第10話 マスタークラス
「……どういう意味よ、レーヴ」
先ほどとは打って変わって真剣な様子でレーヴに問いかけるアーシャ。
ライアンも顔を引き締めておりレーヴの言葉を聞き漏らさないようにしている。
そんな二人にレーヴは何も言わずに指を指す。
「「??」」
二人がレーヴの指し示す方向を見るが、草木が生い茂っているだけで何も見えない。
「何よ。何も無いじゃない」
「帝国に何年住んでんだよアーシャ。いいからあの赤い花を見ろ」
「……えっ? アレって確かテイコクアカユリ?」
アーシャが不思議そうに見つめる先には確かに赤い花が生い茂っていた。
「ふむ。テイコクアカユリですか。確かに綺麗な花ですが……」
「いや、ありえないでしょ? だってアレは……」
「そう。帝国周辺にしか自生しない。夕暮れの森なら帝国側のごくわずかな場所にしかな」
「……誰かがここに植えたという事は?」
流石にライアンも異常事態を察知し始めたのか、声を押し殺して問いかける。
しかしその言葉はアーシャが否定する。
「それは無いわよ。あの花は繊細で少し触っただけでも枯れてしまう。ましてこんな奥地に植え替えるなんて無理よ」
「では……何故ここに?」
「そこよね。……どうしてこんな所に」
二人が頭を悩ましていると、レーヴが頭を抱えながらため息を吐く。
「全く。二人とも考えが固すぎるぞ」
「それじゃあレーヴは答えが分かるって言うの?」
「分かったから言っているんだ。そもそも考えの前提が間違っている」
「? それはどういう意味ですかな?」
「花が奥地に咲いているじゃない。俺たちが花の咲いている場所まで戻ってきたんだ」
「「!!」」
二人は慌てて周りを見渡す。
確かに言われてみれば植物の生え方などが見覚えがある気がした。
そんな二人の様子を見ながら先ほどから周りを観察していたイヴがレーヴを含めた三人に報告する。
「自生している植物が完全一致しました。間違いなくここは帝国側入り口近くです」
「ですが……何故このような事に?」
ライアンがそう聞くと、レーヴは頭を掻きながら申し訳なさそうに答える。
「間違いなくループ系結界の類いだろうな。少なくとも相手は隠す事に関しては優秀らしい」
「……敵って、事よね。間違いなく」
「そうなるでしょう。恐らくそれは商人の事件と関与しているハズです」
イヴがそう断言し、メンバーに沈黙が流れる。
それを遮るようにライアンが質問する。
「しかし、それならば何故敵は襲ってこないのでしょう? 結界を張っているのならば待ち伏せは可能でしたでしょうに」
「推測だがおそらくこっちが疲れるのを待って襲う気なんだろう。ったく随分と用心深いというか何と言うか」
「むぅ! 何という輩でしょうか!」
「けれど相手が結界の外にいたら手出しできないわよ?」
憤るライアンを横目にアーシャが冷静にそう言う。
「いや、それは無い」
だがそれをレーヴは即座に否定する。
「……どうしてよ」
「この手のループする結界は魔力の消費が激しい。まして長時間張り続ける気なら相当魔力を喰われる」
「それが敵が中にいる証拠になるのですか?」
ライアンがそう問いかけると何かを探し始めたレーヴの代わりにイヴが答える。
「この類いの結界を維持するには三つあります。一つは魔法アイテムを使う事、二つ目は多数による魔力供給、そして使用者が中に居るという制約を受ける事です」
「二つ目はない事は自分でも分かります。それだけの人数がいれば気づくはずですからな」
「一つ目も無いわよね。それだけの魔力を供給しようとしたらアイテムは大きいはずだし」
「ですので恐らく敵はこの結界内にいて、我々の隙を伺っていると思われます」
「……ですが。この森は広いですぞ」
「結界がどのぐらいの大きさか分からないし、探すのは手間が掛かりそうね」
二人がそう話していると、ようやくレーヴが口を開く。
「お前ら。ここにいるのが誰か忘れたか?」
「??」
「ここにいるのはあの人の弟子であり帝国の便利屋だ、ぞ!!」
その瞬間。
凄まじい魔力が振動となり、地面を伝わっていく。
それは結界の中だけでなく夕暮れの森、全体に響いていった。
「……よし」
「よし。じゃ無いわよ! 魔法使うなら一声かけなさいよ! びっくりするじゃない!?」
「レーヴ殿、今のは?」
「悪いが歩きながら話すぞ。……流石に向こうも気づくはずだからな」
そうしてレーヴを先頭に今度は整備されていない獣道を通って行く一同。
歩きながらレーヴは今の魔法について説明する。
「今のはこの森の大地に流れる魔力の通路、霊脈に直接魔力を撃ち込んでこの森の地形を把握したんだ」
「そのような事が出来るのですか?」
「かなりの荒業だがな。だが今やここは俺の庭同然だ、そこ大きな穴があるぞ」
レーヴが指し示す方向を見れば確かに巨大な穴が空いていた。
だがアーシャは納得出来てないように問いかける。
「でも敵も今ので逃げるんじゃないの? 本末転倒じゃない?」
「アーシャ。俺がそこまで考えてないと思うか?」
ニヤリと笑みを浮かべ振り向いたレーヴに思わず胸が高鳴るアーシャであったが、ギリギリで顔色を変えず答える。
「へ、へぇー。じ、じゃあ手を打ってるんだ」
「敵の結界を利用した。今やあの結界は相手を閉じ込める牢獄だ」
「しかし向こうも対応するのでは?」
「かもな。だが乗っ取るついでに魔法を組み替えておいた、しかもループではなく強度を重視してな」
「……まあ流石よね」
「伊達や酔狂でマスタークラスのマジシャンじゃないからな」
そう。
レーヴは帝国でも数少ないマスタークラスとして認定されている。
そこには便利屋としての活躍も含まれてはいるが、その多くはギルドで大型の依頼を片づけた事が大きい。
「レーヴ、お二人とも。どうやらお話はここまでのようです」
イヴがそう言って足を止める。
三人がイヴの視線の先を見つめると、黒いロープで顔を隠した如何にも怪しそうな人間が右往左往していた。
「くそ! くそ! くそ!! 一体どうなっているんだ! 僕の完璧な結界が!」
「……凄いわね。独り言で自白してるわよアイツ」
耳を澄ませる必要もなく聞こえてくる大声とその内容に呆れるアーシャ。
他の三人も同意見の様で三者三様の反応をしていた。
「では、自分が先頭で踏み込みますかな」
「頼む。これ以上あの大声を聞く気はない」
陣形を確認して四人は不審者に近づいていく。
「くっ! 早くしないと奴らが……!」
「その奴らって、私たちの事?」
「!?」
そのアーシャの声に驚いて振り向いた不審者は、その中のレーヴを見つけるとワナワナと震えだす。
「き! きききき貴様はレーヴ!?」
「ん? 俺の知り合いか? こんな事をするバカは記憶にないが?」
「うるせぇ! この顔を見て驚きやがれ!」
そう言ってロープを脱ぎ去った不審者の姿は、低身長の痩せた中年男であった。
その姿をみてレーヴはただ一言こう言ったのであった。
「……いや、誰?」
あとがき
如何でしたか?
レーヴの能力の高さが証明されたお話でした。
果たしてレーヴと男との関係とは?
次回をお楽しみに。
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