便利屋『ソロモン』 王国を見限った転移魔法使い唯一の弟子は帝国にてお役立ちゴーレムを販売中!

蒼色ノ狐

第1話 魔法使いと弟子

  どこまでも続くような緑の平原。

 その小高い丘にある小さな家にて、今一人の老人の命が尽きようとしていた。

 ベッドに横たわるその老人は小さな声で唯一同居している者の名を呼ぶ。


「……レーヴ。そこにいるか?」

「いますよ師匠。ずっと傍に」


 レーヴと呼ばれた青年は先ほどから老人の手を取り握っていた。

 だがそのぬくもりが感じられないほど老人の死期は近づいていた。

 その事に関してレーヴは悲しみはすれど泣いたりはしない。

 むしろ死期を悟ってからこの一年。

 よくここまで生きたものだと感心するほどであった。


「そうか。……なあレーヴ。一つ確認しておきたい事があるんじゃが」

「何ですか師匠」


 レーヴが聞き直すと、師匠と呼ばれた老人は万感の思いを乗せるように問いかける。


「メイド服はやはりミニスカート一択じゃな」

「はぁ? 古典的なロングスカートが最強に決まっています」

「……」

「……」

「「……フフ」」


 しばらくの沈黙の後、二人は同時に笑い出す。

 この二人が共に過ごして十年近くになるが、こういった事に関しては噛み合った試しが無かった。

 その事を思い出し笑い合う二人は師弟というよりは家族のようにも見えた。


「最後ぐらい合わせるかと思うたが、こと女の趣味に関してはとことん合わんのう」

「ですね。最後の最後でそんな事が言えるんですから。心配しなくてもいいみたいですね、師匠」

「師匠……。若い時はまさかそう呼ばれるとは思ってもおらんかった」

「……確かニホンって言いましたっけ。師匠の生まれた世界は」


 この老人はこの世界の生まれでは無い。

 若い頃にこの世界に呼ばれた異世界の人物であった。


「ああ。……それから勇者たちと一緒に冒険し、魔王を倒し……そして帰れなくなった」


 老人の脳裏には今でもその冒険の光景が思い出される。

 自分と同じくこの世界に飛ばされた身にも関わらず、正義感とリーダーシップで皆を引っ張った勇者。

 スポーツマンでありいつも先陣を切っていた戦士。

 おどおどしながらも意思は固かった僧侶。

 そして魔法使いである彼。

 厳しく、騒がしくも温かさに包まれていた旅は老人の支えであった。


「師匠……」


 魔王を倒し地球に帰れないと分かると、四人はそれぞれ別の道を歩み始めたのであった。

 勇者と僧侶は結婚し平和の象徴として旅を続けた。

 戦士は身に着けた技術を後世に伝えるため道場を作り、後継者を育てた。

 そして魔法使いである彼は、自らの知識を高めるために一人孤独な道を歩んだ。


「レーヴ。お前を我が弟子にしたのはその特異な才能を見出しての事、ではない。ただ一人でいるのに耐えきれなかったのだ」

「……知っています」


 レーヴと出会った時、老人は一人でいるのが限界であった。

 どのような形であれ話相手が欲しかったのである。

 その上でレーヴにある才能が見つかったのは偶然としか言えなかった。

 だが、そんな事はとっくにレーヴは知っていた。

 知りつつもそれでも老人にこれまでついて来たのは、ただの強くなるための打算であった。

 無論、義理人情が無かった訳では無い。

 それでも一番の理由は自分を理解して育ててくれる師を手放したくなかったからである。


「流石我が弟子……じゃな。それでいい。そのぐらいで無ければ世の中は渡っていけん」

「師匠」

「義理を重んじながら打算も考える。心は燃え上がりながらも表面は冷たく。そんな裏表がハッキリしているお前が人間らしくて好きじゃった」


 老人は今にも落ちそうな目蓋に必死に抵抗しながら、その口を開く。


「レーヴ、儂が死んだ後は好きにするといい。世を良くしようと国に仕えるのもいいじゃろう。見聞を深めるために旅に出るのもいいじゃろう。あるいは儂のように孤独の道に進む道も……あるかも知れん」

「……」

「いずれにせよお前はまだ若い。何をするにしても遅いという事はなく。どのような道を通ろうと、何かしらの答えは得るはずじゃ」

「……分かりました」


 レーヴはただ一言そう口にしただけであったが、老人は満足したらしく何度も首を小さく縦に振る。

 もう目蓋を開けることすら厳しい老人であったが、気力を振り絞りつつ部屋の一角を指し示す。


「最後に。儂の全てを使ってゴーレムを用意しておいた。後はお前の魔力を注ぎ込めば、最強のゴーレムはお前を主と認めるじゃろう」

「……最後の最後まで、気を使わせて申し訳ありません。師匠」


 そう頭を下げるレーヴの頬に老人はその手を触れる。

 最早その温かさも何も感じ取れなくなっている老人の手であったが、レーヴの慣れ親しんだ魔力は感じ取れていた。


「よい。子も孫もおらん儂にとってお前はただ一人の子どものような者。本当であればもっと色々教えてやりたかったが……どうやら、ここまでのようじゃな」


 そこまで言うと老人はようやく目を閉じる。

 安らかに眠りにつく中で老人はただ一言だけ呟くのであった。


「ああ。回り道もしたが、いい人生、であった」


 そう言って勇者と共にこの世界を救った伝説の魔法使いは、ただ一人の弟子に看取られこの世を去るのであった。


「……お疲れ様でした。師匠」


 レーヴはそう言って涙を流しつつ笑顔で送るのであった。



「さ、て、と」


 生前の遺言どうりに深い森の中に自分の師の墓を作り終えると、レーヴは師匠の遺産を取りに工房へと足を踏み入れる。

 異世界人であった師匠が扱う魔法はかなり独創性に富んでいるため弟子であるレーヴしか、もうこの工房に足を踏み入れる事は出来ない。

 レーヴは師匠が残しててくれたゴーレムを確認しようと自然と脚は速くなる。


「これか」


 厳重に魔法で封印されている箱を発見し、レーヴは慎重に魔法を解除していく。

 一つでも間違えればこの家ごと爆発するぐらいは覚悟しつつレーヴは一つ、また一つと解除していく。


 ガチャ!!


 そしてその音が聞こえた瞬間、魔法による封印が解けていきその全貌が明らかになっていく。


「……え?」


 だが、その姿はレーヴの予想を大きく超えたものであった。

 今までに見たどのゴーレムよりも華奢であり、繊細。

 そして今まで見て来たどの女性よりも、それは美しく可憐であった。

 つまりは人間の少女の形をしたゴーレムであった。

 封印が完全に解け、横に倒れるゴーレムに一瞬レーヴは触れる事に躊躇する。

 だが、やがて覚悟を決めるとその背中に触れて魔力を流し込む。

 ゴーレムの肌が段々と色味を帯びていき、生気を感じさせなかった目に光が灯る。

 そしてゴーレムは立ち上がると、レーヴに深々と頭を下げるのであった。


「初めまして。当機の名はイヴ。あなたが当機の所有者ですか?」



 これが今から五年前の話。

 この物語の始まりの物語。

 それは同時に、ある物語の終わりから始まったのであった。

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