待ち伏せなんて誰が言った?
『ブートキャンプ・OSG』は国内のeスポーツ競技人口を増やすために日本の大手ゲーム会社が共同で運営しているゲームである。
操作に慣れるだけの初心者から、テクニックを磨きたい上級プレイヤーまで、レベルに応じて細かくルールを設定できることが特徴だ。
チャットや通話、ビデオ通話の機能まで備わっており、離れた仲間とオンラインで打ち合わせをしながらルールを設定し、楽しむことができる。
『そんじゃ、今からルールを送るぜ? 後になってそんなルール知らなかったなんて難癖付けられるとめんどくせーからなああぁぁ?』
「承知しましたわ」
挑発的な言葉を、努めて冷静に受け流した。しかし沙羅の声は微かに震えている。
・
・1ターンの制限時間を5分とする。
・攻撃側は制限時間内に守備側の拠点を爆破すれば1ポイント獲得とする。
・守備側は拠点の爆破を阻止すれば1ポイント獲得とする。
・5ポイント先取したチームが勝者とする。
・武器はショットガン、サブマシンガン、アサルトライフルから選択する。
・ステージを【廃墟になった実験棟】とする。
・チームの人数を揃えるためにNPCを使用する。
「如月は性格が歪んでいるけど、このルールはまともだな。うん。結構いい感じにまとめているか……」
「伊勢木がそう言うのでしたらそういうことなのでしょう。委細承知しましたわ!」
『んじゃ、早速始めるかー。そっちのチームの人数は何人だ?』
「わたくし1人ですわ」
『……は?』
しばし無言の時間が流れる。
『んーと、回線が落ちたかな? うまく聞き取れなかったようだ。もう一度言ってくれ。そっちの人数は何人だ?』
「わたくし1人ですわ」
マイクがこすれたようなノイズがスピーカーから聞こえた。
『はあ? 舐めてんのかぁー! 他の部員はどうした? 今しゃべったヤツはなぜ出ない? イセキって奴がそこにいるんだろ!?』
「はあ……それが……とても残念なことに伊勢木はまだ正式な部員ではないのですわ。とどのつまり、現状ではわたくし1人ということですわ……」
そう言いながら沙羅はちらと後ろを振り向くと、大牙は複雑な表情で顔をそらした。
『かーっ! 他の部員は全員ゲーム初心者のカスどころか、他に部員がいねーというオチかよ。お前それでよくこの俺に勝負を挑んだな? 無鉄砲にも程があるだろっ』
「下手な
『〝鉄砲〟を使って返して来んな! そもそも無鉄砲の語源は〝鉄砲〟じゃねーんだからっ』
「あら。如月は雑学もいける口なのですわね?」
『そんなことはどうでもいい。つまり、お前一人で俺に対戦を挑んでくるってことは、相当腕に自信があるってことだな?』
「ええ。そう思っていただいて構いませんわ」
大牙はギョッとした顔をした。
「おい、奴の挑発に乗るなよ。今からでも謝って、何でも言うことをきくという約束だけは
耳元に口を寄せ小声で伝える途中で、沙羅の顔がこちらを向いたので、大牙は慌てて仰け反った。
遅れて濃縮されたフルーツのような香りに鼻孔をくすぐられる。
「そんなこと言ったら、『じゃあやんねー』と言い出すに決まっていますわ! 彼は自分勝手な引きこもりですが、我がeスポ部に絶対に必要な存在なのです! 伊勢木と如月が組めば、もう全国制覇も夢ではないですわ!」
「いや、それは夢見すぎだぞ。如月がどんなゲーマーかは知らんが、少なくとも俺はゲームが趣味というだけで……それにPCは触らないと……」
『おいおい、今さら内輪もめか? ぎゃーははははは、おい女! テメェーが泣いて頼むのなら、ちょっとは手加減してやっても構わねぇーけどなぁー、でも勝つのは俺だけどー! ぎゃはははははは……』
「こ、こいつは~」
大牙の額に青筋が立った。
「手加減は無用ですわ。わたくしを舐めないでいただけるかしら?」
『あー、分かった分かった。じゃー、始めていいんだな? NPCを使わないですむのならそれに超したことはないかんな。そんじゃ、
「ええ、承知しましてよ」
沙羅が返答する前に音声回線が切られていた。
スピーカーからオープニングの重厚なテーマ音楽が流れる。
暗転したモニターの中央でコインがくるくると回転する。
赤の紋章が表になり、モニターの右上に先行と表示された。
「先行……つまり攻撃側ということですわね?」
沙羅がつぶやくが、大牙からの返答はない。
モニターに小部屋が映し出され、床にお立ち台のような転送装置が5つある。そのうちの一つが青白い光を放ち、足元から頭部までスキャンされるように女性兵士が出現した。
パッと視点が女性兵士のものに切り替わる。
『ブートキャンプ・OSG』は一人称視点のゲームシステムである。ここからは常に沙羅が操作する女性兵士が見た景色が画面上に表示されることになる。
視線を左に向けると、事務机の上に【ショットガン】【サブマシンガン】【アサルトライフル】がテーブルに置かれていた。
「わたくしが練習で使用していたものとはどれも形が違いますわね?」
沙羅は尋ねるが、またしても大牙からの返答はない。
「伊勢木、どうしました?」
「あ、すまん。ちょっと考え事をしていた。ああ、武器の選択か。ここはサブマシンガン1択だろ?」
「なぜですの?」
「動いている相手にエイムを合わせるなんて、今のお前には無理だろうからな」
「
「そもそも止まっている的にも当たらなかったからなお前。その点、サブマシンガンなら撃ちまくっていれば当たる確率も上がるしな。やるんだろ? 数撃ちゃ当たる戦法を」
沙羅の口元がほころぶ。
「そのような戦法、三国志にありましたかしら?」
「無いな」
「でも、わたくしは伊勢木を信じますわ」
「俺を信じるぐらいなら、戦わずに全力で敗走しろと言いたいが……」
サブマシンガンを装備する音がした。
「伊勢木。もう戦いの火蓋は切られたのですよ?」
「……そうだよな。もう始まっちまったもんな。あれこれ考えるのは一先ず止めだ。俺たちであの野郎の伸びた鼻をへし折ってやろうぜ!」
沙羅の椅子の背もたれに手をかけ、大牙はグイッと身を乗り出してモニターを見つめる。
「部屋の中央に置いてあるアタッシュケースが起爆装置だ。それを敵の拠点まで運んで起動すればこっちの勝ちだ。武器を装備するのと同じく近寄ればコマンドが出てくるはず」
「ええ、うまく取れましたわ!」
「画面左上のマップを見てみろ。お前が今いる場所が光の点で示されている。反対側のこの場所が敵のリスポーン地点。そしてここが敵の拠点。俺たちが爆破するべき場所となる――」
「伊勢木?」
「どうした? 説明が早過ぎたか?」
「いえ、あのですね? わたくしたち仮にもバディなのですから、お前ではなく名前で呼んでくださらないかしら?」
「そうかわかった。
「オッケー、相棒! 操作は任せて頂戴!」
ニヤリと笑いながら、沙羅は【W】キーを押す。
パーンッと乾いた音が鳴り、通路の景色が横転した。
赤く染まった画面に映し出される、双眼のゴーグルをかけた筋骨隆々のキャラ、『
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