第17話 ファウゼン家の四男

  ―厄介な奴に出会った。


 恐らく現代でも起きるであろうシチュエーション。

 特に客商売をしているならば、特に出会う事も多いであろう。

 そして現在、レーヴはその厄介な奴と対峙していた。



「いえ、ですから。何度も言ってますが先客五十人。それもお一人様に一つとさせてもらってますので」

「金なら払うのだからいいじゃないか。僕の屋敷は何せ広くてねぇ。一つじゃ足りないんだよ」

(いい加減にしてくれ)


 先ほどから堂々巡りな会話に疲れてきたレーヴは心の中でそう愚痴る。

 事の始まりは数十分前の事。

 便利屋『ソロモン』の前には行列が出来ていた。

 その理由はレーヴが新たに作成したカデンゴーレムであるソウジキゴーレムを先着五十人に先行販売すると告知したからである。

 混乱が予想されるためイヴに列の後方を見守るように指示し、ようやく開店という時間に豪華な馬車に乗ってそいつは現れたのである。


「ふむ。ここが噂の便利屋か。どこぞの犬小屋と勘違いするところだったよ」


 馬車から降りるなりそんな発言をしたのは庶民では着れないのような服を平然と着こなす青年であった。


(貴族か?)


 レーヴはその青年を見るなりそう直感した。

 アストラル帝と懇意にしてると噂を耳にしてレーヴに近づこうとする貴族はこれまでにもいたからである。

 だが大抵は使用人を使って屋敷に呼びつけるかゴーレムをレンタルや買っていくものである。

 直接来るというパターンに少々面を食らいつつレーヴはとにかく声を掛ける。


「あの」

「ん? 君が店主かい? え? 僕?」

(まだ何も聞いてないんだが)

「ふふふ。いいところに目をつけたねぇ。そう僕こそが!」


 そう言い始めると突然馬車の中から使用人が現れ紙吹雪をまき散らす。

 その中を青年は一々ポーズを決めながら自己紹介を始める。


「あの! 有名な! ファウゼン家の! 四男にして! 知能も! 金も! そして顔も! 超一流な男! その名も! マイストス! ファウゼン!!」

(普通に名乗れないのか?)


 そう疑問に思いつつもレーヴはファウゼンという家の名について思い出していた。

 そもそも帝国の貴族制度は他の国とは違う。

 もしアストラル帝が不必要と断じた一族は容赦なしに貴族としての地位を剥奪されるシビアな世界である。

 だが逆に何らかの功績を立てた場合、貴族の地位が上がり地位も領土も約束されるのである。

 その世界でファウゼン家は財政で力を発揮し地位を固めている家であった。


(その一族の一人が、これとはな)

「ふっ。驚いて声も出せないようんだねぇ」

(お前の想像している意味では無いがな)


 レーヴにとってはできれば関わり合いたくない人種ではあったが、何時までも店の前に陣取られると迷惑なため話しかける。


「それで、ファウゼン様。今日はどの様な要件で?」

「ん? ああそうだね。一度噂の便利屋をこの目で見たかったのと、興味深いのを売り始めるそうだからねぇ」

「ソウジキゴーレムの事でしょうか? 確かに今日から販売しますが……」

「それそれ。何でも細かなゴミも吸収してくれるそうじゃないか。それがあれば使用人も楽できるだろ? だから今あるだけ、全てもらおう」

「す、全て……ですか? そ、それは流石に」

「ん? 心配しなくても金ならあるよ? 何せ僕は金持ち! だからねぇ」

(一回頭殴ろうかな?)


 一々自慢する部分を強調するマイストスに怒りを覚えるレーヴ。

 それを抑えながらレーヴは断固とした態度で言い放つ。


「申し訳ありませんがそれは出来かねます」

「? どうしてだい?」

「ここに並んでいるお客様の多くはそのソウジキゴーレムを求めに並んでいます。ファウゼン様が全てを買っていくという事はそのお客様に行き渡らない事になりますので」

「それは僕がファウゼンの者だと知っててもかい?」

「例えアストラル帝が言われても同じ事を言います。ゴーレムをお買い求めになる以上は平等に扱わせてもらいます」


 レーヴのその発言に行列に並んでいた者や遠巻きに見ていた野次馬から歓声が上がる。

 貴族の中には横暴な者もいるため庶民のイメージは悪い。

 そんな中でレーヴの一歩も引かない発言は市民にとって痛快なものであった。

 そしてマイストスは肩を震わせながらレーヴに。


「素晴らしい!」

「はい?」


 レーヴに感動していた。

 てっきり怒りを表すと思って対応を考えていたレーヴは肩透かしを食らう。

 そんなレーヴをよそにマイストスはまたポーズを決めつつ語り始める。


「貴族と名乗るだけで! 自らのプライドを曲げる人間! それの何と多い事か! それに比べ君は! 強固なる意思を持って! 矜持を守った! ああ! 何と素晴らしい! 君は職人の鑑だ!」

(一々ポーズを取るな、うっとうしい)


 感涙を浮かべながらポーズを取るマイストスにレーヴは心の中で悪態をつく。

 だがその一方でマイストスが権力を振りかざしてこない事には感心していた。


(さっきも使用人が楽できると言ってたしな。行動はともかく性根は腐ってないようだな)


 これ以上居座られても迷惑であるためソウジキゴーレムを一つだけ売ろうかとレーヴは考えた。

 並んでいる五十人目の客には申し訳ないが、後日無料で提供すれば納得してくれるかも知れない。

 レーヴがそう算段を付け始めたところでマイストスは口を開く。


「まあそれはそれとして、それで全部で幾らだい?」

「全然分かってないじゃないですか!?」


 レーヴのその叫びが最後尾にいたイヴの耳にまで届いたのであった。



 それから数十分。

 レーヴは何度も断っているが、マイストスは諦めようとしない。

 既に開店時間は過ぎており、並んでいる客の表情からは本当に変えるのかという不安が見て取れた。


(まずいな)


 この調子では商売どころではないとレーヴは焦る。

 マイストスをどうにかして追い払らう事を考え始める。

 最悪の場合はファウゼンの家を敵に回しても実力で排除しなければ、とレーヴが考えていたところに聞きなれた声が掛かる。


「レーヴ。どうしました?」

「イヴ? 列の整理は?」


 イヴはレーヴに駆け寄りながら状況を説明する。


「列が動かない事にお客様が動揺し始めたのですが、偶然通りがかったライアン様が代わりを引き受けてくれました」

「そうか。借りができたな」

「それよりトラブルでも発生しましたか?」

「いや、そこの貴族様が……ん?」


 レーヴがマイストスに意識を向けると、彼は何故か一切の動きを見せずに固まっていた。

 どうしたのだろうかと二人が考えていると、マイストスは突然慌てた様子でイヴに声をかける。


「そ、そそそこのレディ!」

「? 当機の事でしょうか?」

「き、ききき君の名は何と言うんだい!?」


 そう聞かれたイヴは名乗っていいものかとレーヴに目線で問いかける。

 状況は理解できなかったが話を進ませるためにもレーヴは頷く。


「……イヴと申します」

「い、イヴさん! ぼ、僕と!」


 マイストスは現代のフィギュアスケート選手も驚愕するような空中回転をしながらイヴの傍に着地。

 どこにしまっていたのか花を取り出して言った。


「結婚を前提にお付き合いしてください!」

「嫌です」


 その間わずか二秒。

 帝国が公式な記録を取っていれば最速として認定されるお断りであった。




 あとがき

 今回のお話、如何でしたでしょうか?

 新たなキャラ、マイストスの登場です。

 貴族ですがあまり傲慢なキャラではないというのを意識しました。

 次回以降も彼のお話が続きますので、お楽しみに。

 感想や意見は何時でもお持ちしていますのでお気軽にどうぞ!

 では次の回、または別のお話で。

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