第24話 ファングとの戦い(5)

「ってて……一体何が起こったんだよ?てか……気持ちわり……」


 ミコトはいつの間にか白い空間の中にいた。卵型の機体には傷ひとつない。視界が立て続けに変わったことで気分が悪くなったミコトは口元を手で覆う。バーチャル世界と一体化したこの世界で画面酔いすることは珍しくない。

 瞳を閉じ、深呼吸を繰り返すと意を決して目を開けた。


「ここは……?」


 不思議なのは全く奥行きを感じないことだ。広いのか狭いのか全く分からない。見渡す限り無機質な白が取り囲んでいる。

 異様な光景にミコトはまた眩暈めまいがしそうになった。


「あ~あ。厄介なことになっちゃったな~」


 白い景色の中から突然ローリーが現れてミコトは目をまたたかせる。


「おいっ。ここが……ここが何だか分かるのか?」


 ミコトは操縦席にもたれかかりながらローリーに問う。


「恐らく……【コフィン・ボール】の中だね~。こりゃあ。バーチャル映像で空間が誤魔化されてる」

「【コフィン・ボール】……?なんだよそれ?」

「う~ん。簡単に言うんなら……死体回収機したいかいしゅうき?みたいな」

「は……?」


 ローリーの答えにミコトの表情が固まる。


「【ラグーン】に住む奴は知らないんだろうな~。【領域外】には巨大な球体をした機体が常に稼働してる。それが【コフィン・ボール】で、サイボーグの死体を回収してんだよ~」

「どうしてそんなこと……」

「最初はサイボーグ兵の家族の元に返す為のものだったらしいけど~?最近じゃパーツ収集目的で悪用されてる。【無差別攻撃機体むさべつこうげききたい】と違ってコフィン・ボールの性能って単純だからさ~。改造しやすいんだよ~」


 ローリーが手を叩いて笑う。ローリーの反応と裏腹にミコトは【領域外】の無法地帯ぶりに心の中で震えていた。


(死体まで部品パーツ扱いかよ……。どこまで人の権利を踏みにじれば気が済むんだ?この世界は……。しかもそれを同じサイボーグ同士でやりあってやがる。お互いの権利をお互いで踏みにじり合って……)


 ミコトはそこまで考えて首を振る。今は領域外という独特の世界の在り方に対して不満を並べている場合ではない。何とかコフィン・ボールから脱出して【ファング】の脅威を振り切らなければ……。


「……笑ってる場合じゃねえ!……これもたぶん、ファングのボスの仕業しわざだろう?」

「だろうね~。全部【アレス】の作戦通りなんだろうね」


 ミコトは顔を青ざめさせた。窓型ディスプレイに触れて地図を確認しようとしたが、何も表示されない。


「そうそう。コフィン・ボールの中って通信できないんだよね~。アプリも使用できない。ある程度の爆発に耐え得るぐらい丈夫にできてる。まずサイボーグの攻撃は効かないだろうな~」

「……」


 ミコトは深いため息を吐くと操縦席から立ち上がった。乱暴にヘルメットを被ると、背後に取り付けられた短いハシゴを登る。天井に取り付けられた出入口に手をかけると思いきり開いた。


「寒っ」


 ミコトは冷風に軽く身震いする。死体を運ぶためか、コフィン・ボールの気温は低く設定されていた。


「俺達の生け捕りに成功したってことは……このコフィン・ボールの周辺に【ファング】のボスが近くにいるかもしれねえってことだよな?」


 操縦席の天井にしゃがみ込んだミコトはヘルメット越しに額を押さえながらローリーに問う。


「そうかもね~。ヴォルフは用心深い奴だから捕まえた奴の確認はするかも。それが生身の人間なら尚更だ」

「ヴォルフは組織のボスだよな?もちろん利益の分配もヴォルフがやってるんだろうな。恐らく一番自分が儲かるように……」

「当然でしょ~。そんなところと違っておやっさんと姐さんは良心的だけどね~」


 ミコトの意味不明な問いかけに飽きてきたローリーはいい加減に答える。


「それと、アレスって予想外のことが起きたら……どうなる?」

「そんなの……新しい作戦をすぐに考えるに決まってるでしょ~。てか、さっきから何?このだるい質問」


 ローリーが痺れを切らして苛立った声を上げると、ミコトはほくそ笑んだ。


「なるほど。だったら新しい作戦を実行される前にやるしかねえな」


 その様子を眺めていたローリーがふんっと鼻で笑う。


「そんな考えなしでアレスに勝てるとは思えないけど~?」

「俺達が戦うのはアレスじゃねえ。……の方だ」


 ミコトの言葉にローリーは暫く何かを考え込む素振りを見せる。その後でにいっと不敵な笑みを浮かべた。


「それもそうだね~。そう考えると何とかなりそうな気がする~」





「それにしても【KM-95】と生身の人間か……。久しぶりに大金が手に入りそうだ」


 巨大な銀色の球体が顔に傷の入った壮年の男の前でぴたりと止まった。まるで飼い主の元に戻って来た犬のようだ。

 夕焼けに照らされたコフィン・ボールは燃えるようなオレンジ色へと変色していた。そんな姿に目を細めながらも男は顔には深い笑みが浮かんでいる。


「【インターナルガン】を持った男はどうした?」

『なかなか手強くて……。捕まりそうにないです!』

「あ?なんだと?」


 仲間の通信が右耳に植え付けられたスピーカーから聞こえてきて男は特大のため息を吐いた。先ほどまでの良い笑顔はどこかへ吹っ飛び、泣く子も黙る鬼のような形相に戻る。

 通信相手が男の発する言葉の凄みだけで怯んでしまったほど、威圧感があった。


「そんなこったろうと思ってさっき調教済みの機体共をお前らのところへ送っておいた!アレスが指示を出したから確実に奴らを仕留めることができんだろう」

『あ……ありがとうございます!流石はヴォルフ様です!』


 男……ファングのボスであるヴォルフは通信相手の讃辞に鼻で笑う。殆どがアレスの指示なのだが、ヴォルフは自分の手柄として受け取っていた。

 ファングのメンバーも軍事作戦に特化したAIを独占しているヴォルフには頭が上がらない。


「男は殺しても構わない!インターナルガンだけは無傷で回収しろ!あれは貴重な品だからな……。残りのサイボーグどもも同じだ。後はバラして部品パーツを売るか、他の奴らの部品になるだけだからな」

『りょ……了解です!』



 ヴォルフが右耳に軽く触れ、通信を切った後で今度は左耳の触れた。


「捕らえた奴らの状況を教えろ」


 ヴォルフの乱暴な命令に対して冷たい女性の声が左耳の鼓膜に響き渡るように答える。


『承知しました。これより通信を開始し……』


 女性の音声が最後まで言葉を言い終える前にけたたましい炸裂音と共に、コフィン・ボールが破裂した。


「なっ……?」


 ヴォルフは驚きを隠すことができなかった。目を飛び出さんばかりに開き、口も閉じることができない。

 反射的に背後に飛びずさることで爆発の衝撃を免れることはできた。


「コフィン・ボールが破壊されるなんて、有り得ねえ!だって……中には生身の人間とサイボーグのガキしかいねえんだから……」


 破壊されたコフィン・ボールから姿を現した小柄な人影を見てヴォルフは固まった。


「あれは……!」


 ヘルメットをしたサイボーグではない人間の手には製造が中止された代物。インターナルガンが握られていたからだ。




「よお……ファングのヴォルフ……?だっけか。よくも邪魔してくれたな!」


 そう言ってミコトはヴォルフに向かってインターナルガンの銃口を向けた。


 












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