に置いた。
その後、木の下に行き、細くてしっかりしていそうな枝を探した。
枝を拾って来ると、先程見付けた場所をその枝で掘り起こした。
小さな穴が出来ると、布切れから小鳥の死骸をそうっと出して
それまた赤子を寝かすように優しく穴の中に置いた。
少年は掘り起こした土を被せながら、頭を過る言葉があった。
「動物を人間の様に埋葬してはいけない。」
祖母の言葉だった。
そんな、祖母から聞いていた掟を破る様な行為が、些か心配でもあったが
無事に土を被せた後に少年は手を合わせて
「また来るね。」
土に埋めた小鳥に、心の声が少し声に出たかの様な「か細い」独り言を呟いて神社を去った。
秋の夕暮れの陽が、丁度拝殿を照らし少年と小鳥の居る場所は影になり
この季節独特の、光のコントラストを演出していていた。
そしてその後、少年の大好きだった茅蜩の鳴き声が聞こえ始めた。
一匹、二匹とまるで呼吸を合わせてタイミング良く鳴き出す様は、指揮者のいるオーケストラの様に感じた。
少年は茅蜩が鳴き始めると、帰る時間だと分かっていた。
帰りの山路もずっと、茅蜩の演奏が続いていた。
少年は帰り道、この季節では珍しい夕立に襲われた。
慌てて山路を駆け足で降りると、途中にあった木の根っこが少し顔を出している部分に
足を引っ掛けて、派手に転んだ。
少年は、普段からひと通り慣れている道で転び、泥だらけになった自分が惨めに感じた。
そして、汚れた着物を母に見せる事を躊躇した。
軽い絶望を味わい、少年は一人悲しくなり、泣きながら家に帰った。
泥だらけで帰宅すると、案の定母は少し腹を立てた。
風呂から出て、額と膝に切り傷がある事が分かった。
今日の出来事を祖母に話さざるを得ないと自負していた少年は
涙も落ち着き、話せるようになった頃合いを見付けて自分から祖母に寄って行き
話をした。
祖母は表情ひとつ変えずにずっと話を聞いていた。
そして怒らなかった。
「婆ちゃんにまで怒られたら。」
そんな不安も少しだけあったが、少年は何か、なにかを
祖母が、自分の気持ちや、やり遂げたかった事を理解した上で、今後の自分に
適切な優しいアドバイスをくれたら嬉しいと思った。
そして、自分がした今日の行いを、優しく慰めてほしかった。
祖母は本当に少年の脚本を知っているかの様な、とても優しい対応だった。
祖母は小鳥を埋めた事に対しては何も返答しなかったが、少年は心が温まり
何時もの神社での話や、道中に咲いていた珍しい花の事、
今日の茅蜩の事を鮮明に祖母に話した。
誰かに話したかったわけでも無い事だが、まるで膨らみ過ぎて穴の空いた水風船の如く、話し続けた。
祖母は相槌を打ちながらも、たまに話に質問を交えながら少年がそれに応える。
優しい祖母の温もりに触れながら、至福の時間が流れて行った。
そんな楽しい時間が流れ、最後に祖母は少年に言った。
「過剰に動物を敬い過ぎると、人は災いを貰う。」
祖母は少年に優しく、柔らかい口調で言ったが、少年はやはり今日の自分の行いは良く無かった事は
何となく理解した。
優しさ故にとった自分の行動は、やはり間違っていた事を教えられ、ショックだったが
少年は疲労もあり、非常に眠かったので、祖母の放った単語だけは記憶しようと
何度も心の中で言い聞かせてその日は祖母の布団で一緒に寝た。
その言葉を、大人になって分かる時が来る事を、少年はまだ知る由も無かった。
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