第700話 式神(壱)
半壊したスタジアムの屋根の上で、眼下に広がる喧騒を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
「どうやら、騒動も収まったみたいだな」
少し混乱はあったようだが、会場は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
個人戦の決勝は、二時間遅れで開始されることがアナウンスされている。
『先程の試合で、半壊していますしね』
俺が壊したわけじゃないし……そもそも、スタジアムの壁や床に使用されているアダマンタイトは自動修復の機能が付与された特別製だ。放って置いても魔力さえ供給してやれば、数時間で元通りになる。
まあ、観客席の方の被害までは責任を持てないが、まさか結界が破壊されるとは思ってなかったしな。観客に怪我人はでていないようだが、最上級魔法にも耐える結界を破壊するとか、教え子の成長には驚かされる。
勿論、結界の方はこっそりと修復しておいた。
念のため、以前よりも強固にしておいたので、これで個人戦の決勝戦は大丈夫だろう。
『マスターが大丈夫というと、なにかしら起きる予感しかしませんが……』
余計なお世話だ。
さすがに強化した結界を突破できるような攻撃が使われることはないだろう。
それこそ、〈
『使われたら、どうされるおつもりなのですか?』
まあ、使える人間が俺以外にもいる可能性は否定できないが、夕陽も使っているしな。あ、そういえば、グリムゲルデに〈
実は〈
理由は簡単で、俺が留守にしている間、俺の代わりをグリムゲルデに務めてもらうためだ。〈解析〉と〈構築〉は無理だが、〈分解〉だけなら〈
実験で作った〈黄金の蔵〉のレプリカも預けてあるので、グリムゲルデなら見事に代役を務めてくれるはずだ。「お任せください」と張り切っていたので、たぶん問題ないだろう。
ぶっちゃけ、もうそのままずっと代役を務めてくれないかなと内心で思っているくらいだった。
王様を演じるのも、なかなか大変だからな……。
で、他にも〈
アイテールは扱いの難しい〈
そして、ポントスとニュクスだが、これはセットで運用する必要があるので、いまはまだ手元に残してある。使いこなせるとすれば、おそらくノルンくらいだと思うからだ。
『マスター。ところで、それ、どうなされるつもりですか?』
俺の手にある黒い塊、呪素のことをアカシャは言っているのだろう。
分解して魔力に再構築してもいいのだが、折角なので何かに使えないかと考えていた。先日、都市から集めた呪素の量と比較しても、遜色ないくらいの力が、この小さな塊に秘められているからだ。
量だけで言えば、この前集めた呪素の方が多いが、あれは
『おそらく、魔王化の影響でしょう。魔素溜まりから自然に発生した呪素と違い、それは魔力暴走によって〈魂の器〉に蓄積された魔素が、呪素へと変質したものですから』
ようするに生成の過程が違うから、こうなったのか。
『呪素は人間の感情を糧に成長しますから、強い感情に晒されれば急速に成長します。ただ、自然に発生した呪素でも時間経過と共に濃くなっていくので』
この前、集めたのは発生したばかりで、まだそれほど成長していなかったということか。となると、人間に取り憑いた呪素は、その感情を糧に急速に成長するんだろうな。
魔王化によって体内の魔素が呪素へと変換され、強い感情に刺激されて大量の呪素を発現したと言ったところか。
ネタが割れてしまえば、悩むほどのことでもないな。対策も簡単そうだ。
『わかっていても、対策できないから厄介なんですけどね……』
うん? 普通に魔素をコントールしてやればいいだけじゃないのか?
魔力も魔素も、元は同じ力なので、制御そのものは別に難しいことじゃない。
単に朱理が未熟だったというだけの話だと思っていたんだが、違うのか?
『魔力をヤカンの水に例えるなら、魔素は水蒸気です。水の状態であれば、ヤカンからコップに移し替えることは簡単でしょう。ですが、水を沸騰させて生じた水蒸気をコップに移し替えることができますか?』
できなくはないだろうが、難しいだろうな。
少なくとも、なにかしらの道具を使わないと無理だ。
『そういうことです。普通の人間には、魔素を扱うことはできません。いま、マスターは道具が必要と仰いましたが、魔素の扱いに長けたスキルを所持しているか、魔導具で補助をしてやらなければ難しいでしょう』
なるほど、そういうことか。確かに言われてみると、難しそうだ。
俺が普通に魔素をコントロールできているのは、スキルのお陰ということか。
『いえ、マスターならスキルの補助など必要ないかと……』
なんか言っていることが違わなくないか?
幾ら俺でも、水蒸気をなんの道具も使わずにコップに戻すことなんて出来ないぞ?
『いえ、可能です。魔力操作を極めれば、自分の魔力だけでなく大気中の魔力や魔素を感じ取り、操作することも可能となりますから。実際、マスターは実践されているじゃありませんか』
それって、〈
〈
『あの魔法、普通の人間には扱えませんよ』
いや、俺だってカドゥケウスの力を借りないと無理だぞ?
そう考えると、やっぱり道具は使ってるじゃないか。スキルは使っていないかもしれないが、カドゥケウス抜きでは大気中の魔素を広範囲から集めるなんて真似は出来ないしな。
『そういうことを言っているのではないのですが、いえ、もういいです……』
なんか呆れられた気がするが、俺は間違ったことは言っていないと思う。
しかし、そう考えると、夕陽は魔素を扱う条件を満たしているということになるな。
彼女の〈
そう考えると〈
俺の〈
『ユニークスキルは、神の力を模したものですからね。より〈
師匠の背中を見て、順調に育っていると言う訳か。
そう言われると、こそばゆいな。
「陛下」
背後から声がした。振り返ると、そこにはブリュンヒルデの姿があった。
いつものクラシカルなメイド服に身を包み、美しい完璧な佇まいで、その黄金の瞳に俺の姿を捉えている。
なんか、怒っているように見えるのは、気の所為だろうか?
ブリュンヒルデって感情をあまり表にださないから、その分、妙な圧を感じる時があるんだよな。
あ、もしかして、相談もなく試合に介入したことを怒ってる?
いやいや、あれは緊急事態だったし……怒られるようなことは、してないよな?
「ご慧眼、恐れ入りました。やはり、このことを予想されていたのですね」
うん? なんのことだ?
朱理の暴走のことを言っているのだと思うが、さすがにあれを予想するのは無理だと思うぞ。
「いや、偶々だ」
「ご謙遜を。それで、如何がなさいますか?」
どうって、ああ……呪素の塊のことか?
アカシャも気にしているみたいだったしな。
危ないことに使ったりするつもりはないのだが、物が物だけに気になるのだろう。
「心配は不要だ。後の始末は、俺に任せろ」
「畏まりました。では、グリムゲルデには引き続き――」
「任せた」
俺がそう答えると、ブリュンヒルデは現れた時のように静かに姿を消す。
きっと安心してくれたのだろう。後始末まで、ちゃんとやってこその実験だしな。俺もそのくらいは心得ているつもりだ。
しかし、グリムゲルデって、なんのことだ?
俺が頼んだ代理のことかな? 決勝戦だしな。偉い人も観戦に来ているみたいだし、その応対をしてくれているのかもしれない。まあ、取り敢えず、そっちはメイドたちに任せておけば問題ないだろう。
俺が下手に口を挟んでも、現場を混乱させるだけだしな。
そんなことよりも――
『マスター、なにを……』
いや、折角だから、この呪素の塊を使って作ってみようと思ってな。
呪術の実験。式神って奴を――
後書き
700話達成しました。
この調子で一日も欠かすことなく投稿を続ければ、来年の夏くらいには1000話達成ですね。
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