第645話 変わる世界と、日常(壱)

 探索者学校の敷地内にある工房。そこでは静かな空気の中、魔法談議が交わされていた。

 カルディアは〈魔女王〉の名で知られる〈白き国〉の元女王であり、魔法言語を用いた魔法式の基礎理論を打ち立てた彼女は、現在主流で使われている魔法体系を構築した第一人者と呼ぶに相応しい。

 一方のリディアも負けてはいない。〈紫の国〉を築いた〈原初〉の魔王であり、第一のヘルメスによって生み出された最初の魔族。星霊言語――所謂、古代魔法――に関しては、カルディアを唸らせるほどの知識を持っていた。

 二人の議論は、研究に携わる者ならではの熱を帯び、ヒートアップしていく。

 そんな白熱した議論を交わす二人の傍らで、椎名は黙々と作業台に向かっていた。

 細かな工具を並べ、腕輪型の魔導具を開いて、最後の点検を行っているところのようだ。

 カルディアがその様子に気付き、声をかけた。


「……さっきから、なにを弄ってるの?」


 椎名は顔を上げて、さほど気にも留めず答える。


「城の工房で回収したアイテムの中に〈星晶石・・・〉があったんだ。一緒に見つかった魔導書にもレシピが載ってたから、試しに作ってみたんだ。で、それを魔導具に組み込んでみた」


 椎名の説明を聞き、カルディアは明らかに呆れた表情になる。


「試しにって……自分が、どれだけ非常識なことを言っているのか理解してる?」


 星晶石を見るのはカルディアもはじめてだが、常識を逸脱した代物であることは、見ればすぐに分かる。通常、魔導具に使用される〈魔法石〉は赤く光る。だが、椎名が腕輪に組み込んだものは、金色に輝いていた。

 しかも、そこから漂ってくるのは魔力ではない。

 星霊力――魔力の源流とも呼べる力にして、星の力そのものだった。


「元々、世界樹の魔力――つまり星霊力を結晶化して〈魔法石マナストーン〉を作ったことはあったんだよ。〈賢者の石〉と構造的には同じだから、再現自体はそこまで難しくないしな」


 元々研究していたものだから難しくなかったと伝えたいのだろうが、カルディアは息をついて肩をすくめる。

 分かっていないのは、椎名の方だと思ったからだ。


「……〈賢者の石〉って、錬金術を志す者が生涯をかけても手が届くか分からない代物なのよ? アルカといい、あなたといい……やっぱり錬金術師あなたたちの基準って、常識から外れてるわよ」

「そうかな?」


 納得いかないとでも言いたげな椎名は、腕輪の外装を閉じて魔力を流し込む。

 椎名の感覚からすれば、〈賢者の石〉くらいは錬成できて当然。錬金術師を名乗る上で必須の条件。スタートラインに過ぎないという認識なのだろう。

 実際、〈賢者の石〉が作れなければ、作れない魔法のアイテムがたくさんある。

 それを〝生涯の目標〟なんて言う方が、大袈裟だと内心では思っているのだろう。


「ま、それはともかく――この〈星晶石〉を試してみようと思ったのは、〈黄金の蔵〉の再現が出来るんじゃないかと思ったからなんだ。 でも……」


 やっぱりダメか、と椎名の口から落胆の息が漏れる。

 完成したものは、以前テレジアに渡した〈黄金の蔵〉の模倣品と同じだった。

 これはこれで使い道はあるが、やりたかったのは〈無限収納〉の付与。椎名の予想では、〈星晶石〉を使えば〈黄金の蔵〉の完全再現が可能になるはずだったのだ。それが叶えば、〈異界の種ダンジョン・シード〉を自作することも不可能ではないと考えていたのだろう。

 それだけに、ガッカリとした様子で肩を落とす。

 そんな椎名を一瞥して、カルディアは作業台の上の腕輪を手に取る。


「魔導具に問題はない。魔力の流れも安定してる。でも、想定していた能力を発揮せず、オリジナルと機能が連動してしまっている。これって、やっぱり……」


 彼女は一拍おいて続けた。


「無理もないわ。〈無限収納〉って、ユニークスキルでしょ? 同じものが二つあったら、それは唯一無二ユニークじゃなくなる。コピーなんて、そもそも成立しないのよ」


 それは、椎名も承知していた。だが、だからと言って諦めきれないのだろう。

 研究者としての性分。いや、意地と言い換えても良いかも知れない。

 すると、二人のやり取りを見ていたリディアが静かに口を開く。


「主よ。神器に刻まれし力とは、神より賜りし奇跡。術式を模し、器を整えても、契約なき者に力は応えませぬ。それは資格・・の問題なのです」


 椎名は沈黙し、やがてポツリと呟いた。


「……契約がない。つまり、条件を満たしていない。実行するための権限が足りていないってことか」


 そう言って、椎名は腕輪を見つめ直す。


「上手くいくと思ったんだがな。〈匣〉のコピーが作れるなら〈黄金の蔵〉も再現できるんじゃないかと思ったんだけど……」

「……〈匣〉のコピー?」


 怪訝な表情で、意味を尋ねるように聞き返すカルディア。

 椎名がなにを言っているのか、言葉の意味が理解できなかったからだ。


「ああ、もう消えちゃったけど〈匣〉のコピーがあったんだよ。見た目じゃ判別できないほど精巧に模倣されたものだった。魔力で構築されていたみたいだから、たぶんスキルで再現したんだと思うんだけど」

「スキルで神器の再現を……? ありえないわ。そんなこと……」


 出来るはずがないと、カルディアは強く困惑した表情を見せる。

 椎名ほどの錬金術師でも、神器の再現は出来ないのだ。それをスキルで模倣するなど、普通に考えれば出来ることではない。カルディアが、ありえないと断言するのも無理はなかった。

 しかし、

 

「いや、不可能じゃないだろう? 〈原典オリジン〉の力を使えば――」


 椎名は不可能ではないと考えていた。

 実際、〈原典オリジン〉の力を使い、魂の錬成に成功しているからだ。

 スキルとは魂に宿る力だ。その器である魂の〈複製〉と〈転写〉が可能なら、魔導具をコピーすることが可能なスキルがあったとしても不思議ではないと言うのが椎名の考えだった。

 椎名が言いかけたところで、リディアが重く言葉を重ねる。


「主よ。それは出来ぬと言っているに等しいぞ……」

「え?」

「〈原典オリジン〉とは、世界の理そのものだ。主なら可能なのかもしれぬが、普通の人間には扱えぬ。そのような真似、神の御業でもなければかなわぬよ」

「……ううん?」


 無理だとリディアにも否定され、椎名は腕を組んで唸る。まだ納得しきってはいないようだ。

 生命の創造にまで手が届いた今、神器の複製も可能なのではないか?

 という考えが、どうしても頭から離れないのだろう。

 だが、確かに〈原典オリジン〉の力なしに出来るかと問われると、それは椎名にも不可能だった。結局のところ山田や王様を救えたのは、〈紫の原典ニュクス〉と〈青の原典ポントス〉の力があったからだ。


「あかりん、先生たちが話してること、わかる?」

「わかる訳がないでしょ……でも、夕陽とシェリルなら少しは……」

「無理。先生と対等に魔導具について話せる時点で、普通じゃないからね?」

「ユウヒに無理なら、私にも無理です……。でも、あの人たちは……?」


 椎名が唸りながら思考に耽っていると、ひそひそ声が聞こえてきた。

 順に、明日葉、朱理、夕陽、シェリル――椎名の教え子たちだ。

 工房の中から難しい話が聞こえてきて入るに入れず、扉の陰からそっと様子を伺っていたのだろう。

 カルディアが軽く笑みを浮かべ、声をかける。


「そんなところに隠れてないで、入ってきなさい」


 四人は顔を見合わせ、観念したように扉の陰から姿を現す。

 椎名は作業に没頭しすぎて気付いていなかったようだが、実のところカルディアとリディアは彼女たちのことに気付いていた。

 放置していたのは単純に、悪意を感じなかったからだ。


「先生、いつ日本こっちに帰ってきたんですか? 王国に行ってたんですよね?」

「ん? ああ、月面都市を経由して今朝、帰ってきたんだよ」


 なんで、そのことを知ってるんだと思いながらも明日葉の問いに律儀に答える椎名。王都と月面都市のダンジョンの統合は無事に完了し、日本に戻ってきたのは、その二日後――今朝のことだった。

 いま思い出したかのように「これ、お土産な」と、温泉饅頭の入った箱を差し出す椎名。明日葉は微妙な顔で、それを受け取る。

 月のお土産なら、もっと他にもいろいろとあるだろうに、敢えて温泉饅頭を選ぶあたりが椎名らしいと思ったからだ。


「これって月面都市で売ってる奴ですよね? 王国のお土産はないんですか?」


 とはいえ、遠慮無く土産物を要求する明日葉も椎名のことは言えなかった。

 バツが悪そうな顔で、そっと視線を逸らす椎名。

 宝物庫の件を追及されたくないから、王様になにも告げずに帰ってきたとは言い出せないのだろう。

 誤魔化すような態度を見せる椎名に、なにかあったのだと明日葉は察する。

 そんな風に椎名と明日葉が、お土産のやり取りをしている横で――


「あなたがユウヒね」

「えっ……あの、どこかで会いました? なんだか、誰かに似ているような……」


 カルディアが夕陽に声を掛けていた。

 実のところ、カルディアは以前から夕陽のことを知っていた。

 いや、夕陽だけではない。明日葉のことも、朱理のことも知っていた。

 スカジを通して、彼女たちのことを見守っていたからだ。

 夕陽が困惑する中、カルディアはウィンクを一つして、


「スカジの身内って言えば、通じるかしら?」

「あ……言われて見れば、似ているような気がします」


 夕陽の反応にカルディアはくすっと笑い、工房の外に視線を向ける。


「よかったら、外を案内してくれないかしら? この世界の景色を――実際に、自分の目で見てみたかったのよね」


 一瞬戸惑うものの、夕陽たちは頷く。

 なんとなくカルディアの思惑を察したからだ。

 椎名の邪魔にならないように、自分たちを外に連れ出すつもりなのだと――


「それじゃあ、学校を案内しますね」


 椎名とリディアを工房に残し、夕陽たちはカルディアを連れて、学校案内に向かうのだった。

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