第698話 魔王化(中編)
危ないところだった。
もう少し割って入るのが遅かったら、弟くんの頭がスイカのように弾けていたところだ。
しかし――
『目立ってるよな?』
『目立っていますね』
突如として現れた俺の姿に、観客席が静まり返っている。
まあ、うん。まだ試合中だったしな。そりゃ、こうなるよな……。
でも、俺にも言い分はある。教え子を前科者にするわけにもいかないと思って焦ったのだ。
最悪の場合は蘇生するつもりでいたけど、それでも殺したという事実は残る。
試合中の事故として片付けられたとしても、心の傷は別だからな。
『お優しいんですね。マスターにも人の心があったことに驚きです』
いや、それは酷くないか?
こう見えても、俺は人情深いと思う。まあ、他人に興味が無いというのは否定しないけど。
正直、知らない人がどうなろうと、どうでもいいとは思っている。余裕があれば、頼まれたら助けてやるかと言った程度の考えで、明日世界が滅びるとしたら楽園を優先するだろう。
だけど、家族くらいは――手の届く範囲くらいは守りたいと考えていた。
そのなかに教え子たちも入っているというだけの話だ。多少は強くなったと言っても、彼女たちが俺の教え子であることに変わりは無い。なら、責任を持つのが大人の――先生の仕事だろう。
『失礼しました。天使には容赦がありませんでしたし、人間の王を蘇らせた時も実験と称されていたので、マスターはもっと非情なのかと思っていました』
それは相手がモンスターだからだ。
天使は元人間である可能性が高いことが分かっているが、天使化した時点でモンスターと同類だ。元に戻せないのであれば、殺してやった方が世の中のためであり、本人のためだろう。
それに俺も素材が手に入って、ウィンウィンウィンだしな。
『では、彼女が魔王化したら殺すのですか?』
魔王化? それって、魔女王の時のような奴か?
仮定の話をされても困るんだが……戻す方法がないなら殺すだろうな。
恨まれるかもしれないが、それはあとで謝れば済む話だ。
そもそも、死は終わりじゃない。俺は、新たな出発点だと思っていた。
生まれ変わってやり直すチャンスを得たと考えれば、むしろプラスだろう。
『それが、マスターの考えなのですね。やはり、あなたは……』
そんなことよりも、まずは
なんか、もう朱理を殺すこと前提みたいな話をしているが、それは最終手段だ。
しかし、
「……思ったよりも厄介そうだ」
朱理の暴走は一向に収まる気配を見せない。
むしろ、神剣を破壊されたことで、その怒りの矛先が俺へと向かってきていた。
朱理の手には、再召喚された神剣が握られている。
なあ、やっぱりこれ、魔力暴走だよな?
『はい。ユニークスキルが覚醒へと至った反動で、暴走しているようですね』
頭の中に響くアカシャの冷静な分析に、俺は内心で深々と溜め息をついた。
あれほど、魔力の制御には気を付けるように言っておいたというのに……。
ああ、でも魔女王の時は呪いが原因だったんだっけ?
あれは疑似魂に呪い――所謂、呪素が仕込まれていたのが、暴走の原因だったわけだが、最近似たような事件があったばかりだしな。朱理も、もしかしたら――試してみる価値はあるか?
「先生!」
フィールドの隅で、夕陽が心配そうな声を上げる。
酷く消耗していたようだが、どうやら目を覚ましたようだ。
正直、彼女にも驚かされた。自筆の魔導書を託したとはいえ、まさか本当に俺の魔法を再現してみせるとは思ってもいなかったからだ。それも、こんな短時間で完成させるとは、末恐ろしい才能だと思う。
そのあと力尽きて倒れるようでは、まだまだだけどな。
俺は彼女に視線を向けることなく、片手を上げて応えた。
「大丈夫だ」
暴走した朱理が、獣のような雄叫びを上げて襲いかかってくるが、ひらりと躱す。
そして、俺は床に転がっていた弟くんの刀を拾い上げると、その切っ先を朱理に向けた。
「これ、借りるぞ」
「え……」
弟くんの戸惑いの声が聞こえるが、構ってはいられない。
この刀は、ヒヒイロカネで作られた刀を模して作った実験作だ。レギルに頼まれて、弟くんのパーティーの装備を用意することになり、丁度良いと思って実験に付き合ってもらったのだ。成果は上々と言ったところだ。
弟くんが最後にはなった技。あれは紛れもなく霊子斬撃だった。
「おっと」
神剣が、脳を揺さぶるほどの轟音と共に振り下ろされる。
「あまり、武器は得意じゃないんだけどな」
呟きながら、俺はその一撃を受け流した。
腕にズシリと重みと衝撃が伝わってくる。受け流して正解だな。
刀が無事でも、こんなのをまともに受け止めたら腕ごと飛ばされそうだ。
「先生って、刀を使えたの?」
「あれは、天谷の剣……まさか、見よう見まねで?」
明日葉の素直な驚きと、雫の信じられないといった声が聞こえてくる。
そんなに驚くほどのことでもないと思うんだが……。暴走している所為で動きが単調で読みやすいので、俺でもなんとか対応できているだけの話だしな。
『いえ、驚くのが普通かと……私もマスターは後衛タイプと思っていました』
人を運動不足の引き籠もりみたいに言わないでくれるか?
いやまあ、ずっとダンジョンに引き籠もっていたのは事実だけど……。
それにほら、すぐやめちゃったけど、剣術の道場に通っていたしな。
昔取った杵柄と言う奴だ。それに、後衛タイプというのは否定しない。
実際、武器を使って戦うのはあまり得意ではないし、魔法やスキルで戦う方が楽だしな。
「やっぱり、先生は……」
夕陽が何か呟いた気がするが、教え子たちの疑問に答えてやる余裕はなかった。
なにせ、刀を握るのは久し振りなのだ。昔はスカジの訓練に付き合ったこともあるが、ついていくので精一杯だったしな。
メイドたちは手を抜くという言葉を知らないから……いや、あれでも手加減してくれてたのかもしれないけど。教え子たちの手前、余裕を見せているが、いまも割と目一杯だったりする。
『ところで、どうされるおつもりですか?』
どうするも何も、暴走しているなら止めるだけだが?
取り敢えず、暴走した魔力を鎮めればいいんだろう?
アカシャの問いに、俺は内心でそう答える。
しかし、
『理論上はそうです。ですが、〈分解〉が通用しなかったのでは?』
痛いところを突いてくる。さっきの〈
原因はあの剣だ。朱理のユニークスキル〈建御雷神〉の権能――〈
完全ではないため、召喚された神霊を〈分解〉することはできたが、あの雷がある限り、朱理の魔力に直接干渉するのは難しそうだ。
俺が刀を使っているのも、それが理由だ。彼女が放つ剣の一撃一撃に、スキルを斬り裂く権能が乗っている。いつものように〈
『思わぬ天敵がいましたね』
まったくだ。正直、教え子のなかでは、朱理の能力が一番厄介かもしれない。
いまの朱理は〈神鳴り〉だったか? あれを常時放ちつつ、自身は魔力干渉を受け付けない障壁で守っているような状態だ。まさに、俺の天敵と言って良い能力だった。
俺って、基本的に戦い方がスキルと魔導具頼りだしな……。
とはいえ、まだまだ教え子に後れを取るつもりはない。教師の面子もあるしな。
無効化できるのがスキルだけなら、打つ手はある。
『マスター。もしかして……』
折角なので、ちょっとした実験をするとしよう。
ようするにスキルに頼らず、魔力以外の力で魔力に干渉すればいいだけの話だ。
――霊力。魂から絞り出した力を、刀に纏わせる。
そして、
「流水――烈破」
雫の技を真似てみたのだが、上手くいったみたいだ。
朱理の神剣を弾き返すことに、成功した。
がら空きになった彼女の胸元へ、俺は躊躇なく左腕を突き出す。
(確か、リディアはこうやって――)
物理的な抵抗はない。
まるで水面に手を入れるかのように、俺の腕が朱理の胸に吸い込まれる。
思ったとおりだ。この方法なら――
「
朱理の魂に干渉し、荒れ狂う魔力を制御する。
眩い光が、俺と朱理を中心に広がり、スタジアム全体を包み込む。
そして、
「成功したみたいだな」
前のめりに倒れ込む朱理の身体を、俺はそっと受け止めた。
俺の手には黒いモヤ――呪素の塊が握られている。
上手く行ったみたいで、ほっと安堵の息を吐く。
『い、一体、何が起きて……』
観客席から困惑の声が上がる中、司会者がマイク越しに言葉を絞り出す。
おっと、こっちのことも忘れていた。
朱理を床に寝かせて、弟くんに刀も返しておかないとな。
あとは〈認識阻害〉を発動して――
「はは……やっぱり、とんでもないね。僕の、負けだ」
弟くんのその一言が引き金となり、スタジアムは割れんばかりの熱気と歓声に包まれる。俺はそのどさくさに紛れて、誰にも気づかれることなく、その場から静かに姿を消すのだった。
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