第2話 とあるゴーレム使いの一日の始まり

  ――それから五年の時が経った。


「ふぁ~あ」


 レーヴはベットから起き上がり着替えを終えると、何よりも先に自分の工房へと向かった。

 厳重な魔法によるロックを外し入った工房の中はかなり荒れており、知らない者が見れば侵入者を疑うであろう。

 だがレーヴは荒れようを気にする事もなくテクテクと慣れた様子で足の踏み場もない工房の奥へと進んで行く。


「さてと。今回の実験の成果は、と」


 そう呟くレーヴの目線の先には一体のゴーレムがポツンと佇んでいた。


「よし。少なくとも形は保っているようだな。それじゃ」


 レーヴは近くにあった手頃なサイズの鉄材を手にすると、それをゴーレムに投げつける。

 するとぶつけられたゴーレムは音を立てて崩れ落ちるのであった。


「ケホケホ! ……やっぱり強度に問題ありか」


 埃をまき散らしながら崩れ落ちたゴーレムの残骸を見下ろしながらレーヴは強度をどう上げるか考えを巡らせ始める。


「レーヴ」


 すると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとそこには埃まみれの工房には似つかわしくない美少女が立っていた。

 シンプルなメイド服に身を包んだ少女は汚れるのも気にせずレーヴに近づいていく。

 レーヴは少女が近づくと振り向きながらため息を吐く。


「あんまりこの工房には立ち入らないでくれ、と言ってるだろイヴ」

「だったら朝起きたらここに入るのを止めるように言っていますよ」


 イヴと呼ばれた少女の言葉にレーヴは両手を挙げて降参の意思を表す。

 一先ず納得したのかイヴは工房を出ようとするが、レーヴの後方にある残骸に目をやるとどこか悲しそうな声色で質問する。


「失敗……ですか」

「ああ。やはり飛行能力のあるゴーレムというのは難しい。出来るだけ軽くしようとすると強度に問題が出てくる」


 レーヴはゴーレムの残骸を拾い上げながら呟く。

 その様子をジッと見ていたイヴにレーヴは問いかける。


「やはり気持ちのいい光景ではないだろうな。ゴーレムであるお前には」

「……」


 その言葉にイヴは何も言わなかった。

 レーヴの言う通り、ここにいるイヴと呼ばれる少女は彼の師が残したゴーレムであった。

 同じゴーレムとしてこの工房は居心地はいいとは言えるものでは無いであろう。

 レーヴがイヴをここに立ち入らせたくないのはその事も関係していた。


「当機はあなたの師によって作られたゴーレムです。一般的なゴーレムには持ち合わせない心というシステムは有ります。ですが本来それは当機のようなゴーレムには不要な存在です」

「だから気を使う必要も、気に病む理由も無い。そう言いたいのか」

「その通りです」

「……」


 レーヴはイヴに背を向けると残骸の片づけを始める。

 気を悪くしたかとイヴは考えていたが、レーヴの心中はというと。


(よく言うよ! このゴーレム!)


 笑いを堪えるのに必死であった。

 レーヴはよく知っていた。

 このイヴは人間より感情豊かである事を。

 犬や猫など可愛らしい動物が好きで見かけたら頬を緩ませている事も。

 ちょっと悪口言われただけで落ち込んだりする事も。

 感動的な芝居を観賞すれば没頭しているのが丸わかりだったりしている事も全て知っているのだ。


(まあ最初の頃は本当に感情は無かったけどな)


 初めてイヴを起動させた五年前から今までで様々な出来事を経て彼女はとても心豊かになったのであった。

 しかし当の本人は変わっていないと思い込んでいるため、レーヴも指摘する事無く現在に至るのである。

 レーヴは残骸を片づけ終えると何にもなかったかのような表情を作り、イヴに向き合う。


「さて、朝食にするか」


 こうしてレーヴとイヴの一日が始まるのであった。



「ん。今日のコーヒーは美味しいな」

「喫茶店を営んでいるフロイさんのオリジナルブレンドだそうです。気に入られたのなら仕入れておきますね」

「頼む」


 レーヴはイヴが用意していたコーヒーを飲みつつ少し硬くなったパンをかじる。

 イヴはコーヒーについてメモを取っておくとメイド服にしまう。


 コンコン


 玄関をノックする音が聞こえすぐさまイヴは玄関へと向かう。


「レーヴさ~ん!」


 どこか間延びした声から訪問者の正体を確認するとイヴは玄関を開ける。

 そこには修道服に身を包んだ女性が大きなカゴを持って立っていた。


「おはようございますイヴさん! はい、今日のお野菜ですよ~!」

「いつも申し訳ありません。シスターネア」

「いいんですよ~。お二人にはいつもお世話になっていますから~」


 そういってネアと呼ばれたシスターは手にした大きなカゴをイヴに渡す。

 それには大量の野菜が乗っており、どれも美味しそうなのが目に見えた。


「今日はいつもより量が多いですね」

「あはは。実は頼み事がありまして~」


 ネアは申し訳なさそうにしながら事情を話し出す。


「孤児院の壁の一部が崩れてまして~。できれば早くにレーヴさんの力を借りたいなと~」

「えっと。今日は特に予定は入ってないよなイヴ」

「はい。切迫した案件はありません」


 イヴがそう言うとレーヴはネアに近づき頷く。


「分かりました。出来るだけ早急に準備して向かいます」

「助かります~レーヴさん」


 ネアはレーヴに礼を言うと他にも配る場所があるため、話もそこそこに去っていった。


「それじゃあ今日はいつもより開店を早めるか」

「そうですね。では開店前の掃除をしてきます」


 イヴがそう言って離れると、レーヴも急いでコーヒーとパンを片づける。

 そしてすぐさま工房へ直行する。


「工事関係ならあまり強度はなくても良いからパワーを中心に。数は……三体もいればいいか」


 レーヴは思考を巡らせながら必要な物を荷車に乗せる。

 そして全て乗せ終えたのを確認すると、汗と汚れまみれな服を清潔な服へと着替える。

 レーヴとして面倒な事この上ないが、商売する以上は印象を良くしなければならない事は理解している。

 それに加えて服に残った残留魔力から魔法が解析される可能性もある。

 そこまでやる者は少ないであろうが、その辺に関してレーヴは慎重であった。


「……師匠が見れば笑うかな」


 こうして商売をしている姿を自分の師が見ればどう思うか。

 ふとそんな事を考えるが、すぐに頭から消す。

 死んだ人間がどう思うかなど生きてる人間が分かる訳がないのだから。

 すると外から開店時間と同じ時間を知らせる鐘の音が聞こえ始めた。


「よし。仕事を始めるか」


 そう言ってレーヴは店の方へと歩き始める。


 こうして帝国の一角にある便利屋、『ソロモン』は開店するのであった。

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