東雲一高eスポ部っ!

とら猫の尻尾

ターン1 孤高の天才ハッカー【伊勢木大牙】

帰宅部希望と言ったはずだが?

 例年よりも早く咲いた堤防の桜の木は、もうすでに緑一色に模様替えして、柔らかな春の日差しを受けている。

 窓側の席に座る伊勢木大牙いせきたいがは、休み時間というのに一人ポツンと窓の外を眺めていた。


「ねえ伊勢木いせき、eスポーツ部に興味ないかしら?」

 

 大牙がうろんな目で見上げると、くっきりとした二重の目がじっとみつめていた。

 形の良い薄めの唇はわずかに笑みを浮かべている。


「あら、わたくし話しかける相手を間違えてしまったかしら? 貴方、先ほどの自己紹介でゲームが趣味と仰ってらした伊勢木いせきではなくて?」


 大牙のうすい反応を不安に思ったのか、声の主である東雲沙羅しののめさらは小首を傾げた。

 2本の縦ロールの髪と触覚が振り子のように揺れている。

 どこぞのお嬢様かと思わせる言葉遣いは、どこか近寄りがたい雰囲気がある。


「ああ、確かに俺は伊勢木大牙だ。そして……確かにゲームが趣味と言っていたかもな」


 まるで他人事のように言い放ち、最後にチッと舌打ちして頬杖をついた。

 そんな大牙の反応には動じずに、沙羅はパッと明るい表情を見せ、彼の机に両手を乗せて前のめりになった。


「それで伊勢木、あなたの入りたい部活は帰宅部とっ!?」

「……ああ、確かに俺はそう言ったな」


 素っ気ない返事の最後にはまた舌打ち。

 それでも沙羅は更に前のめりになって、


「ん〜いいですわ〜! わたくしそんな殿方を探していましたの! 貴方にピッタリな部活動がありましてよ?」

「断る」

「あぐっ!?」


 間髪入れず断り、大牙は頬杖をついて窓の外に視線を戻す。

 一方の沙羅は指をピンと立てて片目を瞑るポーズのまま固まっていた。

 

 しばらくして、沙羅はハッと口を大きく開いた。


「ええー!? どうしてですのー? わたくしまだ全部言い終わっていないですのにー? eスポーツ部ですわよ? きっと楽しいですわeスポーツ! それに伊勢木は顔と雰囲気は良いのですから、eスポ部に入って活躍なされば女子におモテになりますわよ? それはもう、よりどりみどりですわ!」 

 

 頭の上から降り注ぐ言葉の数々に、大牙はいい加減うんざりだという表情で不快なまなざしを向けた。


「俺は帰宅部希望。それ以上の説明は不要だろ! だいたいプロゲーマーを目指すなんぞ愚者の所業。アイドルより狭き門だろ?」


「誰もプロを目指せなんて言ってませんわ! サッカー部員が全員Jリーガーを目指す訳ではないのと同様に、eスポ部は必ずしもプロゲーマーを目指す部活動ではないのです。それに……えっと……あのですね?」 


 ふくよかな胸の前で指先を絡ませ、何やら言いたげにもじもじし始める沙羅。

 大牙の額に青筋が立つ。


「何だよ。言ってみろ」


「えっと、ごめんなさいっ。わたくし先程、外見がそこそこ良いと言いましたが……あくまでもそこそこレベルという意味でして……伊勢木はアイドルを目指せるほどではないと……」


「俺が言いたいのはそこじゃなーい!」


 大牙はバンと机を叩いて立ち上がった。

 休み時間の教室のざわめきが一瞬にして静まる。

 周りを見回し、口元を引きつらせながら愛想笑いを浮かべて座りした。


「俺は帰宅部希望だから、どこの部活にも入るつもりはない。だからeスポ部に入らない。そういうことだから、誘うなら他を当たってくれ」

「そういうこととは、どういうことなのでしょうか?」


 真顔で問いかける沙羅。

 大牙は眉間にしわを寄せ足を小刻みに動かしている。

 しばしの沈黙の時間。

 そしてはたと気付いた。


「なあ、そもそもこの学校にeスポ部なんてあったか?」

「確かに今は無いですわ。これから作るのですよ、このわたくしが!」


 胸に手を当て、なぜか誇らしげに言う沙羅。


「わたくしはこう見えてもこの学園の理事長の孫娘ですの。その気になれば金に糸目をつけずに何でもやれますのよ! おーほほほほ」


 口に手を当て、高笑いする沙羅を大牙はジト目で見上げる。


「へー、そーなんだー、すごいねー」


「な、なぜ棒読み口調ですの? まさかわたくしが理事長の孫娘であることを信じていないと? いいわ伊勢木、一高いちこうの正式名称を言ってご覧なさい」


東雲しののめ学園第一高等学校……あ、そういうことか。たまたま名字がこの高校と同じだから。ふん、なるほど。ちょっとそういうことを言ってみたい年頃というやつだな?」


「人を中二病患者と一緒にしないでもらえるかしら-っ?」

 

 沙羅は『キーッ』と悔しそうに地団駄を踏んだ。 

 それから沙羅は顎に手をつけ『うーん』と声を漏らしながら大牙の机の前を動物園のレッサーパンダのようにグルグルと回り始める。

 大牙はそれをガン無視して窓の外に視線を移し、トントンと指先で机を叩いて気持ちを静めようとしている。

 また時間が過ぎていく。

 しばらくして沙羅は何か名案が思いついたようにポンと手を叩いた。


「そうですわ! 今から学校側にしか知り得ない伊勢木の個人情報を今から皆の前で発表することで、わたくしが本当に理事長の孫娘であることを証明してみせますわ!」


「はぁ!? おまえ何を言って……」


 大牙が顔を向けると、沙羅はもう後ろを向いてどこかに電話をかけているところだった。

 急いで立ち上がり沙羅の元へ近寄ったものの、女子の肩に手を乗せてグイッとこちらを向かせる程の勇気はない。


 だがその通話は一方的に切られたようで、

「個人情報を私用で使うなど言語道断ごんごどうだんと、御爺様おじいさまに叱られましたわ……ぐすっ」

 ガックリと肩を落として振り向く。涙目で。


 チャイムが休み時間の終わりを告げた。


 大牙は大きくため息を吐く。この『お嬢様』は絶対に関わってはならない相手だと確信した。

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