懐かしいあなたへ

江山菰

懐かしいあなたへ

 これは、私が祖母から聞かされた話です。


 祖母は六人きょうだいの末っ子でした。

 祖母が五歳の頃、太平洋戦争で徴兵された曾祖父は南方で戦死し、曾祖母は腸チフスで他界しています。そんなみなしご六人に親戚一同はときどき顔を見せて少しばかりのお金や食べ物、雑巾同然のお下がりの服などを置いていってくれるだけでした。当時の状況を考えたらそれも仕方がなかったのでしょう。それでもきょうだいは親戚が来るとはしゃいで、お土産をとても喜んでいたそうです。


 結局きょうだいを育てたのは、祖母とは九歳違いの一番上のお兄さんでした。お兄さんは体が弱くて、国民学校までの二時間の道のりで動けなくなることが度々で、家の貧しさもあり、初等科にもろくに通えませんでした。

 学校へ通うのを諦めて本を読みながら、ときどきお兄さんは泣いていたそうです。勉強が好きな人だったというので、学校へ通えないことが悲しかったのでしょう。

 でも、両親が他界してから、お兄さんは泣かなくなりました。

 体調の許す限り畑へ出、曾祖母の遺した古いミシンを踏んでは繕い物の内職をしてお兄さんはこれまで以上に頑張り始めまたのです。

 家の田畑をすべて管理することは難しかったので、家の前の畑を二枚残して残りを親類に貸し、米や野菜を地代がわりにもらって、それをやりくりするつましい暮らしでした。庭で食い扶持の芋や野菜を作り、残した二枚の畑ではひまわりを育てていました。今よく目にするような観賞用のものではなく、油を搾るためのひまわり畑です。

 祖母たちも雑草を抜き、種が太ってくれば鳥や獣を追い、脱穀を手伝っていたそうです。


 日本の敗色が濃くなってくると、お兄さんは年若い息子さんを軍需工場や戦地に送り出した村の人たちから、ごく潰しだの非国民だの、陰で言われるようになりました。

 ひまわりは子どもでも作業しやすいから、と役場の人に勧められて選んだ作物でしたが、周りからは派手な黄色い花が空襲の標的になる、と嫌味を言われ、お兄さんは辛そうにしていました。そこは空襲どころかB29が飛んでいるのもほとんど見かけない山あいの田舎だったのに。


 そんな中でも、きょうだいはなんとか楽しい子ども時代をすごしていました。 山で山菜を採り、川でふななまずを捕まえて家へ帰るとお兄さんはとても褒めてくれます。台所で灰汁を抜いたり鱗やわたを取ったりしているお兄さんの後ろで、祖母たちはお茶碗やお皿を戸棚から出してお手伝いしました。かなり粗末なご飯だったのでしょう、祖母がお兄さんはあまり料理は得意ではなかった、と笑っていましたから。教えてくれるはずの母親を亡くし、親切な人に教わったりして苦戦している男の子の姿が目に浮かびます。きょうだいたち、とくに母親と一緒にいる日々が短かった祖母は、女の嗜みも教わらなかった親なしっ子として学校でも、長じて婚家でもつらい目に遭いました。

 それでも、子どもだけで暮らした日々は幸せだったと祖母は言います。

 皆で囲む食卓は楽しくて、量は物足りないながらもみんな笑顔でした。

 祖母の目から見えていたのは優しく頼もしいお兄さんでした。

 何年も経って自分がお兄さんの年齢としになったころに、皆のわがままに耐えていたお兄さんのやつれた笑顔を思うといたたまれなかったそうです。

 幸せな日々は、お兄さんの心と命を削って得られたものだと理解するには皆幼すぎたのです。


 お兄さんは、終戦の玉音放送を役場で聞いた一週間後、蝉時雨の降りしきるひまわり畑で倒れ、亡くなりました。医者にかかるどころか栄養もとれない貧しさの中で、大人になることを急かされた十七年の生涯でした。

 祖母のすぐ上のお姉さんが見つけたときには蟻がちらほらたかっていたそうで、それ以来祖母のきょうだいはみんな、蟻を怖がり、憎むようになりました。


 祖母の記憶の抽斗には、五歳になるまで育ててくれたはずの両親のことはおぼろげにしか存在せず、お兄さんを育ての親として過ごした三年間の方がはっきりと残っています。親なしと蔑まれ結婚生活も幸せとは言えなかった祖母にとっては、亡くなったお兄さんが誰よりも愛してくれた存在であり、もう一度会いたい懐かしい人なのです。


 この話を聞いたとき、祖母は寝たきりになっていて、夏風邪で少し熱がありました。下の世話を手伝ったときは、せっかく遊びに来てくれた孫にこんなことをさせて申し訳ないと祖母は泣いていました。祖母の気持ちやいつも介護している父と母の苦労をひしひしと感じて私はやりきれない気持ちでした。


 祖母の家へ来て三日目の昼下がり。

 祖母はどうやったのか、いつの間にかベッドを抜け出て、濡れ縁から庭へ下り、丈高く咲き誇る金色のひまわり畑で見つかりました。

 祖母は、涙の多い人生を送った女性でしたが、最期に浮かべていたのは幼げな、あどけない笑顔でした。


 きっと、祖母は会えたのです。


  ――了

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