第10話:領主としての責務

めでたく領主となった俺だが、当然宮廷魔導士としての職務もあるはずだ。


「法王猊下少しよろしいでしょうか?」


「うむ、発言を許可する。」


「ありがとうございます。宮廷魔導士とは基本的にどのようなことをすればよいのでしょうか?」


「ワシが生まれる頃にはすでにおらんかったが、今は亡き先代つまりワシの父上は、戦争やカタストロフ級のスタンピードが発生した時に一戦力として前線で戦うことを宮廷魔導士に命じたらしいのー。」


「カタストロフ級・・・。」


フレーが説明を付け加えた。


「カタストロフ級は、討伐難易度がスタンピードの中でも上から二番目の代物です。」


「まじかよ・・・。」


「なに、心配いらん。そんなものは100数十年に一度しか起こらん。君は、基本的に御前会議に出席するだけでいい。」


「畏まりました。」


・・・・・


翌日、俺はフレーと実家にある元父親の書斎にいた。もちろん、ソーニャも一緒だ。


俺は、フレーに鑑定のスキルを使ってソーニャがフェンリルに備わっているはずの防寒、ヒト化が無い原因を探ってもらっている。


「どうだ?フレー、何かわかったか?」


「うーん、心臓(コア)でソーニャのとは違う魔素の塊のような物がうごめいているけど、その正体がつかめない。私の鑑定を妨げるなんて、よほど強力な呪術師にやられたようね。」


「ソーニャ、俺と出会う前に何があった?」


「ここよりももっと寒い山の奥でパパやママ、妹のガリー、あと同じフェンリルと暮らしていたのです。」


「フェンリルの集落があったのか。」


「でも、ある日黒いフードをかぶった頬に十字の傷がある男やってきて変な術、みんなにかけたのです。」


「変な術?」


「うん、ガリーは私とパパとママで逃がしたから助かったと思うけど、それ以外の仲間みんな、男が出した黒い靄を吸ったせいで私以外みんな・・・死んじゃったのです。・・・それから村がすごく寒くなった。だから、私、暖かいところ探して降りてきたのです・・・。うっうっ。」


ソーニャは大粒の涙をこぼし始めた。


「わかった。話してくれてありがとう。お前の呪いは俺が必ず解いてやる!」


俺は力いっぱいソーニャを抱きしめた。


「ご主人様、ありがとう・・・。」


ソーニャは俺の腕に抱かれたままアオーンとひとしきり鳴いた後、鳴き疲れて眠ってしまった。


・・・・・・


「フー・・・これが領主様の椅子か・・・いい素材を使ってんな。」


「お疲れ様でした。ハロルド様。」


そう言ってフレーはメイドが運んできた紅茶を執務机に置いた。


「ああ、フレー。ありがとう。」


俺は紅茶を冷ましながら一口飲んだ。


「うまい。鼻から抜ける香りが心を落ち着かせてくれる。」


「紅茶は彼女が淹れてくれたのですよ。」


そう言ってフレーは、こわばった表情をしているメイドをこちらに連れてきた。


「ありがとう。おかげで肩の力が幾分か抜けたよ。」


「そ、そんな。滅相も・・・あ、ありがとうございます。」


彼女は眼帯をした銀髪隻眼の青い目をした少女メイドで、俺が丸太で縛られていた時に笑っていたメイドと一緒にいた子だ。


「あの・・・その・・・あの時は、助けられなくてごめん・・・なさい。」


怯える彼女の頭を俺は優しくなでた。


「フレーから聞いたんだ。あれは、ほかのメイドと同じように奴らに従わないと、俺みたいに死ぬよりもひどい目に合うから動けなかったんだろ?」


「は、はい・・・。」


「だから、咎めたりはしない。その代わり、抜けてしまったメイドたちの分も働いてもらうぞ・・・えーと、フレー・・・この娘の名前は?」


「ありません。」


「ハイ?」


俺は耳を疑った。


「先代領主が脱走対策として、彼女たちを雇い入れた際に忘れ薬を故意に飲ませて名前も出自も忘れさせ、ここで飼い殺し同然で働かせていたのです。」


「ひでーなおい。でも、呼ぶときに面倒だったんじゃないか?」


「一応この屋敷だけで通じる名前はありまして、この子はメイドMです。」


メイドMは深くお辞儀した。


「だが、メイドMじゃかわいそうだから外でも通じる名前で呼びたいな。」


片目・・・単眼、M、モノアイ、モノ、モーノ・・・よし!


「決めた!君の名前は今から『モーナ』だ。」


彼女は目から大粒の涙をこぼした。


「ああ、悪い。気に入らなかったか?」


「い、いえ・・・。嬉しいんです!こんな私に可愛らしい名前を付けてくださって本当にありがとうございます。」


フレーは嗚咽が止まらないモーナの背中を優しくさすった。


俺は領主としてやっていけるかどうかの瀬戸際に立っている。


名も知らなかった実家のメイドとの和解は俺の領主としての第一歩だ。

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