トラ転かと思いきや死神に嫁入りすることになりました。

葉ノ

婚約編

1. これが噂のトラ転ですか?


「はぁ…」


 街灯の光が目に眩しい初秋の夜道を歩き、ため息をつく。

 現在の時刻は午前零時。

 こんな時間に何をしているのかというと、おうちに帰ろうとしているわけです。

 うまく人に馴染めないし、年齢の問題もあって、就職先はお察しの通りブラック企業。だからこんな時間までうら若き乙女が働かされてるんです。世の中厳しいって言うけど、流石にこんな社会はおかしいんじゃないかな?

 …などとつらつら考えていると。

 急に視界が明るくなり、目がくらむ。

 キキーッと耳を劈くような音。

 それから全身にドンッと強い衝撃が。


「おい!大丈夫か!?救急車、救急車!」


 次第に闇に慣れた目に映るのは大型トラックと慌てるおじさんの運転手、それから赤く光る歩行者用信号機。

 私、今トラックに撥ねられたよね?

 自覚していくと身体が動かなくなっていることに気づいた。それから生ぬるい感触がする。

 あぁ、私ここで死ぬんだ。

 救急車なんて間に合わないだろうと思いながら、そっと目を閉じた。






 私、秋月小夜あきづき さよの人生はここで終了するんだと思っていました。

 そう。思って


「…ここ…どこ?」


 目が覚めて見えるのは、病室やアパートの自室の天井ではなく、木目が美しい和室の天井。

 布団からゆっくり起き上がってみると、トラックに撥ねられたのに全くもって無傷。服は砂とかで多少汚れてるけど。

 あれ…トラックに撥ねられたのに死んでなくて変な世界に来てる…?つまりこれが噂のトラ転ってやつ?でも、そういうのって乙女ゲーム風とかオンラインゲーム風のヨーロッパみたいな世界じゃなかったっけ?神様、転生先間違えてますよ?

 脳内大混乱でどうすることもできずにいると。


「あ!お目覚めでしたか!」


 音もなく障子が開いて、背の高い中性的な人が来た。

 見た目は美人とかの類いだと思う。目元は少し垂れ目で、髪は美しい白髪を後ろで一つに束ねている。それから茶系の和服がよく似合っている。身長は目測だけど175はありそうだ。


「どちら様ですか!?」


 私は布団を盾に、枕を武器に戦闘態勢をとる。本当は私こそ「どちら様?」って状態だけど、如何せん脳内大混乱ですから。


「いえいえいえいえ、怪しいものではないです!宵様のご命令で…」

「いやどう考えても怪しいでしょ!トラックに撥ねられたのに死んでなくて何なら無傷でこんなところにいるとか!」


 一言で言いきって、武装(布団と枕)を解除せずにいる私。


「あー、なるほどなるほど。宵様もちゃんと説明して来ればいいのに」

「一人で勝手に納得しないで!?あとあんた誰!」


 うら若き乙女らしさの欠片もなく、ギャーギャーわめくように聞く私。こんなことがあったらパニくるのも仕方なくない?ねぇそうだよね?誰に同意を求めているのかわからないけど。

 すると彼はポンとひとつ手を叩いてから礼儀正しく目の前に正座し、礼をした。


「私、この屋敷の主、宵様に仕える筆の付喪神であります、千里と申します。以後、お見知りおきを」

「え、あ、はい。千里さんですねよろしくお願いします」


 これが染みついた社畜精神です!とりあえず挨拶は本当に叩きこまれたよ。礼儀正しいし悪意はなさそうなので武装解除した。


「わ、私は…」

「小夜様ですね。話は聞いております」


 …いやちょっと待って。


「とりあえず色々聞きたいことがあるんだけど…さっき付喪神って言った?」

「ええ。この世界は浮世とは違う、付喪神のいる世界なのです。私も筆の付喪神ですし、他にも色々な付喪神がいるのですよ」


 千里さんは笑顔で教えてくれるけど、正直頭がついていかない。何ならもう一回気を失いたい。頭を強制リセットして整理する時間が欲しい。


「あと、さっきも話に出てきたけど、その、『宵様』って…」

「私のことだよ」


 開いた障子から、また別の男が姿を現す。

 烏のように黒く艶やかな髪に、それによく似合う黒系統の着物。こんな黒ずくめの人だけど特徴的なのは血のように真っ赤な瞳。そして恐ろしいくらい顔や体格が整っている。


「千里。目が覚めていたのなら早く教えろ」

「失礼しました。今からでもよろしいでしょうか」

「私が知っているのならもう意味がないだろう」


 何か急にコントでも始まった?と思うくらいのポンコツなやり取り。それから彼は私に向き直る。


「小夜。知っていると思うけど君はトラックに撥ねられた。浮世の君は昏睡状態で、管につながれて何とか生きているような状態だ」

「じゃあ、何で私はここにいるんですか?」

「だから死神の私がこちらに連れてきて嫁に迎えようと思うんだ」

「……」


 一瞬、脳がフリーズした後。


「………は?嫁?」

「嫁だよ。お嫁さん、花嫁、色々な言い方があるね」

「宵様、二つで色々とか仰るのですか?奥方とか妻とかもっと色々あるじゃないですかー!」

「そうとも言うな」


 あっはっはと笑い合う二人。取り残される私。

 私こと秋月小夜は、変な世界に連れてこられて、そこで嫁入りすることが決定してたらしいです。



____________________


 読んでいただきありがとうございます!

 何かリアクションがあるとすげー喜びますので評価でも♡でもお願いします!


 近況ノートに宵様と千里のキャラデザ(作画:作者)が置いてあるのでそちらもよしなに。

(2023/10/27追記)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る